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第八話 拙い挑発




 私に何か言わせようというのではなく。第二王子殿下が私に申しつけたいこと。



「左様にございますか」



 そうか、と安堵した。

 しかし、私の安直な理解を見抜くように、第二王子殿下は続けた。



「だってそうだろ? あなたが俺に言いたいことなんざ、あるはずがねぇ。あなた達兄妹は、いつだって、『考える頭』がねぇんだ」



 涙に濡れた、妹の紫紺色の瞳。決意に満ちた、力強い眼差しが頭によぎる。

 私は拳を握りしめた。



「われわれ兄妹が、ですか」


 湧き出る憎悪をこらえるものの、自然と私の声は低くなった。

 第二王子殿下は意に介さず、更に私を挑発する。



「ああ、そうだよ。あなたも、あなたの妹も。二人して、兄貴を崇め立てて。ただただ、兄貴が素晴らしいお方だ、唯一無二の偉大なる王者だって、高いところに追いやるだけで」



 第二王子殿下は既に目を細めてはいなかった。

 隠すことない憎悪を(たぎ)らせ、獣のようにギラギラと目を光らせていた。



「兄貴がどんな風にあなた達を大事に思って、心の安らかなところに置き、あなた達が友であるということを支えにして、どれだけ骨を折ってあなた達を守ろうとしたか! なんにも知らねぇで!」



 赤黒く顔を染め、辺りにツバを飛ばし、裏返った声で叫ぶ第二王子殿下の細い首を絞めてやりたくなった。


 なにも知らないのは、おまえだ。なにも知らないのは、リヒャード殿下だ。

 なにも知らないのは、おまえ達王族の方だ。


 詰襟をぐっと下し、隷従の首輪を晒す。第二王子殿下は嘲笑った。



「そんなもの。とっくに効力を失ってることくらい、知ってるぜ! 皇女サマが『祝福』してくださったんだろ!」



 第二王子殿下は私の胸倉を掴み揺すぶった。間近で見る彼の白い肌は、興奮で紅潮し、そばかすが浮き出ていた。

 またもや彼は目を細める。



「ほら、俺を殴ってみろよ。腹が立つんだろ? 俺を絞め殺してやりてぇって、その物騒な目が言ってるぜ。今なら誰も止めるやつはいねぇ。やってみろよ、ほら!」



 まだ少年でしかない第二王子殿下の、拙い挑発に、一度は頭に上った血が急速に冷えるのを感じた。

 第二王子殿下が眉をひそめる。



「あなたの怒りはその程度? 大事な妹を失って、その上罵倒されて、それだけ?」



 第二王子殿下が乱暴な手つきで、掴んでいたジャケットから手を離す。次いで胸元を押したが、彼の力は私の身体を揺るがすことはできなかった。

 舌打ちをすると、すぐさま気を取り直し、第二王子殿下は顎を突き上げ、尊大な様子で言った。



「そんなら俺から言ってやる。俺はあなた達、兄妹が嫌いだ。大嫌いだ。心の底から憎んでる!」



 第二王子殿下は辺りを見渡すと、一点で目を止め、屈みこんだ。

 同じような太さの棒切れを二本拾い上げると、第二王子殿下は懐からタガーを取り出した。側面に刃を当て、滑らかにしている。


 貴婦人の腕ほどの太さ。

 葉を枯らせた木が、風に煽られ折れた枝の一つだろう。


 第二王子殿下はタガーを胸に仕舞い、片方の棒切れを私に放った。反射的にそれを受け取る。



「受け取ったな。そんじゃ俺からだ」

 折れて尖った切っ先をまっすぐ私に向け、第二殿下は棒切れを振りかぶった。

「あなたは、自分のことを言われるより、妹を愚弄される方がずっと我慢がきかねぇんだろ? だから言ってやる。誰も言わねぇから、俺が言う!」



 第二王子殿下の太刀筋は、リヒャード殿下に比べ、ひどく拙い。

 怒りに任せ、たいした技術を伴わず、闇雲に振り回し、打ち下ろすだけ。


 右上から斜めに下ろされた棒切れを、後退することで身をかわす。第二王子殿下はよろめきつつも、返す刀で下から振り上げた。

 第二王子殿下の負担にならぬよう、彼の攻撃を流すように棒切れで受け止める。だが第二王子殿下は顔を歪め、しりもちをついた。力任せに突き上げたせいで、握り方も体勢も整っていなかったのだ。



「殿下!」



 慌てて棒切れを放ち、第二王子殿下へと屈みこむ。彼は荒い息を吐き、私の鼻先に棒切れを突きつけた。



「あなたの妹はバカだ!」



 第二王子殿下は私から目を離さず、腕を下げず、「拾えよ」と言った。

 私は頷き、再び棒切れを手にした。




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