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第十三話 兄の糾弾




 酒を注ぎ、再び煽る。灼けつくような熱さなど、既に感じない。

 口の端から酒がこぼれ落ちるのがわかった。軽い目眩があり、身体は火照り、視界は滲んでいる。酔いが回り、腕は重い。



「あなた様には、悔いてほしかった」



 像が歪み、ふらふらと踊り、幾重にも重なる世界で、リヒャード殿下は揺るがず私の正面にいた。

 腹の底に潜むマグマが湧き出る。熱い血のようなそれは言葉へと変わり、酒臭いだろう熱い息とともに、私の口から吐き出される。



「妹――これから咲き誇ろうとする、瑞々しい少女であった、可愛いあの子から始まり、我が一族の命と引き換えに得た安寧の中で。あなた様には、決して取り戻せぬ幸福と平和を悔い、絶望に嘆いてほしかった」



 首切り役人の振りかぶった斧。転がった首。吹き出した鮮血。

 我が妹。父、母、一族の血を引く者たち。仕えた者たち。親しかった友。世話になった同派閥の恩人。

 犠牲となった人間の血を(たらい)で集めてこの部屋に注げば、吸うべき空気の入り込む余地はあるだろうか。



「あなた様のために、お役に立つために、己を犠牲にして散っていった妹を思い、打ちひしがれ、どうしようもなく、妹の面影に縋り、記憶の中のあの子を激しく求め続けてほしかった」



 酒瓶をつかみ損ね、酒がこぼれ落ちた。流れる酒を手のひらで掬い、嘗めた。リヒャード殿下が立ち上がり、私の手にカップを握らせた。彼はそこに酒ではなく、水を注いだ。



「酒を」


「酔いが醒めれば、また飲むがいい」



 リヒャード殿下が飲み干せずにいたワイン。そのゴブレットを奪い、煽る。ゴブレットが私の手から落ち、音を立てて転がった。リヒャード殿下がそれを拾う。



「バチルダ皇女殿下など」



 リヒャード殿下のガウンが翻った。彼のゴブレットを掴む手に、力が入る。



「あの魔女に心を譲り渡さずに。妹が。妹こそが、リヒャード殿下の生涯唯一、心を捧げた女性であったと。そのように悔いてほしかった」


「魔女か」



 リヒャード殿下が膝を折った。彼の琥珀色の目が私に注がれた。



「あなた様は、魔女のためなら、奴隷にすら膝を折るのか」


「友のために膝を折った」


「友?」



 酔いに任せ、リヒャード殿下のガウンを掴みあげた。滑らかな天鵞絨(ベルベット)が、酒でべとつく手に張りついた。



「友は家族を殺さない」

 リヒャード殿下のガウンは大きくはだけ、白い絹のネグリジェが露わになった。

「友は語り合うものだ。何も問わず、語らず、独断する者を友とは呼ばない!」



 少年の手が私の手を覆った。



「ああ。私は独断した。友の声を聞かなかった」



 この暖かな部屋で、ワインを飲んでいたとは思えぬ、冷たい手。憎悪に熱く燃える私の手を包み、リヒャード殿下は強く握った。



「私は間違えた」



 ガウンから手を離すと、リヒャード殿下の手もまた離れた。



「懺悔はしないと、あなた様はおおせになられたはずだ」


「そうだな」



 ガウンの襟を正し、リヒャード殿下は立ち上がった。暖炉へと歩み去り、彼は火掻き棒を手に取った。燃えがらが取り出され、暖炉の中の火が立ち上った。




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