モアイ像が我が子になってエイリアンと戦うお話
走れ、走れはしれはしれはしれ!
どんなに必死に駆けても、胸に抱く赤子の重さで10メートルも走りきれない。
心臓だけが早鐘のように打って、ゼイゼイと息が切れる。
頭上を火の玉が掠めていく。
十和子はさっと人気のないビルの影に身を隠す。
黒緑に光るモンスターは、ゆうに4メートルはあるだろうか。
奴はどこから来たのか、何を目的としているのか。
分からないけれど、人類に襲いかかる脅威であることには間違いない。
十和子はエルゴの中の2つの瞳を覗き込む。
なんて無垢な目をしてるんだろう。でも、あなたが、私たちの切り札なのよ。
迷いを打ち消すように、そっと囁いた。
「みわちゃん、出番よ」
全てが始まったのはあの日だった。
仁科十和子は、どこにでもいる普通の兼業主婦だった。
市役所職員の崇と職場結婚し、2歳の娘 希和を育てている。二人とも地方出身であるため、近くに頼れる親族はいない。
平日は日中は保育園に希和を預けて働き、夜はいわるゆる「ワンオペ育児」に奮闘し、慌ただしく日常を送っていた。
ワーキングマザーになったのも、何となく大学の友人達が皆そうなったからで、十和子自体はそんなに目立つタイプでもなかった。
とりたててバリキャリでもなく、かといって「マミトラ」に乗ってまったりと働けているわけでもなく、割とくたくただった。
そんな日常から解放されるのが、崇の実家宮崎への帰省だった。
普通義実家への帰省と言えば嫁にとって憂鬱な物だけど、十和子は気に入っていた。
この年代にしては珍しく義母もワーママとして勤めあげた人物で十和子の共働きを応援してくれたし、崇のいとこ達も同年代で仲が良くて遠方から帰省してくる十和子達をいつも歓迎してくれた。実の親とは疎遠になっている十和子にとって、実の親以上に気の許せる相手だった。
「きわちゃーん!!」
空港についた3人を、崇の姉、里香が出迎える。
里香ははるばる頻繁に希和に会いに来てくれるため、希和もすっかりなついている。パタパタ軽い靴音を立てて戻ってきた希和の手にはまた新しいオモチャが握られていて、十和子は苦笑いを浮かべる。
「すみませーん!また可愛いもの頂いてしまって。それにお出迎えありがとうございます。」
「どうってことないのよー。それよりお母さんが凄いの用意してるんだから!」
車にはこの時用のチャイルドシートがセットされており、義母の希和への愛情を感じる。
飛行機の中で爆睡していた希和はご機嫌。走り出した車は気持ちのいい南国の海岸線をひた走っていく。
十和子はこの夏の海が好きだった。