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沙羅双樹  作者: 九JACK
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書きなぐっただけの手紙

 僕は生まれるはずの存在ではなかったらしい。僕が生まれてしまったから、まつは本当は持つはずだった正常で健全な身体を損なってしまった。

 僕の竹仁という名前とまつの松子という名前は僕たちが生まれる前にお告げで名付けられたものだという。

 父さんと母さんはその後に生まれた梅衣に「梅」という文字を使うことで巧妙に隠したのだ。僕とまつの関係を。

 僕こそが必要ない存在だったということ。

 兄さんたちは知っているかな。竹も植物である以上、花をつけるんだ。白い花弁が六ひらの花だったかな。花言葉もあるんだけど、それはさておいて。

 竹の花が咲くというのは凶兆とされるんだ。竹は六十年に一度、あるいは百二十年に一度しか花を咲かせない。竹が一本だけでは存在せず、竹藪な理由は知っている? 竹はね、一本二本じゃなくて、一株、二株と数えるんだ。白詰草やドクダミと同じ。それが樹木のように大きくなったのが、竹藪という一株だ。

 花が咲くとどうなるかっていうのは、今更語るべくでもないよね。花は咲いたら枯れる。それはどんな植物でも一緒だ。竹だって、例外ではない。

 竹は花が咲いて、一輪枯れるだけで、竹藪が一つなくなるんだ。だから、竹の花が咲くことは一種の滅亡の象徴とされている。

 つまり僕という存在は竹の花で、凶兆であるということなんだ。僕の持つ凶兆の影響を一番に受けるのは、双子であるまつだ。

 松というのは不老長寿の花言葉を持ち、古来から愛されてきた見た目の変わらない木だ。僕という竹の花はそんな松に寄生している毒花だ。松の生命力の強さで、松が消滅しないだけ。

 それは僕とまつの関係にそのまま当てはまるんだ。僕はまつの命に寄生して生えた竹なんだ。まつの命を吸ってここに命がある。

 そのことを知らされたとき、僕は僕という存在に絶望した。世界に失望した。残酷な運命と植物の習性を憎悪し、嫌悪し、恨み尽くした。──けれどどんなに怨恨を抱いても、その呪いは自分に返ってくる。

 ひどい気分だった。だから、僕はその事実を知ったとき、咄嗟に思ったんだ。

 まつも殺して、自分も死のうって。

 咲希兄はいなかったし、百合姉もいなかった。僕を止める人なんていないから、植物なんかに犯されてまつが死ぬ前に、僕が、僕のこの手で終止符を打ちたかったんだ。どうせ死ぬのなら、まつは僕によって死んでほしかった。

 僕はまつを愛している。それは家族愛でも兄弟愛でも、双子の神秘的な共感性でもない、僕の醜い欲望だ。

 軽蔑してくれてかまわない。僕はまつのことが好きだ。近親相姦なんて、知ったことか。僕はまつと一つになりたかった。そうすることで僕たちは本来のあるべき姿に戻れると思ったからだ。

 夢想をした。許されざることをしたとして、何も思わないまつは唯々諾々と僕を受け入れるだろう。そうして、僕の子種が、まつの中で育まれて、僕とまつの子どもができたなら、どうなるだろう、と考えたんだ。

 僕とまつの子どもができたとして、どのように世界を壊してくれるのか、見てみたいという欲望があった。

 けれどそれは、決して叶っても、看過されてもいけない考えだ。

 通常の倫理観が僕を許さないだろう。許されなくても、僕はこの衝動を抑えられないし、抑える気もない。

 だから、道を踏み外す前に、終わってしまおうと思っているんだ。

 まつは殺さない。そんなおぞましいこと、断じてしたくない。まつには松の木のように不老長寿であってほしい。醜女と呼ばれようと、僕が何より優先するのはまつの命だ。僕という生き物のせいで、それが脅かされるのなら、その生き物をこの世から消せばいい。

 簡単な結論だった。

 これは遺書なんて上等なものじゃない。ただ、僕がいなくなったら、咲希兄たちが気に病むだろうから、僕の行動原理をまとめているだけである。

 だから、どうか、どうか、まつをお願いいたします。

 百合姉、今までからかって悪かったよ。僕のことが嫌いだっただろう? それなら、僕の消えた世界で清々してくれ。それがあなたへのせめてもの償いだ。

 まつの「唯一の」姉であるあなたのことを、僕はずっと妬んでいた。僕はいつだってまつの唯一でありたかった。まつが僕だけを見ていてくれればいいと思っていた。だから、まつの唯一を一つきりでも奪うあなたが疎ましかった。

 だからあなたのことが嫌いだった。あなたも僕のことを嫌いだろうから、どうか、僕がいなくなっても、心が痛まないことを願います。

 勇貴兄。あなたなは感謝してもしきれません。あなたは少し頼りない存在だと見下していました。けれどあなたがあのとき、殴ってまで止めてくれたおかげで、僕は最大の過ちを犯さずに済んだ。本当に感謝しています。

 あなたが持ってきてくれた味噌汁はとても温かくて、身に染みました。優しさをくれて、ありがとう。

 最後に、咲希兄、一番心を痛めるのは、きっとあなたなんだろうな。あなたは優しすぎるから。

 僕を救えなかったことを後悔なんてしなくていいです。本来なら僕はあなたの兄弟になり得るはずのなかった存在。だから、いない方が正しいんです。

 あるべき未来を歩んでください。

 さようなら、出会うはずのなかった人たち。

 さようなら、僕のまつ。

 さようなら、誰のものでもないまつ。

 さようなら。

 さようなら。

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