第五話 夜ごとの悪夢
リヒャード殿下の目の前に転がるのは、いまだ血の乾かぬ鮮血を垂らした生首。虚ろな瞳。だらりと飛び出た舌は、血が抜けきり、すでに赤黒くすらなく。
「あ……ああ……」
台座から一歩も踏み出せないリヒャード殿下に、バチルダ皇女殿下はニッコリと微笑みかけた。そして拾い上げる。
細い腕で大事そうに抱えるのは、既に息絶えた、我が妹。
バチルダ皇女殿下は愛おしそうに、血の気の失せた青い頬を撫でた。
「リヒャード。これを見よ」
バチルダ皇女殿下に言われずとも、リヒャード殿下の視線はぴたりと固定されたまま。瞬きすらせず。
見開ききった目は、ひたすら一点を凝視している。
ぽたり、ぽたり。
バチルダ皇女殿下の水蜜桃のような、みずみずしく澄んだ白肌が。繊細なレースの施された清純な白いドレスが。
赤く、赤く染まっていく。
「リヒャードを苦しめた、極悪人に相応しい最期じゃな」
バチルダ皇女殿下は妹に頬ずりをする。その生首に。
首から下は、皮一枚繋がらず。途切れた首下の、その向こう。
バチルダ皇女殿下の美しい金の髪がところどころ赤く濡れている様が、リヒャード殿下の目に映った。
「あ、あっ、あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ……!」
台座の上で慟哭するリヒャード殿下を、バチルダ皇女殿下は微笑みながら見守った。
まるで聖女のような、安らかで邪気のない、清廉で麗しい笑みだった。
これぞまさしく、王太子妃に相応しい微笑み。
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寝台から飛び上がれば、いつものように下着に寝衣はもちろん、シーツまでぐっしょりと汗で濡れていた。
我が国の宗主国、ユグドラシル朝神聖アース帝国。その第二皇女。バチルダ皇女殿下。
リヒャード殿下とバチルダ皇女殿下との婚約が締結されてから、毎夜のように、私は悪夢にうなされるようになった。
いつも同じ夢だった。
妹も両親も、一族の者達も。
その処刑の場には、実際には王族など、慟哭はおろか感情のいっさいをなくしたリヒャード殿下しかおらず、当時バチルダ皇女殿下は、我が国に足を踏み入れたこともなかった。
しかし夜毎見る悪夢に、バチルダ皇女殿下は必ず現れた。
我が妹の生首を愛おしそうに見つめながら。
首筋を伝う汗。高い体温。その熱い肌を指先でなぞっていれば、急に冷たさが触れる。
隷属の首輪。
そのまま指を滑らせれば、かすかな凹凸を感じる。
表には世界樹とオーディンの槍の浮彫が施され、裏に刻まれるのはルーン文字を用いた古ノルド語の誓約。
リヒャード殿下とバチルダ皇女殿下の婚約は、この首輪と引き換えに帝国より打診された。
帝国の最高技術の結晶、秘匿された神秘の力を求めるならば、属国の王太子は帝国皇女を娶るべしと。