デスボックスの仕様
狙撃手の陰に怯えながら、76番はしばらく息を潜めていた。
まだ遠方からの射撃音が続いている。別の並走した車を、未だに狙い続けているのだろう。この隙に移動したかったが、ここを出れば目の前は何の遮蔽物もない草原だ。ここは限界ギリギリまで待機し、相手が移動するのを待ちたい。
一度目の『制限エリア』が縮まり、参加者はその空間にすべて存在している。しかし縮小は一度だけで終わらない。地図を開くと『次の制限エリア』が指定されていた。6分のカウントダウンが、一秒ごとにすり減っていぐ。この時間経過が終わる前に、次のエリアに入らなければ失格だ。
「遠いけど、この配置なら……」
76番の位置は遠いけど、射撃者が居座る鉄塔も『次の制限エリア』の外側だ。強制失格のルールがある以上、相手も移動しなければならない。つまり必ず、視線や注意をこちらから外すタイミングがある。
銃声が止むのをしばらく待ってから、後をつけるように移動すれば抜けられるかもしれない。今は我慢するべきと木の陰に隠れ、今まで通ってきた道が黒い壁で覆われているのを眺めた。
そこで76番は気が付いた。赤い水晶体が……壁のすぐそばで無数に転がっている事に。
「なんだこれ……?」
やることもない76番は、もう一度ルールを再度確認する。『制限エリア』と『デス・ボックス』についての項目に、その答えは存在していた。
――制限エリア縮小後、エリア外側のデス・ボックスは『エリア境界線ギリギリに転送される』――
「じゃあこれ……外でやられた参加者のアイテム……?」
位置的に言えば、車で並走中にやられた参加者の物だろう。76番は敵に悟られないように匍匐で進み、各種アイテムをありがたく頂く。ついでにスナイパーライフルも借りて、望遠スコープを覗いて探した。
射撃の腕に自信はないのか、76番は引き金から指を外している。どうやら敵の位置だけ調べる腹のようだ。この手のバトロワゲーに望遠鏡は存在しない。なので長距離射撃用の銃器で代用する事もある。
「あんまり顔は出せないが……」
あくまで敵を探すだけ。こちらが発見されないように、時折木の陰にしっかりと隠れつつ敵の姿を探す。しばらく繰り返したが、人影一つ見当たらない。移動したと判断した、まさしくその時――敵の拠点である鉄の塔で、一つ火薬が爆ぜる音が鳴り響いた。
***
「ちょっと! 冗談でしょ!?」
制限エリア内部へ走る車列の群れを、二挺の狙撃銃で撃ち抜いていた59番。数台の車両を破壊し、複数の参加者を脱落させていた彼女だが……突如として『エリアの内側』から攻撃されぞっとした。
一度目の『制限エリア』縮小が終わり、今度は59番が移動する立場に変わった。しかし彼女は焦りを覚えていない。適当に外側を牽制してから、今度は内側をライフルで索敵し、入れるだろうと踏んでいた。仮に見張られていたとしても、ライフル銃を持ってる自分なら反撃できる。そう計算していた。
だが、このゲームには存在していたのだ。
一般的な参加者の心理が、ことごとく通じない捕食者が。
「エリアの内側から……わざわざ外に向かって攻めてくる訳!? 有利な場所で待ち構えればいいでしょ!?」
エリアの外に出れば脱落。そのルールが全員に示された直後に――自分からエリアを捨てて攻勢を仕掛ける? ありえない。武器がどんなものであれ……有利を捨て、安全を確保し、堅実に勝利を目指すのが道理ではないか!
知った事かと言わんばかりに、二個目の手榴弾が59番のすぐ横に転がる。ぎょっとした彼女は慌てて駆け抜け、爆発物から難を逃れた。
だがその先に待ち受けていたのは、銃器片手に突撃してくる獣の姿――
「見つけたぞ芋砂ァ!」
「ひっ!?」
おっかなびっくり、スナイパーライフルを乱射する59番。一発の火力の高い狙撃銃は、けれど敵に命中する事はなかった。焦りながら10連射した銃弾は、まるで弾が敵を避けるように飛んでいく……
「な、なんで……!?」
「砂が腰だめで当たるわけねーだろぉ!!」
ぐっと突き出した短機関銃が、火薬の咆哮と閃光を解き放つ。
一息に距離を詰められ、59番は無数の銃弾を浴びて脱落した。
***
「歯ごたえのない奴め……」
スナイパーライフル二挺持ちの敵を倒した1番は、酷く退屈な様子でつぶやいた。
彼が気に入らなかったのは、敵の応手だ。脱落したい訳じゃないが、半端な抵抗に腹が立つ。
「クイックスコープか突スナやれよ。全く」
銃撃戦系のゲームにおいて、狙撃銃は『接近戦で極端に不利になる』仕様を持つ。ゲームバランスの一環だが、1番の告げた方法なら抵抗できる。
1番は不満だった。こちらを本気で潰してくるなら分かるが、こうも簡単に倒されるようでは歯ごたえがない。スリル溢れる勝負を好む彼は不満なようだ。
「ま、戦果の一人にはしてやるよ。次だ次!」
狙撃銃には目もくれず、1番は次の獲物を探し始める。『制限エリア』内部で響き始めた銃声に、彼は再び好戦的な笑みを浮かべて……次の獲物を探して、悠々と1番はその場を去っていった。




