プロローグ
「こんな窮屈な所、早く出たい。そう思わない?」
病室の窓際に置かれたミニチュアの地球儀を片手でくるくる回しながら、ひとりの女の子が少し大袈裟なトーンで呟く。少しぶかぶかな患者衣を羽織った、わたしと同じ七歳の女の子だ。やや短めな後ろ髪の毛先が、西日に晒されて茶色く色づく。
「出て、どこに行きたいの?おうち?」
ボソボソと篭った声でそう訊ねたのはわたしだ。もう慣れてしまったベッドに猫背で腰掛け、長い前髪を触りがら暇を潰す、つまらない女の子である。
「うーん、いや、もっと遠い所が好いかなぁ。」
遠い所。それは小学生になったばかりの、それも定期的に入院するほど体の弱いわたしたちにとっては、蓋で閉じられたみたいに想像してもしきれないものだった。
「札幌とか?それとも、えーっと、旭川?」
「近いよ、近い近い。もっと、もーっと遠く。」
彼女は両手を一生懸命伸ばし、大きく振り、勢い余って躓きそうになるのを、咄嗟にわたしが支えた。
「とーきょう?あと…おおさか、きょーととか。」
「うーん…。いや、もっと遠くの…何もかも見たことがないモノだらけの、そんな場所に行きたい!」
「それ、どこ…?」
どう答えれば良いのかわからない、わたしの野暮な問いに。
「わかんないや。」
彼女は不敵な笑顔で答える。太陽さえも励ますほどの、不思議な魅力を持った笑顔だ。
「ふふ、変なの。でも、楽しそう。」
「じゃあさじゃあさ、いつかあたしたちで一緒に飛び出そうよ!どこでもいいから、海も越えて、空も渡って!」
「わたしも…?」
「だって、ひとりは寂しいから。」
「君も寂しいって思うこと、あるんだね。ちょっと…意外かも。」
「えーなにそれー、ばかにしてるのー?」
「そ、そんなことはないよ!…でも、うん。わたしも行きたいな。」
狭苦しい白塗りの天井と壁が、青く、明るく、そして広く見えた。