竹仁の異常性
「おはよう、竹仁くん、まつちゃん!」
「おはよう」
「……」
同級生たちに挨拶をされて、まつはしん、と黙って瞬きもせずに同級生たちを眺める。こらこら、と竹仁は気軽にまつの背中を叩いた。
「まつも返事をしなきゃ駄目だろ」
「はい」
「そうじゃなくて、挨拶を返すの」
「おはようございます」
「僕じゃなくて、みんなにね」
「皆さん、おはようございます」
竹仁とまつのこのやりとりは朝の恒例になりつつある。竹仁もまつも美男美女であるため、ほとんどの児童が目の保養にしていた。
が、やはり「ほとんど」であるため、そこに含まれない少数派は陰で嘯くことがある。
「何あれ。兄妹同士でべたべたしちゃって、気持ち悪い」
「きんしんそーかんー」
そう言われても仕方ないくらい、竹仁とまつの距離感は近かった。けれど、距離感が狂っていることを本人たちは一切気にすることがない。
竹仁とまつには虚無の心があるからだ。彼らは何も思わない。人の陰口は虫の囁き程度にしか思わないのだ。
ただ、地獄耳とはあるもので、竹仁はそれが人一倍よく利いた。
まつはどうか知らないが、竹仁は人の心が全くわからないわけではなかった。彼には何かを思う心がないわけではなく、ただ何も感じないという虚無が彼の心のほとんどを占めているというだけなのである。
虚無の心がある。それは一種仏のようであり、廃人のようであった。だから竹仁は残る部分をある感情で埋めていた。
まつと別れて、別々の教室へ向かう。
「近親相姦、ね」
その言葉の意味を小学校に上がったばかりの竹仁は知っていた。何故って、辞書で調べたからだ。
あの百合音ですら気づかない、竹仁に残された感情の機微の正体を竹仁自身は知っておかなくてはならなかった。
全てはまつを守るために。
双子とは、時にドッペルゲンガーと呼ばれたりする不可思議の一つであり、奇跡の一つだ。性別が同じ一卵性双生児の場合は特に同一人物のように見えるらしいし、まじないごとなどでは同一人物とされる。
一つだったものが、二つに分かれ、また一つに戻ることに、何か不自然はあるだろうか、と竹仁は思う。おそらく、この感情は世間から見れば異常で、異端で、論外なのだろう、と思うから、口にしないでいる。何よりもまつが傷つかないように。
──つまり、竹仁は、まつと一つになりたかった。それは性的な意味を含んでいないが、もし、そういう知識が入ったなら、そういう意味に捉えられてしまうのだろう。
竹仁は自分が不完全だと頭のどこかでずっと思っていた。不完全なものは完全にならなければならない、という観念と共に、その思想はずっと竹仁の中に息づいていた。そのために片割れであるまつの存在が絶対的に必要だった。
一つだったはずのものが二つになってしまったから、分かれた二つに膨大な綻びが生じてしまった。竹仁はそういう理論をつけた。
「いつか僕らは一つに戻らなくちゃいけない」
そうしないと……そうしないと、何だ?
竹仁はくつくつと笑う。意味なんて、あってもなくても、別にどうでもいい。竹仁はまつになりたかったし、まつに竹仁になってほしかった。一つになりたい。それは望郷に近い思いだけれど、理解されないことを竹仁はわかっている。
竹仁の感情は望郷のようであり、届かない恋慕のようなものである。これは様々調べて、竹仁自身が判断した解答だ。
妹に恋をするなんて、近親相姦と言われても否定はできない。しかも、双子の妹に、だ。愛おしいというのとはまだ違うこの感情は家族という枠組みには当てはまらない。
もしかしたら、もっと別な表現があるのかもしれないけれど、その表現が見つかるまで、これを「恋」と名付けるしかない。
だから竹仁はまつのわからないうちに、わからないように、少数派の者たちに釘を刺しておく必要があった。
「まつを謗るならず者は君かな?」
「ふ、双子の……!」
「僕は乱暴をしたいわけじゃない。そう怯えなくていいよ。ただ、まつのことを悪く言うのをやめてほしいんだ」
「ぎ、偽善者!」
小学生にしては、なかなかの語彙だ。けれど、それしきで揺らぐほど、竹仁の虚無は小さくない。
「うんうん、僕はそう見えるかもしれないね。でも、僕は善でも悪でもないんだ。まつのためになら、善にも悪にもなれるけどね。そういう意味ではこれが偽善と呼ばれるのも、無理はないかな」
「な、何をべらべらと……」
「言うことを聞いてほしいんだ。まつの悪口は言わない。簡単だろう?」
その笑顔の無感情さに、その人物はさあっと顔を青ざめさせ、こくこくと壊れた人形のように頷いた。
「じゃあ、指切りしよう」
「え」
カッターをきちきちと取り出した竹仁にその子どもは顔色を失う。
指切りとは「ゆびきりげんまん」のことではないのだろうか? 小指を絡めて約束事をするという、児戯ではないのだろうか。
「怖がらないで。ちょっと指を切るだけだから。こんな風に」
ぴっと竹仁は指の付け根にカッターで切り傷をつける。そこに滲む赤い血に、相手の子どもはぞっとした。
「生憎、他人と指を絡める趣味はないんだ。だから、はい」
「じ、自分でやるの?」
「暴力振るわれたって騒がれても面倒だからね」
爽やかにとんでもないことを言ってのける。
竹仁の目は伽藍堂だった。
「まつのためなら、できるよね?」




