序文 バチルダの日記
今日からここゲルプ王国に滞在するまでのあいだ、日記というものをつけてみることにする。
改めて自身の名をここに記そう。
我が名はバチルダ。バチルダ・ファルツ・プリンツェッシン・フォン・ユグドラシルである。
父はユグドラシル朝神聖アース帝国皇帝であり、母は皇后で第一皇妃であり、ファルツ宮中伯の長子。
きょうだいは同腹の兄が二人、異腹の兄が一人。同腹の姉が一人。
弟妹においては皆異腹であり、交流はない。名前と顔が一致する程度だ。
毎朝オーディン神に祈りを捧げる際、見届けに訪れる司祭の方が、きょうだい達より、よほど馴染みがある。
教えを説くでもなく、顔を見せるのみの間柄ではあるが。
兄姉においては多少の交流もあるが、しかしそれは皇子、皇女として公務に関わることにおいてのみであり、私的な会話を交わした記憶はない。
我が皇族において、家族の情というものは、おそらく他の一族の者とは異なる形態であることと思う。それが帝国皇族なのだと育ってきた。
ゆえに、婚約者だと顔合わせした属国ゲルプ王国王太子と、その弟妹らとの間に流れる温かな情愛なるものに、興味を抱いた。
皇族と王族の差異。
この得も言われぬ思いを昇華する手段として、日記という手段をとることにする。