第十四話 魔女
「私を友と呼んでくださるなら」
リヒャード殿下が薪を動かし、暖炉の火が落ち着いた。その背に語りかける。
「あの魔女を始末するご許可を」
リヒャード殿下は振り向かず、火掻き棒を置いた。
「正式に、宗主国皇女殺害を任命しろというのではありません。見逃してくだされば、それでいい」
リヒャード殿下が振り返る。
「うまくやります。あなた様にはもちろん、我が国の失態には繋げません」
燭台の上で炎が踊り、その影がリヒャード殿下の頬の上で踊った。鼻を隔てて反対側の顔は、蝋燭の明かりが当たらず、闇にぼやけていた。瞳には光が差していた。強く。
「なぜ魔女と?」
問いかけるリヒャード殿下の調子は、いつも通りだった。怒りや不安など、動揺は感じられなかった。
「あの女が仕組んだからです」
「仕組んだ? 何をだ?」
眉間にシワを寄せたリヒャード殿下が戻ってくる。椅子に座ると、彼は肘掛けに肘をつき、顎に手をやった。
「だってそうでしょう。すべては帝国とあの女の思惑通りになった」
肩をすくめて答える。
「大陸で唯一の立法君主制を目指す、我らがゲルプ王国。その王太子であるあなた様との婚約を、これと引き換えに強請り」
首を一周する輪を指さした。
「禍々しい呪いの品を我が国に与えたと思えば、今度は転じて、その呪いを解いてみせた。人間の力とは思えぬ不気味な力で」
人間を隷従させる首輪など、呪いでしかない。そのような品はもちろん、その呪いを解く力も人間の持つ力ではない。
その怪しげな力について、帝国や皇女本人は聖人の力だと主張するが、聖か魔か。そんなものはあちら側の都合で定義しているだけだ。
「私はあなた様の罪悪感を煽る存在だ。その私に架せられた呪いをひっそりと人知れず解く。あなた様に恩を売るように」
両手を広げ、これが答えだと示す。何より明確な答えだ。
「あなた様の罪の意識を一つ消し去り――つまりそれは私ですが。そしてあなた様の不安を一つ消し去った。こちらは第二王子殿下への劣等感。それからあなた様のお立場、太子であることの正当性を言い含め、あなた様は恋に落ちた。あの魔女に」
リヒャード殿下は動じない。私の話を黙って聞いていた。
「あなた様こそが王にふさわしいと、似たようなことは妹も、そして私ですらあなた様に何度も申しておりましたのに。それにも関わらず、出会って間もない魔女に、あなた様は、頑なだった心を打ち明けた」
言葉を重ねるほどに熱が入り、早口になる。
「あなた様の弱みにつけこむ手口。あれらは帝国が当初より企てたものでしょう。あの不気味な力が――かの魔女に限った力かは知りません。聖人とやらは他にもいるそうですので――、我が妹を凶行に走らせ、そして悲劇を呼び起こした」
水を飲み、喉をうるおした。
こめかみは痛み始めていたが、胸につかえていた疑惑をようやく吐露できたことで、酔いの醒めていく心地がした。
「悲劇のおかげで、あなた様だけでなく、帝国にとっても都合のいいよう、国政への口出しがうるさそうな、扱いの面倒な保守派貴族は粛清された。あなた様が当初ご計画されていたような、和睦の交渉が起こされる前に」
これで話は終わりであると、胸に手を当て、軽く頭を下げた。リヒャード殿下は頷き、口を開いた。
「我が国が、今後どのような政治体制をとるのか。それらを帝国が私を使って掌握するために、バチルダを寄越した。そこまでは国家を隔てた婚約を結ぶに当たって、至極当然のことではあるが」
自身の発言を確認し、考えを整理し直すように、リヒャード殿下は言葉を区切った。彼は口元に手をやり、ふむ、と小さく独りごちた。
思索のためにさまよっていた彼の視線が、再び戻った。琥珀色の瞳に灯された、揺れる蝋燭の炎、その切っ先がきらめいた。
「事の起こり事態が、そもそも帝国の企てであった。おまえの言いたいことはそういうことか」
「はい」
「なるほど。そういう見方もあるのだな」
リヒャード殿下は頷いた。
「おまえの話をすっかり聞き、改めて帝国の利点を考えた。バチルダの言動を思い返し、照らし合わせた」
「では――」
「だが、私はバチルダを魔女だとは思わない」
恋に溺れた男はいつでも愚かだ。たとえ、常は公平で、冷静なリヒャード殿下であってさえも、恋は彼から判断力を失わせる。
彼の琥珀色の瞳はこれまで理知的であったが、今は目の前で、理性の光を失っていた。




