chapter-4
式典とガイダンスを終えたわたしは、数十分後にホールで在校生や大学関係者による歓迎会を控えている。といっても、それはわたしの為だけに開かれるわけではない。今日セスキペダレ大学に初登校する留学生は、わたしを含めて三十人以上と、そこそこ多いのだ。周りを見ると既に日本人は日本人同士でグループみたいなものが出来上がってしまっていて、わたしの入る場所がない。留学すれば自然と広い国際交友が出来ると云う淡い期待は、楽観的過ぎたと身を持って痛感する。痛感すると急に居心地が悪くなったので、わたしは少し外の空気を吸いに行くことにした。
ホールから廊下に出て、近くに玄関を見つけ、そっと扉を開ける。開けてすぐにわたしの虹彩を掴む、住宅街に囲まれているとは思えないほど開かれた庭園と、生徒用ガウンを着た一人の女性。それから少し遅れて、懐かしい音色が耳を通った。曲名は忘れてしまったが…何度も聴いた歌だ。春の朝焼けに似た強く優しいメロディ。それを乗せるのは、桜が舞うような美しさと、落ちた紅葉のような切なさを誇る歌声。それは、わたしの心の埃を被った部分に、そっと触れる。思わずわたしは…。
"had a dream to wake up from..."
思わずわたしは、心が覚えていた対旋律を口ずさみ始めた。いつ、誰に教えて貰ったかも忘れた、わたしの拙く小さなコーラス。それが不思議と知らない誰かの主旋律と綺麗にユニゾンし、春の日差しをもてなす。
しばらくして、主旋律が途切れた。我に返り顔を上げると、主旋律の主がこちらへ向かってくるのが眼鏡のレンズ越しに見えた。彼女の腰まで伸びた真っ直ぐな金髪が、東の雲を照らしながら揺れる。
「あっ、あの…ご、ごめんなさい勝手に歌ってしまって…!め、迷惑でしたよね…。」
白旗でも振るみたいに手を小刻みに揺らし、謝りながら後方へ退く。それにも関わらず彼女は、何の返答も無しにじりじりとわたしの方へ近付いて…。
「お願い、手を貸して。」
わたしの肩を、強く掴んだ。