chapter-9
気が弱いのが先か、体が弱いのが先か。わたしは昔から、引っ込み思案で、じめじめとした人間だった。
『日陰ちゃんも手繋ぎ鬼しないの?』
『やめなよ、日陰ちゃん嫌がってるでしょ。』
『そうだよ。ほっときなよ。あの子はいつもああだから。』
わたしも一緒に遊びたい。その気持ちは確かにあった。でも、言葉には出せなかった。だって、わたしみたいなのと遊んでもきっと楽しくないから。迷惑をかけたら嫌だから。
『もっと楽しそうにできないのか?子供らしく。』
子供らしくって何?子供は、子供らしくないといけないの?どうして?
『勉強ばっかりしてないで、外で遊んできたらどうだ。そんなだからいつまでたっても病弱で…。』
『ちょっとあなた!』
勉強をしたら褒められると思っていたのに、どうしてそんなことを言われなくちゃいけないの?お外でたくさん遊んだら、もう病院行かなくていいの?でも、そんなに遊ぶ力はないよ。
『成績も、生活態度もいいのですが…。協調性に欠けると言いますか…はっきり言って友だちを作ることが出来ていない様子で…。』
友だちって、そんなに大切なの…?先生はどうして、ひとりぼっちのわたしを煙たがるの?
『こんな窮屈な所、早く出たい。そう思わない?』
そうだ。わたしは、窮屈なわたしがきらいだ。何をしても後悔ばかりで、偏屈で、弱い。閉じ込められてるみたいに、前も右も左も見えやしない。陽の光も、月の明かりも見えない。そんな私から逃げ出したい。どこでもいいから、どこかへ。でも、やっぱり…。
どんっ。
頭をぶつけた痛みと音で目が覚める。額と手のひらに、気持ち悪いぐらい冷えきった汗を感じる。肺が締め付けられているみたいに空気が薄い。…嫌な夢を見た。夢から目覚める夢みたいな、奇妙で後味の消えない夢だった。
「あのさ…少しは学習したら?どうやったら連日で夜中にそんな騒音を出せるわけ?」
針のような声が、壁の向こうからわたしを刺す。攻撃的で、排他的で、でもやっぱり、どこか暖かくて優しい。そんなアンナさんの声だ。
「本当にごめん…。わざとじゃないの。」
「もしわざとって言い出したら、いよいよこの家を追い出してやるところよ。…まぁ、私がそんなこと言っても、叔母さんは聞き入れてくれないだろうけれどね。…あと、そのすぐ謝る癖やめてくれない?調子が狂うし、謝罪の価値が下がるわ。」
「ごめ…わかった。」
「そう。」
アンナさんは淡々と会話を抜い終えると、スイッチでも押したみたいに静かになった。寝息も、寝返り音もない。
「アンナさん…。」
今朝のことを、昨晩のことを思い出す。アンナさんは初対面のわたしにも、目上のマリーおばさんにもお構い無しに、針のような言葉を放つ。その点、わたしとは相容れぬ性格に思えるが…。彼女の針が聞こえる度、わたしはいつも安心する。何故かと聞かれても、上手く答えられない。なんとなく、その背中に自分の影を見る。懐かしいような、むず痒いような、そんな影を見て、酷く安心するのである。




