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沙羅双樹  作者: 九JACK
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咲希に出た予知

 しばらく、咲希はソカナと話していた。アカネも傍にいたが、会話に入ってくることはなかった。

 他愛ない話だ。自分のこと、家族のこと、咲希が当主になったこと。

「ソカナさんが気にすることはないですよ。いずれは俺が当主にならなくてはならなかったんですから、それが多少早かっただけの話です」

「……でも、私は全てを知っても何もできないこの能力を呪うことしかできない」

 咲希はそう紡ぐソカナに悲しげな表情を向ける。

 安易にわかるとは言えない。咲希は何の能力も異常性も持たないから持つ者の苦しみなど、完全にわかることなどできない。以前、それで百合音にそれで怒られたことがある。手痛い指摘だった。


 以前、百合音が人の本心が読める故に、誰とも触れ合いたくない、と引きこもり気味になったことがあった。

「みんなみんな、私がこんな能力を持っているから、気味の悪いやつとしか思っていないんだわ!!」

「百合音、みんながみんな、そう思っているわけじゃない」

「お兄ちゃんに何がわかるの!?」

 その言葉に頭を殴られたような衝撃を受けた。

「お兄ちゃんはいいよね。私みたいに変な力を持っていないもの。だからこそ、私の苦しみの何がわかるっていうの!? みんながそう思ってないってどうやって証明するの!? お兄ちゃんには何にもわからないじゃない!! それならわかるふりなんてしないでよ!!」

 あまりにも手痛く、咲希は何も言い返せなかった。同時に後悔した。軽々しくわかったような口を利くことが、どれだけ百合音を傷つけたか、他の異常者や能力者を傷つけるか。自分の軽率さに、しばらく落ち込んだものだ。

 そこへ竹仁がやってきて、百合音と落ち込む咲希を見て、あーあ、と溜め息のように言った。

「ゆり姉何やってるの? 咲希兄落ち込んでるよ? 本心を読めるならこれくらいゆり姉の方がわかるよね?」

「……っ」

「竹仁、いいんだ」

「咲希兄は優しすぎ。ま、そこが咲希兄らしくて好きだけどね」

「何も……」

 扉の向こうから、地を這うような声がした。

「あんたは何も思ってないくせに!!」

「百合音!?」

 そう、竹仁は松子共々、心に虚無を抱えて──何も思わない心を抱えて生まれてきた。本心が読める百合音は、それがわかる。

 だが、竹仁は小指の先ほども動揺していなかった。

「なんだ、ゆり姉、()()()()()()()()()()

 ひう、と百合音が息を飲んだ。竹仁は続ける。

「ゆり姉の言う通りだよ。俺は何も思ってない。だから、どんなことを言ったって、言われたって、何も思わない。咲希兄のことは好きでも嫌いでもない。でもさ、何も思わない俺と、読み取った他人の本心と向き合わないゆり姉と、一体何が違うっていうの?」

「竹仁、もうやめろ」

「咲希兄は悔しくないの? 俺はこの異常性を理解して、向き合うために『普通はこう思う』っていうのを勉強してるよ。泣き伏せってばかりのゆり姉とは違ってね」

「竹仁!」

 何も思っていないからこそ、ずけずけと無遠慮に物を言えてしまう。竹仁と百合音の相性は最悪だった。

 竹仁は、言うことは言った、という感じで立ち去った。

 しばらく、気まずい沈黙が場を支配する。咲希は何を言ったらいいかわからない。こういうとき、竹仁のように躊躇いなく言える能力が羨ましいと思う。

「お兄ちゃん」

 落ち着いたのか、百合音から声をかけてきた。

「……ごめんなさい……」

 言い過ぎた、と百合音が謝ってきた。

「兄ちゃんこそ、ごめんな。結局、百合音を傷つけた……」


 ……以来、軽々しくわかった風なことを言わないように心がけている。

「雨野の家は相変わらず毎日が修羅場だな」

「あはは……」

 ソカナの指摘に苦笑いしか出ない。確かに、百合音と竹仁の組み合わせでのいさかいは絶えない。

「まあ、アカネは従順すぎる気がするが……」

「そうかもしれないですけど、好かれている方が嬉しいですよ、やっぱり」

 咲希も好かれていないわけではない。ただ、咲希をアカネがソカナを慕うレベルで好いているのは、勇貴くらいなものだが。

 それに兄弟間で不和があるのだ。大兄弟だからこそかもしれないが、長兄としては、みんな仲良くしてほしい、と思うのだが。

「……私は咲希さんが羨ましいよ。どんな形であれ、兄弟を気にかけ、受け入れているんだから。あなたが当主になってよかったと私は思うよ」

「ありがとうございます。まだ、中学生ですけどね」

「それは私もだ」

 あ、そうでした、と二人で笑う。兄が笑っているからか、アカネも微笑んでその様子を眺めている。

 だが、そんな平穏は不意に打ち砕かれる。

 ソカナがお湯を沸かしに行こうと立とうとしたそのときだった。

「っ……」

「ソカナさんっ!」

 歪んだ視界にふらつくソカナを慌てて立ち上がり、咲希が抱き止める。見ると、ソカナの菫色の目からは光が消えていた。

「これはまさか……」

 ──絶対予知。

 何をどう足掻いても避けられない予知、神より確定的な未来への道しるべが示される。

 アカネも慌てて駆け寄る。しかし、ソカナは大して反応することなく、ただ機械的に無機質に未来を告げる。

「雨野の当主、降りかかる火の粉、避けることはできず──」

「!?」

 どうやら咲希への予知らしい。降りかかる火の粉とは、また物騒な話だ。

 自分の身に何か起こるのか、と咲希は冷静に受け止めた。避けることができないのならば、せめて、家族や周囲に迷惑をかけずに済めばいいのだが。

 そこで、ふっとソカナの目に光が戻る。

「また……」

「大丈夫ですか? ソカナさん」

 ソカナは目を合わせようとした咲希から目を逸らした。

「……また、予知が出たんですね。それも、咲希さんの」

「はい」

 聞く話によると、ソカナは予知した内容を覚えているらしい。ぼんやりとした予知しかできないが、やはり内容はしっかり覚えているらしい。

「降りかかる火の粉……まあ、あまり景気のいい単語とは言えませんね」

「なんでいつも、こんな嫌な予知ばかり……どうしようもないっていうのに……っ!」

 そう、ソカナの予知は大抵、不吉なことを予知する。吉兆を予知するのはレアケースのようだ。ソカナもそれを知っている。更に、絶対予知で予知されたことは避けられない。

「こんな力なんて、何も意味がない……!」

「そんなことはありませんよ、ソカナさん」

 咲希は軽々しく能力者を理解したようなことは言えない。けれど、はっきりと言えることがある。

「どんなに能力もつらくても、無意味なんかじゃないです。悪いことが起こる。それが変えられない事実なら、それを受け止める心の準備をするしかない。けれど、逆に『受け止める心の準備をする時間』が与えられる、と考えれば、それは全面的に悪いことばかり、とは言えないんじゃないですか?」

 咲希は能力者や異常者の苦しみをわかれない分、捉え方を考えていた。

 咲希の言葉に、ソカナは菫色を持ち上げる。

「心の準備をする時間……」

「はい。どんなに強く見えても、人はやっぱり脆いんです。心が不出来なんです。それはきっと、異常者も能力者も一般人も一緒です。何の心構えもなしで、何が起こるかわからない明日を迎えることの方が怖いんじゃないですか? 少なくとも、俺はそう思います」

「わからない明日、か……」

 ソカナは俯く。

「……私は、明日なんて、わからない方がいいよ……」

 それから居づらくなり、咲希は帰ることにした。

 帰り際、ソカナが言う。

「知り合いに着物屋や服屋があるなら、今のうちに顔を合わせておいた方がいい」

「? わかりました」

 よくわからない忠告だったが、咲希は素直に聞き入れ、父に連れていってもらったことのある親戚の着物屋を訪ねた。


「いらっしゃいませ……」

 物静かな声が出迎える。咲希の知る声だった。

(ひとみ)さん、ご無沙汰しております」

 瞳と呼ばれた女性は咲希に目配せする。ただ、それ以上の反応はしない。

 鮎川(あゆかわ)瞳。それが女性の名前だ。下の隈が濃い山吹色の目が訝しげに、咲希を眺める。彼女は特に能力はない……が、やたらと疑心暗鬼になりやすい。咲希たちの叔母で、疑心暗鬼は昔からのようで、実の兄弟のことすら心から信じることができないのだという。

「相変わらず、綺麗な着物ですね」

「褒めても何も出ませんよ」

「いえ、率直な感想を言っただけです」

 疑心暗鬼の宿る目を向けながら、瞳が着物を見下ろす。

 彼女の着物は彼女の陰鬱そうな印象とは対照的な明るい派手な柄だ。目をつんざくような目映い紅の地に、金色の蝶が揺蕩い、そこにさわりと吹く風のような刺繍が白と水色で施されている。

 普段は、瞳はこの派手な柄を好まず、紫苑の袿かあいねずのマントを羽織って隠している。似合っているのに勿体ないな、と咲希は常日頃から思っている。

 だが、着物屋の中では店の宣伝のためか、その美しい着物を惜しげもなく晒しているらしい。本人はかなり不本意そうだが。

「旦那さんはいますか?」

「着物屋に用事なのね……呼んでくるわ」

「お願いします」

 咲希が頼むと、こくりと頷いて瞳は奥に行った。

 瞳は咲希たちの叔母だ。父の妹である。咲希の覚え違いでなければ、父の弟妹の末妹だったはずだ。何か異常性を抱えているのか、とてつもない疑心暗鬼で、父たちも対処に苦労したと聞いている。咲希も出会った当初は口も聞いてもらえず、困ったのをよく覚えている。だが、父曰く、咲希が瞳と馴染むのはかなり早かったそうだ。

 瞳は今のところ、夫と咲希にしか心を開いていない様子である。化粧をして着物を着て立っていれば、日本人形のように美しい女性だと思うのだが。

 とりあえず今は、着物屋の旦那さんを待つことにした。

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