表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/35

第十四話 魔女




「私を友と呼んでくださるなら」

 リヒャード殿下が薪を動かし、暖炉の火が落ち着いた。その背に語りかける。

「あの魔女を始末するご許可を」



 リヒャード殿下は振り向かず、火掻き棒を置いた。



「正式に、宗主国皇女殺害を任命しろというのではありません。見逃してくだされば、それでいい」

 リヒャード殿下が振り返る。

「うまくやります。あなた様にはもちろん、我が国の失態には繋げません」



 燭台の上で炎が踊り、その影がリヒャード殿下の頬の上で踊った。鼻を隔てて反対側の顔は、蝋燭の明かりが当たらず、闇にぼやけていた。瞳には光が差していた。強く。



「なぜ魔女と?」



 問いかけるリヒャード殿下の調子は、いつも通りだった。怒りや不安など、動揺は感じられなかった。



「あの女が仕組んだからです」


「仕組んだ? 何をだ?」



 眉間にシワを寄せたリヒャード殿下が戻ってくる。椅子に座ると、彼は肘掛けに肘をつき、顎に手をやった。



「だってそうでしょう。すべては帝国とあの女の思惑通りになった」

 肩をすくめて答える。



「大陸で唯一の立法君主制を目指す、我らがゲルプ王国。その王太子であるあなた様との婚約を、()()と引き換えに強請り」

 首を一周する輪を指さした。

「禍々しい呪いの品を我が国に与えたと思えば、今度は転じて、その呪いを解いてみせた。人間の力とは思えぬ不気味な力で」



 人間を隷従させる首輪など、呪いでしかない。そのような品はもちろん、その呪いを解く力も人間の持つ力ではない。

 その怪しげな力について、帝国や皇女本人は聖人の力だと主張するが、聖か魔か。そんなものはあちら側の都合で定義しているだけだ。



「私はあなた様の罪悪感を煽る存在だ。その私に架せられた呪いをひっそりと人知れず解く。あなた様に恩を売るように」

 両手を広げ、これが答えだと示す。何より明確な答えだ。



「あなた様の罪の意識を一つ消し去り――つまりそれは私ですが。そしてあなた様の不安を一つ消し去った。こちらは第二王子殿下への劣等感。それからあなた様のお立場、太子であることの正当性を言い含め、あなた様は恋に落ちた。あの魔女に」



 リヒャード殿下は動じない。私の話を黙って聞いていた。



「あなた様こそが王にふさわしいと、似たようなことは妹も、そして私ですらあなた様に何度も申しておりましたのに。それにも関わらず、出会って間もない魔女に、あなた様は、頑なだった心を打ち明けた」

 言葉を重ねるほどに熱が入り、早口になる。

「あなた様の弱みにつけこむ手口。あれらは帝国が当初より企てたものでしょう。あの不気味な力が――かの魔女に限った力かは知りません。聖人とやらは他にもいるそうですので――、我が妹を凶行に走らせ、そして悲劇を呼び起こした」



 水を飲み、喉をうるおした。

 こめかみは痛み始めていたが、胸につかえていた疑惑をようやく吐露できたことで、酔いの醒めていく心地がした。



「悲劇のおかげで、あなた様だけでなく、帝国にとっても都合のいいよう、国政への口出しがうるさそうな、扱いの面倒な保守派貴族は粛清された。あなた様が当初ご計画されていたような、和睦の交渉が起こされる前に」



 これで話は終わりであると、胸に手を当て、軽く頭を下げた。リヒャード殿下は頷き、口を開いた。



「我が国が、今後どのような政治体制をとるのか。それらを帝国が私を使って掌握するために、バチルダを寄越した。そこまでは国家を隔てた婚約を結ぶに当たって、至極当然のことではあるが」



 自身の発言を確認し、考えを整理し直すように、リヒャード殿下は言葉を区切った。彼は口元に手をやり、ふむ、と小さく独りごちた。

 思索のためにさまよっていた彼の視線が、再び戻った。琥珀色の瞳に灯された、揺れる蝋燭の炎、その切っ先がきらめいた。



「事の起こり事態が、そもそも帝国の企てであった。おまえの言いたいことはそういうことか」


「はい」


「なるほど。そういう見方もあるのだな」

 リヒャード殿下は頷いた。

「おまえの話をすっかり聞き、改めて帝国の利点を考えた。バチルダの言動を思い返し、照らし合わせた」


「では――」


「だが、私はバチルダを魔女だとは思わない」



 恋に溺れた男はいつでも愚かだ。たとえ、常は公平で、冷静なリヒャード殿下であってさえも、恋は彼から判断力を失わせる。

 彼の琥珀色の瞳はこれまで理知的であったが、今は目の前で、理性の光を失っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ