起動
「…あ」
何秒も経っていない。だけど何時間も息を止めていたような気がする。
奴はカマキリ状の腕をゆっくり振り上げた。
「十和子!」
弾かれたように崇は身を翻して十和子を力づくで砂浜から引き剥がす。
ジュウウ!と砂浜に焼け跡が広がる。
あと一瞬遅かったら、焦げていたのは十和子だった。
「ままぁー!まんまぁー!」
「きわちゃん!」
ようやく正気を取り戻した十和子が、希和のもとへ飛び込む。崇は砂浜からジリジリと石畳まで下がるが、あいにく武器になりそうなものは見つからない。
「うわぁあああん!わぁあああん!」
希和にはあちこち擦り傷ができている。
奴はこちらに振り返った。
一歩、一歩と近づいてくる。
と、おぞましい蛇のような舌を出して、希和の擦り傷を、舐めた。
早朝の海浜公園には他に人の気配はない。
大体人間なんぞいたところで、電撃の飛ばせる化け物相手にいくらも役に立たない。
そして、また、鎌を振り上げた。
背に冷たい石塀が当たった。
今度こそ逃げられない。
十和子は希和を掻き抱いた。
その時だった。
ゴゴゴゴゴ…ズドン!
十和子は、頭にパラパラと落ちてくる砂を感じた。
目を開けると、石に包まれていた。
正確には、石でできた腕に、希和を抱えたまま抱きすくめられていた。
「…え?」
その腕は、十和子達を一段上の椰子林にそっと置くと、二人に背を向けた。
モンスターに立ち向かったのは、昨日のモアイ像だった。
「…え?え?」
石像にはそれらしからぬ細い石の胴体がついており、だかしかししなやかに蛙のようにしゃがんでいた。無表情なはずのモアイが、厳しい顔して奴を睨み付ける。
奴は再び鎌を振り上げる。
モアイは素早く懐に飛び込み、奴の腕を掴むと、力任せにへし折った。
「◆j*$●r¬Я!!」
耳が痛くなる高周波を、奴があげた。
と、今度は逆の腕で、モアイに斬りかかる。
揉み合う両者の力は互角で、人類を超越していた。やがてメキメキと音を立てて、モアイ像が奴の腕を引きちぎった。