赤子
砂浜に伏した、奴の息の根が止まるまで石像は攻撃をやめなかった。
崇はそろりそろりと十和子達のいる茂みに分け入り、二人に大きな怪我がないのを確認する。
希和はいつの間にか大泣きをやめ、ぐすぐすと鼻をならしながら十和子にぴったりしがみついていた。
奴のバラバラになった肉片の中央に、モアイ像が立つ。雲が途切れだし、まばゆい陽光が差し込んで照らす。光を浴びたモアイ像が立ち上がって東の空を見つめる。
石像全体がチラチラした光に包まれる。
そして、その光の点は砂のように風に乗って一つの渦になる。渦はサラサラと音をたて、十和子を包んだ。
光は腕の中に集まり始め、一つの球体へと収斂していく。
そっと光の塊に触れると、ずしりと重みがして、十和子は咄嗟に抱き抱えた。
そして、像は人へと姿を変えた。
「…あ…かちゃん…だ」
まだ首の座ったばかりの赤ん坊だ。
すうすうと、心地良さそうに眠ってしまった。
「えっ……ど、どうすればいいんだ……え?」
「そんなの…私だって分からないよ…」
戸惑う一家の前に、今度はライトバンが県道を走ってきて、護岸ギリギリに止まると、中からスーツの男女が数人出てきた。
日本語ではない言葉で、ジェスチャーで、赤ん坊を渡すように要求する。
「渡せってこと…?」
「どうする?」
「待って…あの人達全部見てたの?私達が襲われてるのも…?」
希和が呟いた。
「だめだよ…」
十和子は何故だか、そうしなければならない気がした。
「やめてください!この子は私の子です!」
狼狽える黒服達。もっと狼狽えたのは崇だった。
「何言ってるんだ…?」
十和子は急に足が震えだした。
そう、私は一体何を言っているの…?
突然赤子が泣き出した。
「ほぎゃぁ!ほぎゃぁ!」
「ああ大変!そういえば服もオムツもミルクも無いわ!」
「とりあえずこれ!」
崇は羽織っていた薄手のパーカーを脱ぎ、十和子に渡した。十和子はぎこちない手付きで赤ん坊をくるんだ。
希和のうんちもれでも同じことしたっけ。着替えの用意がなかったのよね。
そんな些末なことを思い出していると、ポツリ、ポツリ。雨が降り始めた。
黒服達はライトバンに戻り、そのまま立ち去った。