赤い花咲いた
ぽん、ぽん、ぽん、ぽん……
手鞠歌に合わせて、リズミカルに手鞠が地面を打つ音が聞こえる。簡単な歌なので、梅衣はすぐに覚えたようだ。楽しそうに手鞠を弾ませている。動くたびにゆらゆらと揺れる菖蒲色の羽織も楽しそうだ。
歌を教えたソカナも楽しそうに見ている。ソカナは梅衣のことを雨野兄弟の中でも気にいっているようで、梅衣がどんな人格で来ようと、穏やかに接してくれる。そんなソカナの姿が梅衣の人格を穏やかにしているのだと咲希は思う。そういう意味でもソカナには助けられている。
歌を四周ほどした頃だろうか。梅衣が不意に手鞠を遊ぶ手を止めた。飽きたのだろうか、と思って見ていると、梅衣は抱えた手鞠をとたた、とソカナの隣のアカネに持っていく。
手鞠をアカネに差し出して、梅衣は首を傾げた。
「アカネも手鞠しよ。お歌は歌うから、ぽんぽんって」
アカネは驚いた顔をしている。
それもそうだろう。アカネは梅衣のことが苦手で、極力関わらないようにしていたのだ。これまで、梅衣の方から関わってくることもなかった。梅衣はソカナ、ソカナ、とソカナにべったりだったのだ。
アカネはぶんぶん、と首を横に振る。梅衣は不思議そうにした。
「アカネ、手鞠、好きくない?」
アカネはその菫色の瞳を戸惑いに満ちさせていた。咲希はその目を見て、ああ、と察する。
アカネは梅衣が急に距離を詰めてきて、怖いのだ。筆談は流暢だが、人見知りなきらいがある、とソカナも話していた。今まで距離を置いていた相手が、急にゼロ距離になるのは、戸惑うし、怖いのだ。
梅衣が悪いわけじゃない。梅衣はまだ生まれてから四年くらいしか生きていないのだ。それに、人格もころころ変わるから、この子どものような子の成長速度も非常にゆっくりである。それでも、年の近い子と友達になろうと懸命に歩み寄るのは、決して悪いことではない。
「アカネちゃん。俺も混ざっていいかな?」
アカネは驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
それを見て、咲希はアカネの隣に掛ける。
「アカネちゃんは、手鞠遊び好き?」
こくり。
「梅衣も手鞠遊びが好きなんだ。今日も楽しみにして、とっときの手鞠を持ってきたんだ」
こくり。
「梅衣、アカネちゃんに手鞠を見せてあげて」
「あい!」
梅衣が差し出した手鞠を咲希が受け取り、アカネに見せる。
そこで咲希がうーん、と唸った。
「こういうの何模様っていうんだろう? 花みたいな模様と菱形模様がばーって並んでる、手鞠によくある柄だよね」
「菊の柄はよくあるって聞きますね」
ソカナが合いの手を入れる。そこからしばらく、手鞠を観賞しながら、何気ない話をした。
手鞠でも、縁起のいいとされる麻の葉柄は作りやすくもあって好まれるとか、菱形が連なっている柄は菱つなぎというらしいとか。アカネも梅衣も興味があるらしく、兄二人の雑談を聞いていた。
「手鞠は色々な素材で作られるみたいですよ。柄が綺麗だから、観賞用にって買う人が多いみたいです」
「見るだけは嫌なのら!」
そこで梅衣が刺さってきた。
「手鞠はぽんぽんするから楽しいのら。手鞠ぽんぽんすれば、手鞠も歌も楽しめるのら。アカネは歌えないけど聴こえるから、あたしが歌って、アカネがぽんぽんする。二人で楽しい!」
梅衣の言葉にアカネはきょとんとしたが、今度はそこに恐怖の色はなかった。アカネの方から手を差し出す。
赤と紫と黄色で作られた梅衣の手鞠は鮮やかで美しい。アカネはその表面をそっと撫で、立ち上がると、梅衣の傍らでぽんぽん、と手鞠をつき始めた。
梅衣はその金の瞳をきらきらとさせ、アカネの手鞠に合わせて歌う。
「ひとつ、ふたつ、みつ、よつ、数えて歌や。
いつつ、むっつ、なの、やあ、数えて歌や。
数えて歌や、楽しく跳ねよ。
数えて歌や、楽しく跳ねよ」
最後のよ、のところで、アカネは強く打ち付け、跳ね上がった手鞠をくるりと一回転してからキャッチして見せる。梅衣を見れば「わくわく」という文字が見えるのではないか、というほどに目を輝かせていて、アカネにぐいっと迫る。
「今のかっこよい! あたしにも教えて!」
アカネは躊躇わずに頷いた。
女の子二人、仲良く手鞠遊びを始めたのを眺めながら、ソカナと咲希は縁側でお茶を飲み始める。
「咲希さん、ありがとうございます」
「礼なら梅衣に。今日の梅衣は特にいい子なので」
「いえ……一度、アカネの心を汲んで、間に入ってくれたでしょう?」
ソカナは咲希がアカネの様子を見て、上手く繋いでくれたことを言っていた。
アカネは喋れないという障害があり、「人と違う」ということを怖がって、あまり外に出たがらない。そのことをソカナは気にしていた。
声が出ないことを馬鹿にされたり、障害を持つことで差別されたりして、怒ったり、悲しんだりして、人との交流を遠ざけるのは仕方ないことだとソカナは思っている。だが、アカネはそうじゃない。馬鹿にされる前から「きっと馬鹿にされる」とか、差別される前から「きっと差別される」と怖がって、外に出ようとしないのだ。誰も何も、アカネに危害を加えていないのに。
そういう怖さがあることはわかるけれど、実際に外で人と触れ合ってみないとわからないこともあるんだよ、とソカナはアカネに何度か話した。それでも、ソカナは自分の妹を怖がらせるのが嫌だから、甘やかして、家にいさせてしまうのだが。
だからこそ、咲希の「関わりを恐れない」という姿勢を立派だと思うのだ。今の雨野兄弟は梅衣のみならず、異常性を抱えた子らばかりだという。その手を引いて、あるいは背を押して、外へ向かわせる姿は、きっと兄として本来あるべき姿だ。年下が可愛くても、甘やかしてばかりではいけない。
そんな自戒も込めた考えを話すと、咲希は朗らかに笑った。
「俺だって、まだまだですよ。みんなのことをちゃんと理解できてないし、自分自身のことだって、ちゃんとわかってないんです。俺の足りないところを、妹や弟たちが助けてくれて、なんとかやってます。いい兄弟を持ちました。でもきっと、それはソカナさんだって、同じだと思います」
異常性を抱えて、周りから後ろ指を指されたとき、側に誰もいなかったら、きっと寂しい。だから、側にいてくれる兄弟のことを大切にして、ずっと側にいてくれるように甘やかしてしまうのだ、と咲希は語った。
「羽織が破かれたことがあったんですが、そのときも、勇貴が『一人で抱えるな』って叱咤してくれたんです」
それが咲希は嬉しかった。
こんな兄弟が側にいてくれるなら、きっとどんな困難も乗り越えていけるだろう。
「俺の家は兄弟が多いから、家の中で収まりますが、もし、ソカナさんとアカネちゃんだけではどうしようもなくなったときには、俺たちを頼ってください」
ソカナはそっと微笑んだ。
羽織が破かれた、という話、咲希は詳しくは言わなかったが、おそらくソカナが以前予知したもののはずだ。けれど、それを兄弟と共にこの人は乗り越えてみせた。
信じよう、とソカナは咲希の手を握った。
「ありがとうございます。そのときはまたお手紙を差し上げます」
「何もなくても、手紙をください。文通しましょう! アカネちゃんも、文字で交流をしたら、気分が変わるかもしれませんし」
「名案ですね。では」
「あーっ!!」
二人の会話を遮るように、梅衣が大きな声を出す。
「ふほーしんにゅー発見なのら! めいがせーばいしたのじゃ!」
「えっ」
梅衣の指差した先には、がたいのいい男と手鞠が転がっていた。
ソカナが声を上げる。
「雨月さん!?」




