第四話 就寝前のひととき
婚約者殿と顔合わせをした当夜は晩餐会が催された。
主賓であるわらわが十歳と幼く未成年であるため、食事時はゲルプ王国側の気遣いで、王族同士の格式張ったものではなく、和やかに進んだ。
官僚への接待としての酒席は、わらわが席を立った後、部屋を変えて設けるのだろう。
「ここまでの案内、感謝する」
客間のある翼までエスコートする婚約者殿に礼をする。
「ああ。よく休んでほしい」
「そなたもな」
頷き返した婚約者殿を確認し、背を向けると「あなたには」と声をかけられた。
「なんじゃ」
ふたたび振り返ると、うつむき逡巡する婚約者殿の姿があった。
「いや。すまない。呼び止めて悪かった」
特に興味もないのだが、ここでそのまま流すようでは婚約者としての体面がつかない。
帝国皇族は情がないなどと吹聴されても困る。
「そうか? わらわには、婚約者殿が無意味に就寝前のレディを引き止めるような、そういう類の殿方には見えんのじゃが」
このまま意味深長に言葉を飲み込むのであれば、それは不埒な恋の駆け引きと見なすぞ、と言外に示してみると、婚約者殿はわずかに顔を赤くした。
「これはすまない。いや、たしかに」
「気にするな。わらわはまだ数えて十。醜聞にもならぬ」
「そういうわけにもいかんだろう」
婚約者殿は帝国の侍女と騎士、それからゲルプ王国の侍従に騎士らに目を走らせた。
それから決意したように口元を引き結ぶ。その様子はまるで第一王女殿と同じだな、となんとはなしに見つめた。
「昼間の皇女殿下の言葉が気にかかっていた」
婚約者殿は生真面目ゆえ、視野が狭いのか。その言いようではさらに怪しく、憶測を呼びそうだ。
足元をすくわれかねない直情さ。帝国皇族にはいない種類。
「弟が私を慕っているようだとあなたは言った」
「確かに」
「それは真実そのように見えたのか」
縋るような眼差しに、思わず目を瞬かせた。
「嘘をつく必要など、わらわにはない」
「そうか」
ふたたび目を伏せ、「そうだな」と噛みしめるようにつぶやく婚約者殿の、その小さく落とした肩を扇でぴしゃりと叩いてやりたくなった。
「そなたが第二王子殿を慈しんでいるようにも見えたが、それは確かめずともよいな?」
顔をあげ、ハッと息を呑む婚約者殿は間抜け面をさらしていた。
「ではこれで失礼する」と今度こそ婚約者殿に背を向けると、背後から弱々しい声で「感謝する」と言われた。
この国の王子王女は、危機感があまりにも薄い。わらわをなんだと捉えているのか。
扉を抜け、ソファに腰掛け溜息をつく。すると帝国から連れてきた侍女から、同腹の兄達に文を綴るよう、トレイに便箋とインクに羽根ペンを載せて差し出された。
首を振ってそれを下げさせ、臙脂色の表紙に箔押しされた日記帳を代わりに受け取る。