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沙羅双樹  作者: 九JACK
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梅の花の枝

 手鞠家に戻ると、出迎えてくれたのはソカナではなく、世話係をしている染井(そめい)由乃(よしの)だった。

「咲希さま、幻路さま。おかえりなさいませ」

「由乃さん、お久しぶりです」

 由乃はあまり表に顔を出すことはない。手鞠家の中では存在を消し、徹底的に家事を担う。由乃も何らかの事情を抱えているのだろうが、由乃がそれを話すことはない。由乃の事情を知っているとすれば、ソカナくらいだろう。

 それくらい謎が多く、裏方に徹する人物が出迎えなんて、珍しいな、と咲希は思った。

「由乃さん、こちら、お土産の大福です」

「ありがとうございます。お茶の時にお出ししましょう。お昼の支度ができていますが、お二方はお食べになられますか?」

「はい。あ、梅衣はどうしていますか?」

「梅衣さまは居間におられますよ。ごはんは既にソカナさまとアカネさまと共に」

「お気遣い、ありがとうございます」

 朗らかに会話を進めていく咲希と由乃。だが、これは明らかに異常事態だった。

 幻路が口を挟む。

「ソカナくんはどうしたんだ。由乃さんは滅多なことじゃ出てこないだろう?」

 そう、由乃は家事をこなすが、絶対に姿を現さない。由乃がどこで何をしているのかは家人にすらわからないことがあるほどだ。特に客人が来ているときは気配がどこにもない。

 以前、咲希が勇貴と来たとき、勇貴がどこからともなく現れた由乃に驚いて、「幽霊!!」と泣き叫んだことがあるほど、由乃には気配がない。戸を開け閉めする音も、廊下を歩く足音も、家事を行っている物音すらしない。それなのに洗濯ものはぱりっと綺麗に乾いて畳まれているし、食事は一日三食出てくるし、夜にはお風呂が焚かれていて、布団もいつの間にか部屋に敷かれている。

 それに由乃はずっと容姿が変わらない。白髪のおばあさんの姿で手鞠家にいる。咲希たちの父、初芽が幼少の頃からずっとそうだと聞いた。けれど、由乃のことを知る者は少ないので、初対面のほとんどが幽霊だと驚くことが多い。

 そんな由乃が出てくるのはよほどの非常時だ、と咲希ははっとする。

「ソカナさんに何かあったんですか?」

「ソカナさまはお昼寝をされております」

 にこりとかわされてしまった。

 午後三時に向かう頃だ。昼寝をするのにおかしな時間ではない。

 なんだかもやもやとしたが、ソカナの眠りを妨げたいわけではないため、それ以上聞くのはよした。

 居間まで案内されると、由乃はふっと消えた。目の前で消えたのではなく、居間の中に入って意識がほんの少し逸れたら、姿が見えなくなっていたのだ。

「本当に不思議な人ですね、由乃さん」

「由乃とは誰じゃ?」

 咲希の独り言に反応したのは、アカネとあやとりをして遊んでいた梅衣だった。アカネが咲希と幻路に軽く頭を下げる。

「梅衣は由乃さんに会ったことなかったか。ソカナさんやアカネちゃんの身の回りのお世話をしている人だよ。お昼ごはん食べたろ?」

「うゆ。おにいの分そこにある」

「うん。そのお昼ごはんを用意してくれたのが由乃さんだ」

「!! そういえばいつの間にかごはんあった」

 かなりの抜き足なのか、梅衣にも気取られていなかったらしい。由乃さん、一体何者なのだろうか。

 それはさておき、ふわ、といい匂いがする。煮干しと鰹節の匂いだ。用意された昼ごはんを覗くと、青菜の味噌汁に白米、焼き鮭と豆腐の小鉢がついていた。素朴ながらに美味しそうな食事だ。

「まあ、由乃さんにはよほど運が良くないと会えないからなあ……」

「冷めねえうちに食うべ」

 幻路もちゃきちゃきと座り、いただきます、と手を合わせた。味噌汁のお椀は温かい。咲希と幻路が帰ってくるタイミングで盛り付けたのだろう。それで置いたのが梅衣に気取られていないのだから、由乃の謎は深まるばかりである。

「そういえばソカナさんはお昼寝って聞いたけど」

 アカネがはっとする。何故か怯えている様子だったので、咲希が不審に思うのだが、梅衣がよしよしとアカネの背中をさすったので、なんだかそれ以上聞けなくなってしまった。そもそもアカネは声が出なくて喋れないのだ。人格がころころと変わる梅衣がソカナに何があったか覚えているとも限らない。

 まあ、ソカナだって昼寝をするときくらいあるだろう、とは思うが、絶対予知のことがあるので心配だ。絶対予知の能力が発動すると、体調を崩しやすいから。

「なあ、咲希くん」

 様々思考を巡らせていた咲希に幻路が話しかけてくる。咲希がなんでしょう、と振り向くと、味噌汁をずっと一口啜ってから申し出た。

「咲希くんさえよけりゃ、雨野の家にこの後行ってもいいかい? 自分から捨てた家だが、せめて兄貴の仏壇に手を合わせたくてよ」

「そういうことなら、もちろん」

 雨野家を捨てたというと聞こえは悪いけれど、幻路は兄弟思いないい人だ、と咲希は微笑んだ。

 幻路を連れて行ったら、母たちは驚くだろうが、仏壇に手を合わせるだけだ。悪いようにはしないだろう、と咲希は梅衣を連れて早めに手鞠家を発つことにした。

 ソカナが起きてこなくてアカネが申し訳なさそうにしていたが、無理に起こすのも良くない、と咲希は梅衣と幻路を連れてそっと家を出た。

 帰る道中、幻路から様々なことを聞いた。初芽はあれで子どもの頃はかなりの泣き虫だったとか、くすりとも笑わない瞳が母の引き出しから口紅を盗んで、寝ている兄弟たちの顔に落書きしたとか、微笑ましい話だ。

 途中から、梅衣がうつらうつらと舟を漕ぎ始めたので、幻路がおんぶしてくれた。

「幻路さん、ソカナさんの予知の話は聞きましたか?」

「ああ、梅の花の枝、足を刺すだったか。あんまり気にすんな」

 わしわし、と幻路は咲希の頭を撫でる。

「別に死ぬってわけでねえからな。死ぬことに比べたら、どんな災難も掠り傷みてえなもんだ。笑い飛ばしちまえ」

「はは、ありがとうございます」

 そろそろ家に着く、と思って、見ると、買い物袋を持った百合音が出てきたところだった。

「あ、お兄ちゃん、おかえりなさい、早かったね。……そちらの方は?」

「雨月幻路さん。父さんの弟さんだよ。今日は墓参りに行ったんだ」

「そうですか。どうぞゆっくりしてらしてください」

 百合音は緊張した声で言うと、そそくさと去っていく。人見知りのある百合音には少し強面の幻路は怖かったかもしれない。

「ただいま。お客さん来たよ」

 声をかけると、一番に出てきたのは、赤ん坊の水樹を抱えた早苗だった。幻路が名乗り、頭を下げる。早苗は恐縮していた。

 そのとき、梅衣が幻路の背中で目を覚ます。咲希はぞくりとして、目を見開いた。

「幻路さん、梅衣を見てくれてありがとうござ」

 げし。

 梅衣が幻路の背を蹴り、飛び降りる。早苗が悲鳴を上げ、奥から松子と竹仁が出てきた。咲希は梅衣を取り押さえる。

「ドケ」

 低く、獣のように唸るような声。とても手鞠歌を歌って遊んでいた女の子とは思えない。

 力も年端もいかない子どものものではなくなっており、咲希の襟首を掴み、捻り上げる。服の襟が絞まって、咲希は呼吸がままならなくなった。

 それで梅衣を押さえていた腕の力が緩まってしまう。梅衣はそこからひょい、と飛び出て、今度は早苗に飛びかかる。早苗との間にぎりぎりで勇貴が入ったが、ごつん、と頭同士がぶつかる。

 梅衣は石頭のようで、勇貴の頭から血が垂れる。

「梅衣、梅衣、落ち着いて」

 早苗が梅衣を抱きしめて止める。だが、その隙に。

「ホレ、オニガデタ」

 早苗の腕の中から出た水樹が、早苗の簪を手に、幻路の前に出て、ざしゅ、と簪でその足を刺した。

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