chapter-5
「はい、これ。ちょっと読んでみて。」
名前も知らない女性に、放送器具が並ぶ中庭テントに連れていかれ、よく分からない英字だらけの冊子を渡されるわたし。中身は…演劇か何かの台本だろうか。
「あ、あの。ちょっと待ってください。わたしはこれから歓迎会が…。」
「その歓迎会のための出し物です、それは。」
わたしの言葉を遮り、また別の声がした。声の主はパイプ椅子から静かに立ち、ゆっくりとこちらに歩み寄る。彼女の、青いリボンで細く纏められた、艶やかな黒い後ろ髪が揺れた。
「先輩が手荒なことをして申し訳ありません。私はこの大学の一年生で、劇団コスモスに所属しているスカーレットです。あの人はその劇団のリーダーの…。」
「コートニー、三年生だよ。以後よろしく。」
以後と言われましても、と言いたいところだったが、初対面の相手に緊張をし、またこの状況を飲み込めていないわたしにその余裕はなかった。
「それで、率直に言うけど…。」
ただでさえ距離の近かったコートニーさんがさらにもう一歩わたしの方へ足を踏み込み、真剣な眼差しを向けた。握る台本に、スカーレットさんの口から出た劇団の言葉。嫌な予感が、わたしの額を迸る。
「申し訳ないが、これからやる朗読劇に飛び入り参加して貰えないかな。急遽役者が不足してしまって。」
予感は、現実となった。
「む、無理です。」
「そこをなんとか。」
「絶対無理です…!朗読劇なんてやったことないですし、第一なんでわたしなんですか…!」
「この劇はラストで羊飼い役とお姫様役が、さっき君が綺麗にハミングしてくれた歌を二重唱するはずだったのだが…。その羊飼い役が居なくなってしまったんだ。スカーレットは歌が歌えないし、台詞も多い。このままでは歌どころか劇も役者不足で出来やしない。…あんなに綺麗な声なんだ、きっと君なら向いている。」
コートニーさんは再びわたしの肩を掴み、至って真面目かつハキハキとした声でそう言った。眼は…茶化したり嘘をついたりする人間ものでもない。ただ真っ直ぐ、わたしをその瞳で捕らえていた。
「突然で申し訳ありません。しかし、この朗読劇は大学から頼まれたもので…。近所のバンドクラブから演奏者まで来て頂いているので、このまま役不足で挑む訳にはいかないのです。どうか、手を貸して下さいませんか…?」
対してスカーレットさんは、砂漠で水を求める旅人のような目。ここでわたしが参加しなければ、他の人にも迷惑をかけるという状況。わたしは何よりも、こういう頼まれ事に対して一番弱い人間であった。高校の頃のクラス委員も、去年の夏休みのボランティアも。こうやって頼まれて、断れずに引き受け、最後には後悔していた。人の前に出て、人の和に入って、ろくな目にあった事なんてない。なのに…。
「…わかりました。」
身体が悪かった幼少期のように、飲み込んだ空気は堅く、重く、薄く感じる。わたしはこれから、人の前に出るのだ。そう、決めてしまったのだ。