最果てのユーリシアス ~VRMMOの有名人と入れ替わってしまった俺の災難~
今、世間で最も大きな話題となっているVRMMO、『フューチャーライフ・オンライン』。日本発の、どちらかといえば後進のゲームであるが、作り込まれた広大な世界観と共に、とある理由から好評を博し、この一年で急激にユーザを増やしたオンライン仮想世界である。
遠未来の地球圏を舞台に、科学技術文明を極めた月面都市国家群と、環境保全の結果生じた膨大な魔力を活用することで興隆を始めた地球上の魔法都市国家群。剣と魔法とメカと宇宙と戦争と平和と……通常であればカオスと化すはずの盛り沢山の要素が、数千年にわたる架空戦記と共に理路整然と展開されるその様は、ログインした初心者ユーザの予想を良い意味で裏切り続けてきた。
が。
キギャーッ
「メカドラゴンMX-GH1、通称ヴァルデス……レベル98の上級ユーザ殺し……だっけ。こないだ観たPR動画に出てたなあ。あははは……って、なんで!?」
高校に進学して一週間。遅まきながら『FLO』を始めた俺、中村草太は、とてもAIとは思えない、親切なエルフお姉さんNPCのアドバイスによってキャラメイクを行い、わくわくどきどきしながらアバターの足が『最初の魔法都市』の地に着くのを心待ちにしていた。
しかし、いつまでたっても大地の感触は訪れず、最初に目に写ったのは、宇宙空間に漂う化け物だった。
「魔法都市陣営を選んだはずだし、そもそも、ゲーム始めたばかりの俺が……俺? オレ?」
あー、あー。
思わずつぶやいた声が、確かめるために喉を鳴らした声が、違う。
なんというか、可愛らしい声。
「え、このゲーム、アバターの性別は変更できないはず……。キャラメイクだって、リアルの俺に近づけて……?」
鏡がないからわからないが、宇宙空間に漂う自身の体を見下ろす限り、それは少女風の装い。そう、それは魔法少女のような……。
ゴゴゴゴゴゴゴ
「まずい! ブレスが来る!」
PR動画で観た、静かなる咆哮。ヴァルデスの最大攻撃、ホーミングブレスがすぐにも発射される様相を呈していた。漆黒の宇宙を背景に、神秘的かつ凶悪な光弾を口の中に携えて。
「わかんねえ……わかんねえけど、あの動画と同じってんなら……!」
魔法少女には似つかわしくない、腰に差していた長剣を抜いてヴァルデスに向け、呪文を唱える。
<……デス・イータ・スー・テリオス、ルーン・オーディス・イー!!>
初めて唱えるはずの呪文をあまりに滑らかに詠唱する自分自身に違和感ありまくりだったが、心の奥では、慣れ親しんだ『破壊衝動』に納得している。そんなちぐはぐな想いを抱えたまま、
「殲滅せよ! 最果ての閃光!!」
ヴァルデスの光弾が放たれるよりも早く。
剣よりほとばしる光の刃が、その体を貫く。
ブオッ……
………………………………………………
ドゴオオオオオオオオオオオオンッ―――
……
…………
………………
「……や、やった……のか? フラグ、とかじゃない、よな?」
目の前にあるのは、『ヴォルデスだったもの』の小さな残骸がいくつか漂うのみの、漆黒の空間。そして、つい先ほどまで轟いていた殲滅音が嘘のように消えた、身が縮まるほどの静寂。
「いやいや、宇宙空間で轟音って。その辺が気になったから俺は魔法陣営を……って、そんなことよりも!」
俺は、お姉さんNPCから最も懇切丁寧に教えてもらったメニュー操作を行う。手のひらを少し上に上げるようにして、それからいっきに下に……。
ブンッ
表示されたアバター情報画面を観た俺は、宇宙空間でよろめきかけるという器用な動きをする。
「……まさかとは思ったけど……なんで俺、あの『アイリス・炎羅・ユーリシアス』になってんの!?」
◇
今でこそ人気爆発の『FLO』だが、発表直後のβテストでは、招待ユーザから散々こき下ろされた。曰く『なにをすればいいかまったくわからん』。コンセプトの『ユーザ各自がもうひとつの生活を好きに楽しむ』が思い切り裏目に出た形で、舞台設定を含む膨大なオプション群が混乱を招いた。魔法使いが宇宙でも戦えます? ビーム兵器でドラゴンを倒そう? なにそれおいしいの。自信を持ってウリにした『可能性』を真正面から否定された開発陣は、それはそれは心が折れたそうな。
前評判とは大きく異なる反応に出資した親会社が焦り、最終的に、大手広報コンサルティング会社に今後の対策を丸投げした。多くの芸能事務所とも取引しているからだろうか、担当となったコンサルタントは技術的な要素には手を加えず、完全なイメージ戦略をとった。すなわち、アイドル的存在の導入である。
―――私は、戦う。最果ての宇宙で。
『アイリス・炎羅・ユーリシアス』。中二心をくすぐる世界観や架空戦記とは相反するはずの、ステージで歌って踊る姿が似合うはずのセミロング美少女が、剣と魔法とメカと宇宙を携え、鮮烈な戦いを繰り広げる。見た目とは少しイメージがズレた寡黙キャラを演じるそのアバターを用いたPR動画は、多くの世代と性別を超えて話題をさらった。
当初目標では、コンセプトとの相性と時間的余裕を想定した若手男性層を狙っていたのが、アイリスのPR動画公開と共に始まった正式リリース直後から老若男女のユーザ登録が相次ぎ、1か月ほどで日本のVRMMOトラフィックの半分を占めるようになる。その更に2か月後には海外進出を果たし、世界の主要国に相互接続サーバを配置して本格的な世界展開を開始する。毎週のように新規作成される、アイリスのPR動画の公開と共に。
アイリス・炎羅・ユーリシアスが『作られた広告塔』であることは誰もがわかっていた。しかし同時に、アバターでもある。誰かが、操作している。誰でも、アイリスのようになれる。そんな期待と情景が『FLO』にログインする人々の心を掴んで離さない。そして実際、アイリスを目標にレベルとプレイヤースキルを磨き上げ、ある意味実力で有名トッププレイヤーとなったユーザが数多く現れた。今も関わり続けている担当コンサルタントは、そんなユーザ達にも声をかけ、アイリスに続く広告塔としての役割を求めた。膨大な報酬と共に。
正式リリースから一年ほど経った現在、最初から一攫千金を期待して参加する『FLO』ユーザも増えている。そうでなくとも、今や知名度抜群のVRMMOにおいて満たされる承認欲求は尋常ではなく、本来であれば世界観を広げるためのNPCによる役割―――宇宙港の職員、街のパン職人、機動兵器の整備員、冒険者ギルドの受付、などなど―――をユーザにも開放することで、あらゆる種類の有名人が登場している。とある魔法都市国家の王宮の名物門番はその典型だろう。業界誌でたびたび話題になり、取材費だけで相当に稼いでいるとかなんとか。
そんな、まさしく『別の人類社会』と化したFLOではあるが、それでも、『アイリス・炎羅・ユーリシアス』の役割は変わらなかった。新マップが導入されるたびに攻略デモ動画が公開され、新しい言語圏でサービス開始するたびに現地語を話して活躍するデモ動画が作られる。常に最前線で活躍する様子が描かれ続けることから、いつしか『最果てのユーリシアス』という異名が人々の間で囁かれることとなった――――――
◇
「いやまあ、アバター接続が取り間違えられただけとは思うけどさあ。いきなりだったから慌てちまったけど、それしかないよな」
頭の中で走馬灯のようにアイリスのあれやこれやを思い浮かべながら、俺はそうつぶやく。ソロ活動を徹底していることもあって、周囲には誰もいない。誰かに聞かせるというよりは、現状把握を行うため自分自身に言い聞かせたという感じというか。はるか遠くに見える地球を見据えながら、声はただ、漆黒の闇に消えていく。
「でも、やっぱり誰かが操作してたんだな。高度なAIを積んだNPCじゃないのかって説もあったけど」
アイリスの素性は『みなさまの御想像にお任せします』というのが運営側のスタンスだった。実際には、コンサルティングを担当しているという人物の意向なのだろうけど、ユーザに期待させるという意味では正解だろう。もっとも、こうして実際にアバターとして操作すると、俄然、興味が湧いてきた。
「このまま運営にクレームを出して、『中の人』を聞き出してみるか? 宇宙空間だから窒息死するかと思いました、訴訟! それが嫌なら……とか? 我ながら下衆過ぎるか」
ログイン直後にヴォルデスみたいな化け物を相手にした時点で文句のひとつも言えそうだけど、さっくり倒せてしまったのでそれは水に流されそうだ。むしろ……
「うわ、もしかしてモニタされてる!? アイリスのアバターを無断で使用し続けましたって逆に訴えられちまう! えっと、ログアウト操作は……」
……メニューがない!?
などということもなく、普通にメニューからログアウトを選択する。
<ログアウトしますか? YES/NO>
「ログアウトしちゃうと、俺がアイリスのアバターを使ってたことも証明できなくなるかなあ。このVRMMOに誘ったアイツに自慢したかったけど……まあ、いっか」
ちょっとだけ躊躇した俺は、YESを押す。
◇
「……んっ」
目覚めると、見知らぬ天井があった。
「なーんてな、あははは」
……
…………
………………
「えっ!? マジで知らない天井!?」
がばっ
勢いよく起き上がった俺は、つい先ほど『FLO』でも経験した違和感に気づく。
「天井……てん、じょう……うえっ!?」
なんというか、可愛らしい声。
「いやいやいや……」
驚愕に目を見開きながら、周囲を見渡す。
こじんまりとした空間に、ぬいぐるみがいくつか乗ったタンス、整頓された文房具が置かれた学習机、小説や参考書が綺麗に収められている書棚。
いわゆる典型的な『女の子の部屋』.少なくとも、ラノベやらマンガやらが散乱している俺の部屋とは根本的に異なる。
「いやいやいやいやいやいやいやいや!?」
あまりの違和感に恐怖を覚えた俺は、それまでヘッドセットを付けて横になっていたベッドの近くにあるスタンドミラーを覗き込む。
「……アイリス?」
鏡に映ったのは、アバターでしか存在し得ないと思っていた、『アイリス・炎羅・ユーリシアス』、そのままの姿だった。
「なにが……どう、なって……」
俺は、あまりのわけのわからなさにパニクっていた。
いや、根っからのラノベ脳の俺の頭の中では、既に予想が出来上がっていた。しかし、そんなバカな、という感情の方が何十倍も湧き上がっていた。
それは、そうだろう。
入れ替わったのが、アバターではなく。
「アイリスの『中の人』と入れ替わった……なんて、そんな……」
◇
それから、一週間。
時間が一気に飛んだように見えるが、実際のところ、俺の心境はまさしくそんな感じだった。いろいろなことが判明したものの、あまりの情報過多に呆けていたというのが正しいが。
まず、この『中の人』である少女の本名は、入須悠里。アバター名はこの本名をもじったようだ。
そして、超がつくほどの『お嬢様』だった。
自室の部屋だけ見ると普通の一軒家の一室のようなのだが、同じくらいの部屋が客間としてゆうに数十はある、四階建ての大邸宅の一室だった。噴水と庭園を備える自宅、とかファンタジー世界にしかないと思ってたぜ。
「悠里ちゃん、ご飯、美味しくない?」
「え、あ、そ、そんな、ことは……」
「悠里は相変わらず大人しいな。もう少し、元気になってほしいものだが」
「あなた、悠里ちゃんはこれでいいのよ。今晩は一緒に編み物しましょうね」
「う、うん……」
父親は、世界に名だたる電器メーカー企業グループのトップ。母親は、更に輪をかけて有名な大学教授。専門は、応用数学とのこと。
既におわかりかと思うが、『フューチャーライフ・オンライン』の親会社のトップ、および、開発子会社の技術協力者である。どこかのニュース映像で見たことあるぞとしばらく思っていたけど、少し調べてなるほどなあと思った。
「それで……悠里はまだ、あのPR動画作成に関わるのか?」
「え? や、その……」
「嫌になったら、いつでもやめてもいいのよ? 悠里ちゃんが無理する必要ないのよ」
「まだ……大丈夫」
ぎこちない受け答えしかできないままなのだが、どうやらこれが正解らしい。入須悠里は、誰に対しても大人しい反応を示すようだ。『最果てのユーリシアス』のイメージにも合致している。戦闘は苛烈だが、寡黙。ひとりで戦う姿しか見せてなかったから会話シーンが省略されているだけなのかとも思っていたけど、そういうわけではなさそうだ。
「……ごちそうさま。学校、行くね」
「行ってらっしゃい。今日もバスで行くの?」
「あ、うん」
「まあ、誘拐とかは心配しなくてもいいだろう。監視は常につけてる」
「あはは……」
財布にバスの定期券が入っていたから、お抱え運転手による送迎なんてやっぱりラノベにしか存在しないよなと思っていたら、現実は斜め上を行っていた。
そうして俺は、執事やメイドが何人も控えている食堂を後にして、学校に向かった。本人たっての希望らしい、地元の公立中学に.
中の人の正体は、14歳の女子中学生だった。
◇
通っている中学は、本当に普通の中学校だった。
他のバス通学の生徒と共に、最寄りのバス停から3分ほどてくてく歩く。グラウンドの端を抜けて、生徒用玄関の下駄箱で靴を―――
がばっ
「おっはよー、悠里! 元気?」
「げ、元気……だよ、みなも……ちゃん」
「んー? またちょっと言い淀んだ? 大人しいだけじゃ悲しいぞ、我が友よ!」
「ご、ごめん……なさい」
「あやまんなくていいっていつも言ってるでしょー。さー、教室いこいこ」
靴を履き替えている途中だというのにいきなり抱きついて連弾トークをかましてくるこの娘は、神原みなも。自称、悠里の一番の親友にしてクラスメイト。本当のところは未だわからんが、こうして本音で積極的に関わってくるあたり、あながち間違いではなさそうだ。俺的には『ウザい』のひとことで言い表す相手だが。なんというか、アイツを連想してしまうのだよな。
「あ、そだ。今度のPR動画も観たよー。悠里ってばいつも通りカッコ良すぎ!」
「あ、ありがと……」
「いやあ、『最果てのユーリシアス』、あれ私の大親友なんですよ! ってネットに書きたくて書きたくて書きたくて」
「それは……」
「もちろん、しないよ! 約束だもんね!」
不思議なことに。大変、不思議なことに。
悠里が『アイリス・炎羅・ユーリシアス』の中の人であることは、身近な人々の間では、両親と、この自称・大親友のみなもしか知らなかった。アバターそっくりの容姿であるにも関わらず、である。
もしかして、この中学ではFLO自体がほとんど知られていないのだろうか? とも思ったのだが、元の俺が通う高校と同じく、教室では連日FLOの話題でもちきりなのである。その手には、アバターとしてのアイリスが表紙を飾る雑誌まであったりすることもあるというのに。
「いやー、相変わらずFLOの話題ばっかりだねえ。でも、私に任せて! 悠里は私とだけお喋りしていればいいんだから!」
「えっと……」
「案外、見た目だけではわからないものよねー。まあ、そうよね。いくらそっくりでも、かたや仮想世界のアバター、かたや現実に存在する普通の女の子だもんね!」
どうやら、そういうことらしい。
いや、『私とだけお喋り』のくだりは少し背中がぞくっとしたが。この娘、体育会系ショートボブの見た目もあって、元気いっぱいの天真爛漫な性格がとても合っているのだが、時折見せる闇が怖い。裏で強制的に『そういうこと』にしているのだろうかと勘ぐってしまったりもする。中学生でそこまで……とは思うのだけれども、父親の『監視』と併せてどうにも疑いが晴れない。むう。
◇
こうして、両親や自称親友を通して、『入須悠里』の素性はこの一週間で概ね把握できた。できたのだが……当然ながら、肝心のところが完全に不明である。
どうして、入れ替わったのか。
俺の体の方は、どうなっているのか。
一度、『中村草太』のスマートフォン宛に電話をかけたりショートメッセージを送ってみようと思ったのだが、どうしても電話番号やアドレスが思い出せなかった。別に、入れ替わった影響で記憶が……とかではない。単純に暗記していなかっただけだ。連絡先情報は電子的に交換してばかりだったからなあ。そして、自宅に固定電話はない。
「結局、元の俺に関する情報は『住所』だけなのだが……」
なんと、現在地から100キロメートル以上離れていた。いやまあ、国外じゃなかっただけマシなのだろう。とりあえず、手紙を送ってみるか? おそらくは俺の体に乗り移っているであろう、『入須悠里』宛に。しかし、うまく届くだろうか。なにしろ、あの家は……
「どーしたの? 珍しく考え事?」
「……珍しく、って」
「めんごめんご。悩みがあるなら、このみなもおねーさんに話してみなさい!」
「……いい」
「がーそ」
愉快な自称・おねーさんを無視した俺は、今後のことを考えていた。
どうなるか怖くて避けていたけど、他に手段がなければ、やっぱり―――
「FLOに、ログインするしかないか」
アイリス・炎羅・ユーリシアス、として。
「なになに? 私も一緒にFLOにログインしていい?」
「……ウザい」
「ひどっ!?」
コロナ禍に伴う絶筆状態からのリハビリ中。続きを書くかは未定。メリーバッドエンドになるかもしれない……。