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chapter-6

 歓迎会には留学生だけでなく在学生、教授や事務職員など、多くの人々が任意で参加している。ステージは学長などの軽い挨拶が済んだ後に、教授や在学生の大学紹介、地域の合唱団による合唱が行われ、そして…。そして、最後の目玉はわたしたち。メンバー全員が在校生である、劇団コスモスと楽団スイートピーによる共同朗読劇。場面ごとに背景代わりの音楽が演奏され、ラストは二重唱…。考えただけでもゾッとするような表舞台に、今わたしは立った。足は痺れたように震え、腕には力が入らない。酸素が薄い。額が熱い。眼は、座り場所を失って右往左往している。

「大丈夫だ。君は私達の事情で飛び入り参加させられただけなのだから、失敗しても誰も文句は言わない。今やれることをやろう。」

 コートニーさんが、わたしの手をつついてそう述べた。何を言われたとしても、わたしは"今"にしがみつくことしか出来ないと云うのに。彼女は"今"に立っていない。彼女はきっと練習もリハーサルもしていて、それらの過去を風呂敷にして"今"に座り込んでいるのだ。多少の変更があったとしても、わたしを励ませる立場になんか居ない。あまのじゃくではないが、そう考えてしまう自分が心の底に居た。これはエゴに由来する、妬みに近い心の不純物だ。自分から重荷を引き受けて、身軽な人達を憎く思う。思いやりや哀れみを、一瞬にして粘ついた忌々しい感情に変えてしまう。春の気候みたいに、わたしの心は時にどす黒く移り変わる。わたしは昔から、そんなわたしが大嫌いだった。わたしは…。 


『もっと遠くの…何もかも見たことがないモノだらけの、そんな場所に行きたい!』


 わたしは、そんなわたしが嫌いで、でも、好きだった。願わくば、このままの、翼なんて無いわたしでも。わたしの移ろい行く春を、この手と足で、小さくはばたいて渡りたい。わたしが異国の地へ渡ったのは、その願いによるものだった。わたしも、行きたい。


「次は在学生劇団コスモスと楽団スイートピーによる合同朗読劇です。題名は、家出姫と羊飼い。では、どうぞ。」

 アナウンスが切れ、ブザーが鳴る。幕が開き、照明が大きく点灯する。わたしの眼球が、開く。


"さあ、おとぎ話を始めましょう。"


 舞台は中世ヨーロッパ…縛られた生活や人間関係が嫌になり、城を抜け出したお姫様が主人公。姫様は空腹に耐えられず見知らぬ土地で倒れてしまうのだが、羊飼いに助けられ命拾いをする。その後、姫は身分を隠しつつ羊飼いの家に居候し、時には仕事や家事を手伝い、生活を共にした。家族の居ない孤独な羊飼いと、和を嫌い城を飛び出した姫君。そんなふたりの間には、いつしか不思議な友情が育まれていたのであった。しかし、そこに…。

「姫様!こんな所に居られましたか…!女王陛下がご心配なさっております。さぁ、早く帰りましょう。」

 胸に左手を当て、右手を観客の方へ突き出して声を張る召使い…を演じるスカーレットさん。脚本はもう頭の中に入っているのか、台本に視線をほとんど向けていない。

「そう、ですね…。ごめんなさい、羊飼いさん。私は帰らなくてはなりません。私は一国の姫なのです。私が帰らなくては、困る方々がおります。今まで黙っていて、申し訳ありませんでした。」

 それに対してコートーニーさんは、台本を一字一句間違えずに美しく読み上げる。それぞれにやり方があって、それぞれの努力が伺える。一方わたしは初心者で、台本を読む時間も十分ぐらいしか無かった。そんなわたしに出来ることは…。

「貴女は姫様である前にひとりの人間だ!…でも、人間である前に一国の姫君だ。そのどちらかを捨てなければならないのなら、その決断は君の心に従うべきだ。君は、どうしたいんだ。君の心は…なんと言っているんだ。教えてくれ、頼む…。」

 何も無い。だから、全てを心に任せた。観客の目は相変わらず見れていないし、台詞も台本通りには読めなかった。わたしが羊飼いで、同じ言葉で同じ事を伝えるならば…。ただ、それに従った。

「私は…私は、貴女と共に居たいです!私はお城なんかに縛られていたくない!私は…私は…。」

 必死に伝える姫を、召使いは強引に馬車に乗せてしまう。羊飼いは精一杯走って追いかけながら、あの歌を歌うのであった。ふたりで何度も歌った、その地に伝わるあの歌を。


『恋の歌を口ずさみ

熱を帯びる花は

秋の風に揺らされて

夢から醒める そんな夢を見た


冬の吹雪に枯れた紅葉よ

忘れないことは罪であろうか

夏の嵐に折れた桜よ

忘れゆく人をいつまで待とうか


心に足を ついて歩こう

わたしの昨日を 見失わないように

頭に勇気を 持って踏み出そう

君との明日を ためらわないように

春の空を渡るなら…』


 歌が終わる。演奏が止まり、楽団の指揮者が台を降りる。それを合図に、ホールを爆発的な拍手が迸った。

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