序文 ある奴隷騎士の悔恨
愚かな兄妹だった。
そして兄妹揃って、この国の第一王子殿下に心底惚れ込んでいた。
この御方に生涯、忠誠を尽くそうと、出会って間もなく心に決めた。そしてほとんど思考することなく闇雲に、殿下のお言葉に従った。
殿下の駒となれることが、私の誇りであった。私は愚かであった。
そして妹もまた、兄である私に勝るとも劣らず、愚かであった。
妹は、思考を止めた私とは真逆に、愚考を巡らせた故に自滅していった。殿下のご慈悲、心の最も柔らかなところを道連れに。
妹は殿下に、決して消えることのない烙印を刻み込み、殿下のお心の一部と心中した。
リヒャード・プリンツ・フォン・ゲルプ=ジツィーリエン。
第一王子殿下のご尊名である。
リヒャード殿下には、コーエン第二王子殿下とエイベル第一王女殿下という、双子の弟王子、妹王女がいらした。
少し間を置いて、後にバルドゥール第三王子殿下もお生まれになり、リヒャード殿下のご寵愛の中に加わった。
そして我ら兄妹。
リヒャード殿下に親しくしていただいた、あのとき。二度と戻らぬ、あの懐かしき日々。
畏れ多くも、我ら兄妹はまさしく、リヒャード殿下の贔屓を賜っていた。
リヒャード殿下のご寵愛。
それは心の内を滅多に表に出さず、容易に他者を身に寄せないリヒャード殿下にとって、非常に稀なことであった。
驕りではなく、今も昔も、姻や血を結んだご家族以外において、リヒャード殿下が真に愛情を注ぎ庇護下に置こうとなされたのは、我ら兄妹以外に存在しないであろう。
生まれながらの王者で在った、リヒャード殿下。
幼き日より、威風堂々とした振る舞い、鋭い眼差しに、人々はリヒャード殿下を恐れ、そして敬った。遥か遠い雲の彼方、天上に住まうお方として。
我ら兄妹にお見せくださった、悪戯で無邪気な笑顔。
人々はリヒャード殿下の少年らしいお顔はもちろん、聡くお優しいが故の苦悩など、欠片も知りもせず、冷酷非道、血塗れた王太子などと口さがなく陰口を叩いた。
そしてまた私も、愚かな人々同様、リヒャード殿下を激しく憎んだ。
我が愚妹、そして連なって両親らが処された後のことだ。