第七話 告解
「そうか。それは学術か?」
「それもある」
第二王子殿が王宮に通う教師達から天才と讃えられているのは耳にしたことがある。
努力のリヒャード、天才のコーエンと。しかしその評価は、城内で二人の王子に親しく仕える者達からは決して聞かれないものだ。
「私は人の機微に疎く、心情を慮ることが苦手だ。結果を重視し、人心を排した可能性の危惧で、非情に物事を断じてしまう悪癖がある」
「そこまで自己分析できていれば立派だと思うが」
リヒャードは首を振った。
「あそこに立つ護衛騎士がいるだろう。あの者の両親と妹を私は処した。私への贈り物だと、あの者の妹であった令嬢から贈られた菓子に毒を盛ってあったからだ」
「ほう?」
「かの令嬢が目の前で食べてほしいと言うので、まず毒見係が手に取った。そして口にした途端、喉をかきむしり血を吐き泡を噴いて倒れた」
「ならば妥当であったのでは?」
「ああ。だが彼女が私に毒を盛るほど――それも、これほどわかりやすく、自身の罪を隠す意志もなく、憎悪を募らせたのは、私が彼女に恥をかかせ心を踏み躙ったからであり、それを私に知らしめたかったからだそうだ」
「恥じゃと?」
「私は彼女がそばに侍ることを拒否した」
木々を挟んだ向こう、湖のほとりで鳥の飛び立つ羽音と、それにともなう激しい水音がした。いくぶんか体の大きい鳥であったのだろう。
ちらりと視線をやれば、飛び立つ鳥の白い体が陽の光を浴び、水滴がきらきらと光っていた。
「彼女の家は立法君主制へ移行しようとすることに、反対の意を表明する保守派で、過去にクーデターを企てた家と縁があった。旧くからの名家であり、権威を有し、王太子妃となりうる家格である家の長女だった。
しかし彼女は、家の思惑など何も知らず、無邪気に私に好意を寄せていただけだったそうだ」
政敵と断じられた令嬢の、失恋の八つ当たり。
リヒャードは声色を変えることなく、語調を弱めることも強めることもなく、淡々と平坦に、過去あった事実を音に変える。
「彼女の凶行を理由に家を取り潰し、それを契機に、他保守派の粛清にも手を伸ばした」
「それは都合のよい展開となったな」
「ああ」
「だが、あの騎士は生きている」
こちらの声の届くか届かぬかの堺で、毅然と立つ護衛騎士に視線をやる。彼の表情からは何もうかがい知ることはできない。
「あの者も連座で処されるはずだった。だが彼の剣技は群を抜き、捨てるには惜しかった。隷従の首輪で縛ることにより、渋る周囲を了承させ、私の護衛騎士とした」
リヒャードは騎士へと振り返ることはしなかった。
騎士の首元は詰襟によって覆われているため、その下に施されたという隷従の首輪は外観として、そうと知れない。
鈍色の隷従の首輪。ルーン文字を用いた古ノルド語でその誓約が刻まれる。世界樹とオーディンの槍の浮彫の施されたそれは、帝国の最高技術の結晶でもある。
「恨まれているだろう。謝罪をしたこともない」
「王族が軽々しく謝罪などできぬもの。聞けばリヒャードの落ち度ではなくご令嬢の暴走のようじゃ。それではなおのこと」
「だが、確かに私は間違えたのだ」
思わず溜息が漏れそうになるのを飲み込む。
その事件については、もちろん知っている。令嬢が犯行に及んだ動機はもちろん、それ以前の関係性について、リヒャードと令嬢それぞれの性質を踏まえた上で、詳細なレポートを受け取っている。
ゲルプ王国により求められ、それに応じて隷従の首輪を与えたのは帝国であり、文字を刻んだのは帝国の聖人だ。
「間違えたと、誤りであったと思うならば、おぬしは何を望む」
令嬢は失恋の果てに恨みを募らせ、無関係な毒見係は死に、保守派の貴族は粛清され、騎士は隷従の首輪を架せられ、忠誠を無理強いされ、終生その身に裏切り者の不名誉を浴び、反逆を危惧され、自由意志は許されず、生き死にはリヒャードに握られる。
こちらを眼光鋭く見返したリヒャードは、何かを悩み検討する余地もなく、まるで反射のように即座に答えた。
「この国の王太子は、私ではなくコーエンであるべきだ」