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沙羅双樹  作者: 九JACK
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水の鬼

「それはそうじゃろ。水樹は鬼と共生状態なのじゃから」

「そうなんだ……ってえ!? 梅衣!?」

 咲希と百合音の後ろからにゅっと出てきたのは椿の着物を着た梅衣だった。梅衣は不満そうに唇を尖らせて、咲希を見上げる。

「咲希坊、妾を舐めてもらっちゃ、困るね。妾は鬼について詳しいし、他の魂と違って表出も自在だ」

「ど、どちらさま……?」

 明らかに聞いたことのない口調、流暢な喋り方、実年齢に見合わぬ妖艶……見たことのない人格だ。

 百合音が目をぱちくりする。

「妾を知って、椿の着物を着せているのではないのか! こりゃたまげたな。では自己紹介といこうか。我が名は椿姫。鬼姫と呼ばれた鬼狩りの女よ」

「鬼狩り……?」

「そう、世の中には鬼という架空の存在が目に見えない状態で存在する。謂わば鬼とは概念じゃ。人間の畏怖や恐怖に基づき、力を得る。鬼の全部が全部、人間に害を成すわけではないが、時折、こうして人間に取り憑き、自らを形成する恐怖を集めるために行動する。それを狩るのが我ら鬼狩りじゃ」

 短い説明の中にわかりやすく、けれど一度に摂取するにはあまりにも多い情報が含まれていた。

 咲希は水樹までの直進路をそっと塞いだ。椿姫が鬼狩りで、水樹が鬼なのだとしたら、水樹を狩る、最悪の場合、命を奪うことが目的かもしれないからだ。

 そんな咲希の動きに目敏く反応し、椿姫はにこにこと笑った。

「そう身構えることはない、咲希坊。妾はまだ何もしていない鬼を狩ったりなぞせぬ」

「でも」

「妾にその気があれば、そこな娘の方が先に勘づくじゃろう」

 言われて、はっとした。百合音は驚いて動けないだけかと思ったが、咲希と目が合うとこくりと頷く。

 百合音の能力で、椿姫の言葉に嘘や敵意が含まれていないということが確実になった。

「そもそも鬼狩りとは人を守るためにやることじゃ。それで人を殺めては意味がなかろう。まあ、まさか妾が肉体を得た先で鬼も出るとは思わなんだ。因果じゃのう」

「鬼狩りも特殊な能力を持っているんですか?」

「うむ。まあ、その辺、鬼のこともまとめ、説明してやろうぞ。おっかさんや、その子どもに寄っても良いか?」

 椿姫の言葉に、早苗が微笑む。

「いいも悪いも、あなたの弟よ」

 その言葉に椿姫はきょとんとし、それからくすぐったそうに首をすぼめた。

「はは、不思議な感覚じゃ。妾には家族がおらんかったゆえ」

 椿姫はてくてくと水樹の側に行き、優しくその頭を撫でる。それは昼間に懐いている梅衣とは全く異なる仕草で、咲希たちは別人なのだ、としみじみ実感した。

「さて、この子に宿るのは水の鬼じゃ。水は色がない、純粋なものじゃからの。純粋なものに憑く。色は黒の鬼じゃ。黒は人が漠然と恐怖する色であるゆえ、それなりに強い」

「水樹が人に噛みついたりするのは……」

「鬼の影響じゃろうな。じゃが、水の鬼は染まりやすい。人の常識を正しく指導してやれば、普通の人間と同様に育つ。噛みつくのは駄目、と叱ってやるのがよかろう」

「水樹に?」

「そうじゃ」

 椿姫によれば、水樹に憑いている水の鬼は水樹と同様、まだ赤子らしい。人としての倫理観に適応できないわけではないので、しっかりと善悪を教えてやれば、人に害を成さないのだという。

 鬼というのは概念であり、通常は実体を持たない、例えば心霊スポットなどに漂う「不気味さ」として存在するらしい。

 人間に取り憑くのは人間から恐怖を得て、概念としての存在を保つため。そのため、人間に憑いて鬼がすることは鬼の種類によって様々である。

 水の鬼も無害なように見えて厄介らしい。

「水の鬼は人との共生を望む。じゃが、他の鬼たちのように、人の体で暴れることも可能だ。それゆえ、水の鬼は『いつか勝手に人を傷つける可能性のある存在が自分の中にある』という恐怖を糧とする」

「そんな……!」

 百合音が口元に手を当てる。咲希はいまいち想像ができないようで、首を傾げた。

 椿姫が言葉を連ねる。

「つまり、自我を持ち、道徳を心得、生きている限り、自分という存在の恐怖と戦い続けねばならん。水の鬼に憑かれるということは、そういうことじゃ。自分のことが怖くて、誰にも相談できなくて、自死を選ぶ者すらいる」

 椿姫が金色の目をすっと細めた。

「我々鬼狩りは人に害成す鬼を人に害を成してから狩る。水の鬼のように、穏やかな気性の鬼もいるからだ。だが、ゆえに、水の鬼を狩ることはできない。水の鬼は何も害を成していない。自死も言ってしまえば、取り憑いた人間が勝手にすることじゃ」

「そんな……!」

「じゃから、しっかり育てろと言うておる。この子を肯定してやれ」

 椿姫の声には梅衣の声にはない重みと深さがあった。咲希は息を飲む。

 これを語れる、ということは、椿姫は水の鬼に取り憑かれて、自死した人間も見てきたということだろう。害を成さない鬼を放置した結果訪れる人間の死。鬼狩りとして、不甲斐なさを感じたことだろう。

 それでも、椿姫は優しい顔をしていた。

「鬼は人間の恐怖という概念だ。どれだけ鬼狩りが狩ろうとその存在が消えることはない。人間が生きる限りな。じゃから、妾がこの子の側に生まれられたのは僥倖じゃ。少しでも、悲劇にならぬよう、導ける」

 ふふ、と椿姫は笑った。

「逸夜、相変わらず、諦めの悪いお前のおかげで、人が救われる」

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