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沙羅双樹  作者: 九JACK
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怖くないよ

「梅の花の枝、足を刺す」


 絶対予知。

 どれだけ逆らおうとも抗おうとも、嘲笑うかのようにその予言は避けられない。絶対だから。

 良いことも悪いことも、絶対に降りかかる。

 ソカナの能力は、そういうものだ。

「幻路さん!」

「待て、咲希坊」

 足を刺された幻路が水樹を抱き抱えながら、寄ってこようとする咲希を止める。

「すぐ抜く方が出血がひどくなる。俺はいいから梅衣ちゃんをなんとかしてやれ」

「オニダ、オニダ」

「はい。まつ、救急箱を。竹仁は電話を用意して。母さん、大丈夫?」

「ええ、私は大丈夫。それより、幻路さんが……」

 足といっても太腿やふくらはぎではなく、足の甲に簪が突き立っている。水樹は簪を握りしめていた。

 松子に勇貴の手当てを任せ、咲希は幻路の方へ行く。梅衣のことは携帯電話を持った竹仁が押さえていた。

「水樹」

「……」

 透けるような水色の髪がゆらりと揺れて、咲希に振り向く。その目を見て、咲希ははっと息を飲んだ。

 水樹の目が金色ではなく紅蓮になっていたからだ。血のようなおぞましい赤。まるで鬼のよう。

 それでも咲希は水樹の目を真っ直ぐ見て、簪を持つ手にそっと手を添える。

「水樹、駄目だよ」

「……」

「人を傷つけるようなことを、しちゃ駄目だ」

「ムダダ」

 梅衣の冷たい声が割って入る。

「ソヤツハオニダ。オニトハヒトヲキズツケルコトガホンノウ。ソヤツガオニデアルカギリ、ヒトヲキズツケツヅケル」

「梅衣、水樹は人だよ」

 咲希は梅衣の強気な言葉に屈することなく宣言する。

 安心させるように、水樹の頭を撫でながら、繰り返す。

「水樹は人だ。普通の人とは違うかもしれないけど、鬼じゃないよ。人で、俺たちの弟だ」

 言葉に安心しているのか、撫でられるのが気持ちいいのか、水樹の体から徐々に力が抜けてくる。咲希はそれを抱きしめて、緩んだ手から簪を放させる。

 簪を手放したのを見計らって、咲希は水樹を抱え、幻路から離れる。それと入れ違いに、松子が救急箱を持って、幻路の足を見る。

 水樹は咲希の腕の中ですやすや眠っていた。それにほっと胸を撫で下ろしながら、咲希はそのまま梅衣の方へ向かう。竹仁の腕の中に収められた梅衣は暴れることなく、金色の目を鋭く咲希に向けていた。

 不思議だな、と思う。幻路の背からは蹴って飛び降りたのに、竹仁の腕の中には黙って収まっている。竹仁はにこにこしているだけだ。

「お兄様、応急手当はいたしました」

「ありがとう、まつ。勇貴、大丈夫?」

「うん。でも痛い……」

 頭に包帯を巻かれた勇貴が苦笑する。なんでもないように、梅衣の方へ行き、ぶつかったのであろう額を撫でた。梅衣がぎろ、と勇貴を睨む。

「いや、でも梅衣の顔に傷ができるようなことにならなくてよかったよ。なんだかんだ言って、梅衣も女の子だからな」

「ワレハオンナナゾトイウイキモノデハナイ」

「はいはい」

 勇貴は軽く流してしまう。そんな勇貴の態度が気に食わないようで、梅衣の表情が険しくなるが、ふっと白目を剥いたと思うと、きょとんとした表情になる。

「むにゃ? たけじの臭い!」

「当たり」

「ぎゃーーーー!! あっち行け! たけじは臭いから嫌いじゃ!!」

「ひっどいなあ」

 竹仁をたけじと呼び、嫌う人格に切り替わったようだ。竹仁はからからと笑う。随分とひどい言われようだが、これについても竹仁は何も思っていないのだろうか。

 咲希だったらかなり傷つく。妹に嫌いと言われるなんて。妹に限らず、兄弟や家族に嫌われるのは他者に嫌われるより傷つく。

 それにしても、梅衣の人格交替はいつも唐突だし、人格による性格の違いもあからさまだ。先程の威圧感と貫禄のある人格と違い、今の梅衣は勇貴のたんこぶを見てけたけたと笑うような朗らかさがある。

 咲希は少し複雑な気持ちになった。ここに百合音がいなくてよかった、という思いと、百合音に梅衣の人格のことを分析してほしかった、という気持ち。

 百合音は基本的に人というものが苦手だけれど、兄弟たちにはちゃんと向き合うようにしている。その結果竹仁のことが滅茶苦茶苦手になってしまってはいるが、梅衣のことはたびたび分析してくれるのだ。心が読めるその能力を生かして。

 百合音曰く、梅衣の中にはたくさんの人がいて、それぞれが心を持っている。寝ているときなどはそれらの人々が梅衣が次に目覚めたとき、誰が主導権を握るか争っているようだが、人格交替が起きたときは、主導権を握る人格の声しか聞こえないらしい。

 能力を使うのは百合音にとってつらいことだから、あまり進んで使わせようとは思わないけれど、梅衣に関わることになると、百合音がいてくれたらなあ、とつい、思ってしまう。

「不審者、血が出てる」

「不審者じゃなくて叔父さんな」

「あにい」

 無垢な瞳で、梅衣は咲希を見上げる。

「鬼、いなくなった?」

 先程と記憶が繋がっているのだろうか、と咲希は奇妙に思ったが、それよりも梅衣を安心させるべく、微笑んだ。

「ああ。もう怖くないよ」

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