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沙羅双樹  作者: 九JACK
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異端者の集い

 色々なところに顔繋ぎをして、月曜日を迎える。

 父から受け継いだ市松模様の羽織は、学校に羽織っていっていた。上着は自由という校則だったから。

 人好きのする性格である咲希の対人関係は、学校でも悪くない。──はずだった。


「ん?」

 下駄箱を開けて、そこに入っていた上履きに違和感を抱いた。何か、金属の擦れるような音がしたのだ。中を覗く。

 そこには鈍色に輝く画ビョウが入れられていた。

「危ないなあ」

 咲希はその程度の認識だった。それ以上のことは考えない。「偶然上履きに画ビョウが入る」なんてことはあり得ない。だとしたら、誰かが「故意に」入れたとしか考えられない。

 咲希は人を疑うのが苦手だ。家族に危害を加えられた場合は躊躇いなく制裁を下すことができるが、自分に対して何かされても、怒れないのだ。まあ、こんな家庭だから、差別されても仕方ない、と思ってしまっている。

 これが家訓で言うところの「己を捨てないこと」に相当しているのを咲希はあまり自覚していない。

 だから咲希は誰が入れたなどと詮索せず、画ビョウを片付ける。咲希は百合音のように人の心は読めないし、竹仁や松子のように心が空っぽなわけではない。何の特殊な能力も持たない。けれど、この性格を異常と言わずにはいられないかもしれない。

 明らかなるいじめをスルーできる咲希。だから、誰も気づかなかった。

 教室に行き、席に就く。机の中に何か入っていた。なんだろう、と取り出すと、可愛らしい便箋だった。

「……?」

 こんな手紙をもらう覚えはない。交流は広いが、浅い咲希である。クラス全員の名前を言えるが、それだけだ。

 まだ誰も来ていない教室で咲希は便箋を開いた。

 そこには簡素にこうあった。

「嫌い」

 筆跡では特定できないような、所謂定規文字でそう書いてあった。勿論、誰かに嫌われるようなことをした覚えは咲希にはない。可愛らしい便箋に書くようなことではないだろう、と少しずれた思考回路で咲希は手紙を眺めた。

 対処に困る。便箋自体のデザインは咲希は好きなのだが、「嫌い」というのは明らかな悪感情だ。捨てるべきか、悩んでいた。

 そうしているうちに他の生徒たちが登校してきて、咲希は便箋を鞄に仕舞った。


 昼休み、先生に呼ばれて職員室へ向かう。

「失礼します。雨野咲希です」

「ああ、来たね、咲希くん」

 まあ、これは呼ばれたというより、自己申告したのだが。

 咲希はまだ中学生だ。まだ働いていい年ではない。けれど、咲希にも家の事情があり、仕事先にも事情を説明し、許可をもらったため、あとは学校の許可を取れば晴れて堂々と働けるというわけだ。

「……ふむ、羽織のことと言い、君の家は特殊中の特殊だね」

「はは、すみません」

 咲希は悪くないのだが、こうも特殊事情が続き、認めてもらうとなると、少々申し訳なくもなる。

「まあ、七人兄弟なんて、今時ない大家族だからね……お母さん一人では大変なところもあるだろう」

「それじゃあ」

「ここで許可しなかったらただの鬼でしょう」

「ありがとうございます!!」

 素直にお礼を言う咲希に教師はほう、と感嘆の息を吐く。

「はあ、感心なことだね。こんな年から家のことを考えなければならないなんて、とは思うけど、自分がもし同じ立場だったらこんなに早く決断できないだろうから、そういう異端な道を迷いなく選べるのは、大人としても感心するし、人として尊敬しますよ」

「……異端?」

 咲希が首を傾げると、先生は肩を竦めた。教えてくれるわけではないらしい。

 咲希は無自覚……というか、当然のこととして認識しているが、大黒柱が亡くなった場合にそれを継ぐのは嫡男である。だが、現代において、その嫡男が「未成年」であるうちに家を継ぐということは普通はないのだ。つまり、咲希はそういう観点から周りからずれているということである。簡単に言えば、考え方が現代的ではない、ということだ。

 とにかく、と先生は咲希を見た。

「人間っていうのは、ちょっとの異端にも過敏に反応して、場合によっては攻撃してくる異端を極端に恐れる生き物なんだから、咲希くんも気をつけた方がいいよ」

「はい」

 うちが異端なのはわかりきっているんだけどなあ、と思いながら、咲希は職員室を後にした。


 昼休みが終わる直前に、一応ロッカーを確認しておいた。おかしいことに気づく。

 ロッカーに仕舞っていたはずの市松模様の羽織がない。ここに置いていたはずなのに。

 ──盗まれた?

 しかし、もしそうだとして、目的は何だろうか? 咲希の羽織は一族に代々受け継がれる大切なものだが、一族の長以外には何の効果ももたらさない。常人からすれば、ただの羽織に過ぎない。そんなものを盗んで一体何になるのか。

 故に、咲希はこの盗みをさして重要視しなかった。誰にも有効活用できないのだから、役に立たないと知ったら、返ってくるだろう、と楽観視していた。

 咲希は理解していなかったのだ。先生からの忠告が如何に大事なことだったのか。

 咲希は何の能力も持たず、何の異常性も持っていない。だから、いざ自分が異端とされることになったとき、どうなるか、なんて、全く考えていなかったのだ。


 だからこそ、放課後、戻ってきた羽織を見て絶望した。

 一族の長である証の特別な羽織が、




 ずたずたに引き裂かれていたことに。




 ……ソカナの予知を思い出した。

 自分に何らかの不運が起こるということ。

 着物屋と顔合わせしておいた方がいい、ということの意味を思い出した。

 きっと細石に行けば、店主に羽織を直してもらえるだろう。

 でも、それは予知後の対策で、ソカナが絶対予知をした時点で、この羽織の運命は決まっていた。

 そこで咲希は悟る。

 先生が忠告した意味を。

 これは咲希を妬んだ誰かが、咲希に少しでも心の傷を負わせようと目論んだものなのだ。

 能力を持っていなくても、異常性を抱えていなくても、家庭が普通と違う、立場が分不相応というだけで、人は「普通と違う」ことを恐れ、簡単に攻撃して、少しでも痛みを与えようとするのだ。

 ぼろぼろになった羽織を抱えた咲希は静かに涙した。

 咲希は理解していなかったのだ。百合音のような能力はない。竹仁や松子のような異常性は持っていない。だから自分は「普通の人間」だと思っていた。

 けれど違った。咲希が思うより「普通」の範囲は狭く、自分が異端だなんて自覚していなかった。

 だから咲希は一層傷ついた。人好きのする性格ではあるから、嫌われているなんて考えていなかった。自分が人を嫌うことがないから、嫌われないだろう、なんて思いがどこかにあったのだ。

 それに、何より。

 大切にしていた、父から受け継いだ羽織がぼろぼろにされたことに傷ついた。刃物で切り裂かれた跡、繊維に沿って引きちぎった跡、泥まみれにされた跡。どろどろでぼろぼろの羽織は痛ましく、悲鳴を上げているようにすら感じられた。その声があまりにも悲痛で、咲希は目を思い切り瞑った。

 そのまま、自分ではどうすることもできずに羽織を抱えて家に帰った。

 それを目にした弟妹たち、特に勇貴が何があったのか問い詰めてきた。怒りより悲しみの深い咲希の分まで怒ってくれた。

「兄ちゃんは何も悪いことしてないじゃん!! こんなのただの理不尽だよ。兄ちゃんは怒っていいんだよ」

 肩を揺すってくる勇貴に咲希は呟きをこぼした。

「でも、俺が『普通』じゃないから、大切な羽織がこんな目に……」

 いつになく気弱な咲希に、勇貴は叫んだ。

「他人に押し付けられた『普通』なんて本物の普通なんかじゃないよ。姉ちゃんは心を読めるのが『普通』だし、まつやたけだって、何も思わないのが『普通』だよ! 梅衣がいっぱいいるのも、水樹の中に鬼がいることも、本人たちにとってはみんな『普通』なんだよ。兄ちゃんは兄ちゃんの『普通』を貫き通してよ。それより大事なことなんてないと俺は思うよ」

「勇貴……」

 その力強い言葉に、咲希ははっとさせられた。

 勇貴が続ける。

「兄ちゃん、俺たちの家にもう世間一般から見た『普通』なんてないよ。それが異端だっていうなら、俺たちはもう異端者ばかりの集いなんだ。……兄ちゃんは家訓を覚えてるよね?」

 一つ、家族を見捨てぬこと。

 一つ、異常者を見捨てぬこと。

 一つ、己を捨てぬこと。

「自分が異常なら、そんな自分もひっくるめて大切にしようよ。俺は、いつだって兄ちゃんの味方だよ」

 勇貴のその言葉に、咲希は涙を溢れさせた。

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