第十一話 隷従の首輪
「あなた様は好き放題、おおせになられた」
「言いたいことがあるって、最初に言った」
ふかふかとした暗褐色の毛皮にうずくまった第二王子殿下は、母熊からはぐれ、ついには狩人に追い詰められた子熊のようだった。体を縮めこめ、射抜かれるのを怯えながら待っている。
「私の目を見て」
第二王子殿下は私の声に、びくりと肩を震わせた。彼は灰青色の目だけを寄越した。
「コーエン第二王子殿下。あなた様は、王太子にふさわしくない」
少年の目は瞬き、マントの柔らかそうな毛が、彼の鼻息でフワフワと揺れた。
「王になるべきじゃない。あなた様は公平ではない。寛容ではない。視野が、器が、大きくない。この国の王太子は、後の王になるのは、リヒャード殿下ただお一人」
「そうだ。その通りだ」
第二王子殿下は頷き、毛皮に埋もれていた鼻から下も、冷たく乾いた空気を求めて現れる。
「妹が命をかけてまで、リヒャード殿下の描く理想を守ろうとしたのだ。あのお方が王太子の座を降りるなど、その弱音すら許しがたい」
「それは許してやってよ」
「いいえ」
詰襟の上から隷従の首輪に触れる。第二王子殿下が目を細めた。私の指先をじっと見つめ、彼はゆっくりと口を開いた。
「俺があなたを無理やり、国境に連れ出したことにしてもいいと思ってた。兄貴が命ずることなく国を越えれば、隷従の首輪を架せられたあなたは、死ぬはずだから」
私が死んだと、思わせることができるから。
祝福が与えられ、首を一周する輪が、ただのハリボテと化していることに、城を離れる前から第二王子殿下は気がついていた。
頷くと、第二王子殿下もまた頷いた。
「その必要はねぇんだな?」
「あなた様は私に、裏切るなとおおせになった」
「確かに言った。だけど、兄貴はあなたを自由にさせようとしてた」
「しかし、リヒャード殿下は私に『信頼している』と」
戸惑い、第二王子殿下に反論するが、彼は不機嫌にならなかった。
「兄貴の言う『信頼してる』ってのは、たぶん」
第二王子殿下は、ぺろりとくちびるを舐めた。乾いてひび割れたくちびるは、赤い血が滲んでいた。
「あなたが兄貴の大切な人を傷つけないとか――その『大切な人』の中にあなたも、もちろん入ってるんだからな」
第二王子殿下はじろりと私を睨んだ。彼の顔に嫉妬心が浮かび上がった。
「光栄です」
「そうだ。あなたは素直に受け取らなきゃ」
「はい」
目を細めて私を品定めすると、第二王子殿下はつばを飲み込んだ。切り出しにくいことを口にする前の一呼吸。
「あなたの妹のように、誰かを害して散ろうだなんて――誰かって、誰だかわかってるよな?」
第二王子殿下の探るような視線を目をそらさず、見返した。頷かずにいると、彼は舌打ちした。
彼は最初から、これを危惧していたのだ。彼が私にやめさせようとしていたこと。それがために私を連れ出したのだと、はっきりとわかった。
「皇女サマを地獄の道連れにしようだなんて、考えちゃいねぇな?」
「まさか」
頬がこわばりそうになったので、内側の肉を噛んだ。第二王子殿下がうなる。野犬や狼のような凶暴な獣というより、しつけの行き届いた飼い犬に似たうなり声だった。
「どうだか。皇女サマを恨んでんだろ? わかるよ」
「それほどまでに、人心を読めると自負されるのであれば、妹を止めてくださればよかった。リヒャード殿下のご意志を変えるのは難しくとも、妹が相手に、あなた様なら、赤子の手をひねるよりたやすかったでしょう」
軽口を叩き、話の矛先を変えると、第二王子殿下は片眉をぴくりと上げた。だが彼はしつこく話を蒸し返すことはしなかった。従来の軽薄な調子を取り戻し、大げさに嘆いた。
「あーっ! ほら、また人のせいにする! 知らねぇよ。人の心なんか読めるかよ。自分のこたー自分で考えろっての!」
「未来が見通せるかのような言動はなんですか?」
「未来なんて見えねぇよ! 俺は、ただちょっと、人よりカンがいいだけ! それだけなの! まったく」
腑に落ちないものもあったが、すぐにでも出発しなければ、間もなくあたりが宵闇に包まれることは明白だった。
顔色のよくなった第二王子殿下を馬の上に押し上げ、馬の腹を叩いた。彼の馬は勢いよく駆け出し、私もそのあとを追った。
ここより離れた場所だろう。背後より、狼の遠吠えが聞こえてきた。
帰城するやいなや、雪が降り始めた。宙を軽やかに舞い、頬に触れればすぐに溶ける粉雪。今宵は吹雪くことだろう。




