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第六話 護衛騎士の護衛王子




「兄貴、少しの間、彼を借りたいんだけど」



 隷従の首輪を架せられ、王宮の人々が私の存在に逐一怯えなくなった頃。


 リヒャード殿下の意に反した行動を取ることはできない。

 指令なくして誰かを害することはできない。

 次第にそう周知されるようになった。


 言葉を発することなく、自主的に何かを為さんと動くこともなく。


 常にリヒャード殿下の後ろに控える私は、興味のそそられない旧くからある置き物、あるいは存在しない者のように見なされ、私はいつしか誰かの視線を受けることも、ほとんどなくなった。


 だが、そんな中で、ただ一人、いつまでも疑惑と不信の眼差しを向けてくる人物がいた。


 コーエン第二王子殿下だった。



「何用だ」



 リヒャード殿下は訝しげに眉をひそめた。

 私を庇うように、椅子から腰を浮かせる。



「んー。野暮用?」


「断る」



 即座に切り捨てるリヒャード殿下に、第二王子殿下は慌てた。



「えっ! なんで!」


「この者は私の護衛騎士だ。いなくては困る」


「騎士は他にもいるじゃん! ほら、そこにだってさぁ」



 そう言って、第二王子殿下は私と対局に立つ壮年の騎士一人と、扉付近に立つ、そろそろ壮年に差し掛かろうかという青年騎士を指し示した。



「兄貴の剣の師匠に、兄貴の兄弟子。二人がいれば、大概のことはなんとかなるだろ?」



 彼等は私にとっても、師匠であり兄弟子であった。



「そういうことではない」


「うんにゃ。そーいう話じゃん?」



 眼光鋭く睨めつけるリヒャード殿下に、第二王子殿下は「うわっ。おっかね」とおどけて、両手のひらを開いて見せた。



「だってさ。そこの彼さぁ。兄貴の護衛騎士っつーより、兄貴が彼を護ってやってんじゃねぇ?」

 第二王子殿下が室内をぐるりと見渡す。

「あれ? そう思ってるの、俺だけじゃないよね」



 第二王子殿下は、この場に立つ者へと気安く笑いかけた。

 各々が目を合わせ、戸惑いの表情を見せる。リヒャード殿下は「くだらん」と一蹴した。


 顔色も声色も変えず。第二王子殿下の挑発にのらず。

 リヒャード殿下は「それだけか」と話を切り上げにかかった。


 第二王子殿下が肩をすくめる。



「それだけって。うーん。兄貴はそうかもね。()()()気にしねぇんだろうけどさ」



 挑発と疑惑と、そして苛立ち。第二王子殿下の目にあるもの。

 他の面々に向ける気安さとは明らかに異なる、異端審問の眼差し。


 第二王子殿下は目を細め、私を見た。



「やっぱり」

 私を見て納得したかのように頷くと、第二王子殿下はリヒャード殿下へと振り返った。

「兄貴。彼はさ」



 第二王子殿下がリヒャード殿下の後ろに控える私を指さすので、リヒャード殿下もつられて振り返り、私を見た。



「言いたいことがあるってよ」


「仮にそうならば、ここで言えばよい」


「憧れの兄貴の前じゃ、恐れ多くて言えねぇんだよ。察してあげよ?」



 嘲るように、うっすらと軽薄な素振りで、口元に笑みを浮かべる第二王子殿下。細められた目は、私に焦点を定め、決して逸らされない。

 私の心の内を探るためか、第二王子殿下が私を見るとき、彼はいつも目を細める。



「くだらん」


「ええっ。男のプライドをくだらないなんて言っちゃうの?」


「男のプライドだと?」


「うん、そう」



 リヒャード殿下と第二王子殿下、お二人の会話を聞く私の反応を観察することに満足したのか、第二王子殿下はようやく私から目を離した。そして朗らかにリヒャード殿下へ笑いかける。

 リヒャード殿下は額に手を当て、逡巡の様子を見せた。



「おまえの意図がわからんが、どちらにせよ、確たる理由なくして、この者を連れ出すことは許可できん」



 きっぱりと拒絶すると、リヒャード殿下は疲れたように長く息を吐きだした。



「ましてや、『男のプライド』などという、都合のよい、空虚な言葉で誤魔化そうなどと」


「空虚って。ひでぇ」



 大げさに肩を落とす第二王子殿下に、「それ以外にどう評すればよいのか」とリヒャード殿下は取り付く島もない。



「じゃあさ、言っちゃうけど」



 第二王子殿下は拗ねたようにくちびるを尖らせる。

 幼い仕草ながら、その目は鋭く細められ、私に注がれていた。



「彼、兄貴から、かよわいお姫様みたいに護られるのが恥ずかしいんじゃねぇかなって。そう思うんだけどなぁ」



 リヒャード殿下は虚をつかれた様子で、目を丸くする。そして「そうか」と呟き、目を伏した。

 私の前を過ぎ、リヒャード殿下が窓辺へと寄る。

 窓より差し込む、鮮やかな夕暮れの朱が、リヒャード殿下の横顔を照らした。



「私はコーエン、おまえを信用している。必要なことなのであろう。連れて行け」



 こちらへ振り返ったリヒャード殿下の正面顔は、逆光で黒く塗り潰されていた。



「おまえのことも」



 発光しているかのように、夕日でなぞられるリヒャード殿下の輪郭。窓辺に添えた手が、ぐっと握りしめられた。「信頼している」という言葉と同時に。




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