墓参り
頭にたんこぶを作った男性は仏頂面をしていた。
咲希は梅衣に説明する。
「梅衣、この人は雨月幻路さん。俺たちのお父さんの兄弟、つまり俺たちの叔父さんだ。不審者じゃないよ」
「おじさん? 全然おっとうと似てない」
「そりゃお前さんも全然兄貴にゃ似とらんがな」
幻路の反論に梅衣が目の敵のようにふしゃーと威嚇する。猫みたいだ。
そんな梅衣を宥めながら、咲希は幻路に挨拶した。
「幻路さん、初芽の息子の咲希です。こちらは俺の妹の梅衣です」
「……その羽織……」
「はい、父から継ぎました」
はあ、と幻路が溜め息を吐く。
咲希は父から聞いていた幻路という人物のことを思い出す。何かに縛られるのが嫌いな自由人。社会的なルールは守るが、家のしきたりが嫌いで、名前を捨てて出ていってしまったとのこと。
おそらく、雨野家の異常者や能力者を守るしきたりが気に入らないのだろう。父が羽織を継いだとき、兄弟でただ一人猛反対したのが幻路だった、と苦笑いしていた父のことを思い出す。
出ていってから、息災であることはわかるものの、顔を見せに来ることはほとんどなかったという幻路。そんな幻路が、何故今、雨野家を気にするのか、咲希は疑問に思っていた。
まあ、初芽を連れ出そうとしていたらしいが、それにしても、何故今?
「こっちは兄貴に似てら」
「当たり前だー! おにいはおっとうの息子らおん!」
「梅衣、その前に叔父さんに謝ろう。怪我をさせてしまったんだから」
梅衣はぷいっとよそを向くが、咲希の視線の強さには敵わなかったようで、小さく小さく「ごめんさい」と謝った。
それに対して、幻路はかっかっと大口を開けて笑う。
「子どもはそんくらい溌剌としとった方がいい。ただし、手鞠は人に向かって投げるもんじゃないからそれだけ覚えとけ」
「……おじさんいい人?」
梅衣の問いに幻路は悪戯っぽい笑みで答える。
「いいか悪いかで言ったら、悪い人だ」
「悪人せいばーい!!」
「いてっ、いてっ、手鞠で殴るな!」
「おにい、こいつめいのこと騙そうとした! 悪者だ!」
「冗談の通じねえ女童だな!」
梅衣が手鞠をぶつけるために手を上げた一瞬を狙い、幻路は梅衣の脇をわしっと捕まえる。
それから、「お仕置きだべ」と思い切りくすぐり攻撃をした。梅衣がきゃははと甲高く笑う。初対面が険悪なことになっていたのでどうなることかと思ったが、これは仲良くできそうだ。咲希はそっと胸を撫で下ろす。
そこでソカナが幻路に問いかけた。
「幻路さん、今日はどうしてこちらに?」
「雨野の当主に会いに来たんだよ。日曜に会いに行こうと思うって歩弥に話したら、その日は手鞠家に行ってるよ、とさ」
「あゆみ? 叔父の女か?」
「こら、梅衣、言い方」
梅衣の明け透けな言葉遣いに、咲希、ソカナ、アカネが顔を真っ赤にする。幻路はそれをかっかっと笑っていた。
「おじさんは独身だよ、嬢ちゃん。それに歩弥は女みてえな名前だが男で、俺の弟だ。婿入りしたから今は栗原ってんだけど」
栗原歩弥。旧姓は雨野で、彼もまた咲希たちの叔父である。が、栗原家は近所というわけでもない。どうして咲希の予定を知り得たのだろうか。
「歩弥は瞳と連絡を取り合ってる。夢屋は雨野のご近所だろう」
瞳は着物屋細石に嫁に行った雨野家の者である。細石と白雀も近いから、咲希の予定が耳に入ったのかもしれない。
「おれぁ、歩弥としか連絡取ってねえから知らんが、瞳は元気してるか?」
「はい」
疑心暗鬼は相変わらずのようだが、瞳は咲希に少しずつ心を開いてくれている……はずだ。
「ったく、歩弥はなんで兄さんが死んだの教えてくれなかったんだ……」
「歩弥さん、幻路さんに何度か連絡したらしいですよ。でも繋がらなかったって」
というか、と咲希が告げる。
「父さんが死んだのはもう一年以上前の話ですよ」
すると、幻路が気まずそうな顔をする。
「そんなに経ってんのか……」
「末の子が生まれてすぐだったので」
幻路は消息が掴めない、と父が言っていた。それはこの家が嫌いだからだ、と。けれど、兄である初芽のことを幻路は慕っていたのではないだろうか。
初芽を連れ出そうとしたのは、初芽を雨野家の役目から解放するためで、初芽が当主になることに猛反対したのも、初芽が不自由をしないようにという幻路の思いやりだったはずだ。
きっと、初芽が生きていたとして、雨野家を捨てることはしなかっただろうとは思うが、せめて死ぬ前に一目会いたかっただろう、と咲希は悲しく思った。
「ソカナさんからお話は伺っています。父の墓参りに行きましょう」
「いいのかい?」
咲希はからりと晴れ空のように笑む。
「もちろん。父もきっと、幻路さんの顔が見られたら、喜びますよ」
それから、咲希は幻路と二人で、父の墓へと向かった。
梅衣は「お墓やだ」と言ったので、無理に連れていくこともないか、とソカナたちに預かってもらった。お転婆なので、怪我をしたら事だ。墓地や神前での怪我は治りにくいという言い伝えもある。
幻路は途中のコンビニで、大福を買った。和装の咲希は浮きに浮いたが、一ミリも気にしていない本人に対し、幻路は苦笑いを浮かべていた。
「しかし、でかくなったな。何歳だ?」
「秋で十四です」
「はあ」
幻路は感心した様子だった。
道中で白雀で働いていることを話したら、目を剥いていたので、驚いてはいるのだろうが、咲希を見ていると、あまり不思議じゃなく思えてきたのかもしれない。
「兄貴が当主になるって話が出たとき、俺が十四、五だったなあ……咲希くんは何歳から当主なんだ?」
「十からです」
「もう四年にもなんのか」
「ええ。……父は、死期を知っていたらしいです。でも、そのことは明かさずに、死にました」
咲希がそう説明すると、幻路はひときわ大きな溜め息を吐いた。
「兄貴はいつもそうだ。一人でなんだりかんだり背負って、押し潰されてんのに、助けを求めねえ……だから、助け出したかったのにな」
墓前に、線香と大福を供え、拝むと、よし、と幻路はしんみりとした調子を振り払った。
「ほれ、咲希くん、大福食え。頭病みしねえように」
「ありがとうございます」
それから幻路はかっかっと笑った。
「はーあ。兄貴もいなくなったから、これからどうすっかねえ……」
幻路は呟いて、豪快に大福にかぶりついた。




