サミレア③
「起きて、××!」
「お兄ちゃん!今日は誕生日でしょ!」
聞き慣れた声がして、目を開ける。
徐々に覚醒していくと、サチとレイラが俺を覗き込んでいるのが分かった。
「十六歳だね、お兄ちゃん。ひゃあ!旅立ちの日じゃん!」
…あれ?
「良かったね、××」
…デジャビュだ。
こんなこと、前にもなかったか?
……そうだ、昨日のことだ。
ん?
俺、昨日寝たっけ。
なら、さっきのは、正夢か?
俺が怪訝な顔をしていても、二人はお構いなしに笑顔を向けてくる。
…もし、正夢だったとして。
俺はリルがちょっとした用事で今ここにいないことを知っている。
確か、夢ではレイラに聞いたんだっけ。
「リルがどうしていないかって言うと用事があるからよ」
しばらく黙っていると、レイラは自分から言い出した。
展開だけは今のところ、夢と全く一緒である。
「いたっ…」
上体を起こそうと手を布団に突いたとき、ピリッとした衝撃が上ってきた。
手のひらを覗き込む。
最初は寝ている間に壁に当たったり、体の下敷きにしたりして、それが痛むのかと思った。
でも、違った。
俺の手のひらは、全体が赤らんでいた。
…本当に、夢だったのか?
「それより××。青い男って知ってる?」
ベッドから降りた俺の様子に気付いているのかいないのか、レイラ達は談笑しながら話を振ってきた。
自分の名前が聞こえないことには、なんだか慣れっこになってしまっていた。
青い男。
夢の中で教わったことが正しいなら、すごく特殊な泥棒で…。
「あぁー…、今話題になってる、魂を盗む泥棒?」
「そうそう」
「その泥棒が隣町に出現したの!」
…隣町…!!
違う!!
夢では、このサミレアの町で青い男に会ったんだ!!
急にあいつが襲ってきて、剣が手に現れて、それで訳の分からない言葉を残して消えて…っ!
この手の赤みは、その時のものだ…!
あいつの容姿、夢とは思えないほど、綺麗に覚えてる。
沈んだ色の瞳が、俺を、見てた。
「サチちゃん、行ってみたいんだよね」
俺の狼狽は伝わりづらかったのか、レイラは会話を続けた。
あの一日を振り返る。
俺は何故だか魂を盗まれることはなかった。
けどいつ盗られるか、考え始めたら胸が苦しくなる。
だからできれば、二度とあんな奴と対面するのはごめんだ。
「俺は行かない…からな」
でも、避けられずに行ってしまう気がして、声が詰まった。
「どうしても行きたいの!
どうせ今日旅立ちの日なんだし行かなくちゃいけないよ。お兄ちゃん」
こうなると思った………。
夢でのこともあるし、青い男とは縁でもあるんだろうか。
こんなにねじ曲げられない運命なら、諦めるしかないかも、と不思議なほど冷静になる。
これまでを思い返してみても、俺は成り行き任せに過ごしてきた事が多いはずだった。
そう考えると、意外とすんなり受け入れられた。
そして伏せた目を戻すと、サチがレイラを見上げてニコニコとしていた。
「そうよ、××。
きっとあなたの剣も冒険したがってるわ」
あら、ここも展開が違うぞ。
剣って何のことだ。
この時点ではまだ、持ってないはずだ。
あれは青い男と戦ったときに_
「あっ」
思わず声を上げた。
俺の後ろ、ベッドの柵に立て掛けられてる鞘がある。
随分大きいけど、夢の剣と同じくらいのサイズかな。
持ち上げると初めこそずしっときたが、案外運べそうな重さだった。
「さっさと準備して、隣町に行くよ!」
「遅いっ!!」
家を出ると、やっぱりレイラとサチとリルが待ち構えていた。
レイラなんかは変わらず腰に手を当てて、頬を膨らませて怒りを体現している。
「よォ、××。誕生日オメデトな」
「ありがと」
リルも一度見たように手を上げて挨拶してきたので、俺も呟くように礼を言った。
ぶっきらぼうさはリルに近付けただろうか。
じゃあ行こう!とサチが景気よく歩き出す。
そこをレイラがあっ待って、と制止した。
俺も前とは異なる事態にびっくりして、レイラの方をじっと見てしまう。
「どしたのレイラさん?」
「ほら、××の誕生日だから、お祝いしたくて」
「例のあそこに向かいたい。どうかなサチちゃん」
レイラとリルが、サチを囲い込むように説明を始める。
おいおい、俺にも聞かせてくれ。
「…あ!いいね!!」
「でしょう!」
「良かった。決まりだな」
俺が近付いたとき、サチが目を輝かせて幼馴染み二人の間から出てきた。
「ってことでお兄ちゃん!
うちについてきて!」
「えっ。う、うん…」
そのテンションに気圧されながら頷くと、三人は心から嬉しさが滲み出るように踏み出した。
隊列は、前方にはレイラとサチ、その後ろに俺とリルが並ぶ形だ。
女子二人はいつものように仲良く話している。
時おり俺を見てニヤリと笑うけど、顔に海苔でも付いていたのかな。
「大丈夫だ。何も付いてない」
俺が口回りを手で拭いていると、ぷっと噴き出してからリルが教えてくれた。
物言わずとも様子でその思考を推察するのは、この中じゃリルが一番上手だ。
医者を目指してる人は、俺らよりも頭の出来が何枚も上だなあ。
まあ、一人暮らしもしてるし、家族と住んでる俺はまだまだ追い付けそうにない。
こうして夢でも通った住宅街の広い中通りを進んでいるとサチが、そういえば、と振り返った。
「お兄ちゃんの剣の属性って何だろうね」
属性?
武器に属性があるなんて、憧れるほど格好良い話だ。
「今調べようか?」
「やってみて、リル」
前二人が完全に立ち止まったので、俺らも自然と歩みを止めた。
「レイラ。属性って何のこと?」
尋ねると、レイラはお得意の指立てポーズをする。
この仕草がサチに移ったんじゃないか?と思えるときがたまにある。
「世間知らずね××。
属性は十六歳の誕生日に現れる武器に、元々ある効果みたいなものよ。
属性によって倒しやすいモンスターとか倒しにくいモンスターとかいるの。
それと特定の属性は、モンスターを状態異常にできるのよ!
分かりましたか?」
「はーい」
俺とサチは、授業を受けている子供のような返事をした。
なんだか学生時代が懐かしくなってくる。
ほとんど忘れてしまってるけど、きっと愉快な思い出がいっぱいあったに違いない。
でも宿題は嫌だったなあ。
その反面、妹のサチは知識を吸収するのが好きで、属性の話だって知ってたはずだ。
なのに繰り返し聞いても飽きがなさそうだから、兄ながら褒めたくなる。
「よーし、調べるぞー」
「え、リル属性が調べられるの?」
「あぁ。
勉強して、資格を取れば誰でも解るんだぞ。
ホント世間知らずだな、××」
くっそーーー!
記憶が、どこかごっそり抜け落ちてるだけなのに!
リルはコートの内側に手を突っ込み、何かを取り出した。
「…それは?」
聞くと、握った手を開いてくれる。
そこには、きらきらと輝く、小さくて透明な結晶があった。
「これを使う。
資格取得時に正式に渡された物だ。
××、剣を出すんだ」
リルは鞘を指差す。
俺は目立つそれから、剣を抜き取り彼に手渡した。
「………」
受け取ると光を跳ね返す欠片を、コツンと剣に当てる。
そしてまた懐から虫眼鏡のようなものを出して、眼鏡を外してからその結晶を覗き込んでいた。
直後、リルは困った顔をする。
その後、数本の試験管をトレンチコートの内ポケットから引き出した。
なんだか本格的な実験みたいで、リルが化学の先生に見えてくる。
そんな資格者は、試験管内部の液を結晶に掛けて、静かに反応を伺う。
俺も一、二分、息を飲んで待っていると
「解ったぞ」
とリルが顔を上げた。
「何々?」
どやどやと女子二人が駆け寄る。
一番に知るべきは俺なのに。
「氷だ」
「氷?」
俺もサチもレイラも一斉に首を傾げた。
俺はその属性について問ったつもりだったけど、レイラは別の意味で質問したみたいだった。
「…そんな属性初めて聞くんだけど」
その言葉にぎょっとしながらレイラの方を向くと、彼女は眉を寄せて真剣な表情で悩んでいた。
夢の中でも見たような、レイラに似合わない深刻な顔だった。
そんな空気を破るように、リルは長い溜め息を吐く。
「水属性が炎に弱くなった代わりに雷に強くなった感じか?
解るのはこれくらいだ」
ふむふむ、と何度も頷いた。
リルは凄いなあ。
俺も頑張れば資格、取れるかな。
リルが道具をしまったのを見計らって、先頭二人は再び歩き出した。
どこへ行くのか聞いてないけど、いつになったら着くんだろう。
「ところで、レイラの武器は何?属性は?」
一応、レイラとリルの誕生日は俺よりも早い。
自分の武器についても知られたし、今度は他の人の武器に興味が湧いていた。
「私は雷属性のナイフよ!
こうやってシュッって」
言いながらナイフを振り回す動作をするレイラ。
空手の実力も合間って素早い動きだ。
どうして神様はレイラにナイフを託したんだろう……。
一番あげちゃいけない物な気がしてならない。
「でも、今戦っても××には勝てないかも。
××の武器、雷属性に強いらしいじゃない」
勝敗がどうなるのかは分からないけど、俺を殺る気だったのはすぐに分かる一言である。
「リルは?」
「俺はランスだ」
「え、リル実は槍だったのか!?」
「俺のことじゃねぇ!!
バカ××!」
本気でリルが槍だと思ってしまった。
だとしたら大胆なカミングアウトだなあ、実際には違ったけど。
リルは慣れた手付きで、背中の鞘からランスを抜き取る。
鋼の矛先がてらりと輝いていて、毎日磨いてることが俺でも理解できた。
「これは水属性の武器だ」
そして、槍は元いたケースの中に収まった。
と同時に前のサチとレイラが立ち止まる。
「着いたわよ!」
視線を彼女達から逸らす。
_そこには、大口を開ける洞窟があった。