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沙羅双樹  作者: 九JACK
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閉じ籠り

「あ、兄ちゃんおはよう」

 早くから朝食の準備をしていたのは勇貴だった。咲希、百合音、勇貴の三人は自然と家事を交替でやるようになっていた。咲希は二人の協力に非常に助かっている。

「今日は遅かったね。もう七時になるよ」

「そうか。……えっ?」

 咲希は目を丸くした。早いときは四時には起きる咲希である。勇貴はなんでもないことのように言ったが、およそ三時間、よけいに寝ているのである。

「兄ちゃん、顔色は……普通だね。熱とか目眩とか、頭痛いとかない?」

「何もない。むしろとても元気なくらいだ」

「ならよかった」

 勇貴がまだあどけなさの残る顔でにへ、と笑う。咲希の体調不良を心配していたようだ。

 手慣れた様子なのは百合音やまつが体調を崩しやすかったからだろう。特にまつは体調不良があっても何も言わない、というか体調不良のときはいつも以上に喋らなくなる。ただ、常日頃より自分から喋ることがないため、まつの体調不良は本当に気づきにくい。そういうとき、まつの変化に敏感なのは竹仁だ。

 双子だから、やはり何か通じるところがあるのだろうか、と思う。本を読んで、双子の神秘についても触れる機会があった。全く別々の場所にいても、痛みを共有したり、異変のある場所に違和感を覚えたり。双子で特殊なものというと、結合双生児というものもある。二つに分かれるはずだったものが一つとして生まれ落ちること、それは奇妙であり、神秘的なことであった。

 もしくは一つだったものが二つに分かれた結果なのだろうか。双子という存在はそれだけで未知に溢れている。

 まあ、竹仁とて、常にまつのことがわかるわけではないだろう。まつが倒れて保健室に運ばれたことは同級生から聞いて知ったようだし。

 竹仁といえば、かなり気にかかっている。

「勇貴、竹仁はどうしてる?」

 その質問に勇貴はぴく、と反応し、振り向いてから小さく首を横に振った。

 竹仁が何故かまつの首を絞めたその日、勇貴の提案で竹仁とまつを引き離した。竹仁は勇貴の部屋に、まつは百合音の部屋に。まつは事も無げにいつも通りの生活をしているが、竹仁は学校にこそ行くものの、徹底的にまつを避けているらしい。勇貴の部屋の隅に引きこもっている。

 いじけているというわけではなくて、きちんと学校の宿題をやったりしているそうだが、あの日、どうしてああなったのかはおろか、まつのことを話そうとしない。まつの名前を出しただけで、布団にくるまって、部屋の隅で縮こまる始末である。

 竹仁自身としても、ショッキングな出来事だったのだろう。どうしてああなってしまったのか、もしかしたら、本人が一番聞きたいのかもしれない。どうしようもない衝動に駆られることはある。

 人の首を絞めたくなる衝動など、どんなものかはてんで見当がつかないが。

「とりあえず、朝ごはんは部屋に置いてくるよ。食べはするし、落ち着くまでそっとしておいた方がいいんじゃない?

 それより、兄ちゃんの部屋じゃなくてよかったの? 俺、竹仁のこと打ったから、正直気まずいよ」

 それはそうだろう。

「でも、俺は白雀で働いて、帰りが遅くなるかもしれないから。なんだろう……竹仁から、目を離してはいけない気がするんだ」

 百合音のところに置くわけにもいかない。早苗も働いているし、早苗の部屋には幼い水樹と梅衣しかいない。竹仁が凶行に走ったとき、梅衣では止められないだろう。最悪、人格によっては竹仁を煽る場合がある。

 竹仁に一番効くのはまつだが、それも今回は駄目だ。まつにまた竹仁が乱暴をする危険があるうちは二人を近づけておけないだろう。竹仁もそれをわかっているのか、現状に文句を言わない。いつも通り、何も思っていないだけかもしれないが。

 百合音の側に置くわけにはいかなかった。もし、まつのことで動揺していたり、自責をしていたり、普段なら何も思っていない竹仁の感情の奔流に百合音を充てるのはあまりにも酷だと考えたのだ。そもそも百合音が竹仁を苦手なのは百合音が直接的な発言をしないだけで、周知の事実である。

 竹仁のことを知るには、百合音の力を使うのが一番手っ取り早いのだろう。けれど、そんな理由で百合音を苦しめたくない。それに、何かを思っていたとして、竹仁はそれを人に知られたくないのかもしれない。それが誰とも話さない理由なのではないか、と咲希は思っている。

 そんな状態の竹仁に百合音を当てるのは悪手中の悪手だ。何もメリットがない。事態は前に進むだろうが、どうせ進むのなら、前向きな方向に進んでほしい。

 異常性を抱えた兄弟が健やかに過ごせる環境を作るのは雨野家当主として当然の務めであるし、何より、長兄として、しっかりとしていたい部分だ。

 あのときの詳細を知りたいが、まつはいきなり飛びかかられただけだ、というし、竹仁から無理に聞き出すのも良くない。

 あのとき、現場にいた梅衣は、人格がころころ変わるので、あの場面を見ていた梅衣が誰なのかわからない。梅衣の人格は記憶を共有できている者もいれば、さっぱり覚えていない者もいる。梅衣から聞き出すのは難しいだろう。

 竹仁が話してくれるのを辛抱強く待つしかない。

 ふわりと出汁と味噌の香りが広がってきたところで、勇貴はコンロの火を止めた。

「勇貴は辛抱ならないかもしれないけど、竹仁が自分から明かしてくれるまで待とう。俺は待つことが大事だと思う」

「うん……俺も、ちゃんと竹仁が立ち直ったときに謝りたいし、待つよ」

 そう言って、少し暗い顔をしながら、竹仁の椀に煮下ろしの味噌汁をよそった。ごはんと今日のおかずである焼き魚を乗せた盆を持って去っていく。

 一人になった台所で、咲希は考える。

 何か、とても大事な夢を見た気がする。けれど、どんな夢だったか、全く思い出せない。

 ただ、梅衣のことが引っかかっていた。

 まさかとは思うが、梅衣の中の誰かが、竹仁を追い詰めるか、唆すかしたのではないだろうか。

 まさかとは思うが……その「まさか」があり得てしまうから、怖いのだ。

 梅衣の動向に気をつけよう、と決意し、咲希はいそいそと身支度に向かった。

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