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サミレア①

「起きて、××!」


もやがかかったような、曖昧な声がする。

低くはないから、女の人かな。


「お兄ちゃん!今日は誕生日でしょ!」


お次は綺麗に聞こえた。

妹_サチの声だ。

脳が覚醒したに違いない。

俺は、ゆっくりと目を開けた。

長い金髪の少女と、黒髪を二つに結ったシルエットが映る。

視界が定まると、案の定目の前にいたのは馴染みと妹のサチだった。

間を置かずに上体を起こして、あくびをしながら頭をかく。


「十六歳だね、お兄ちゃん。ひゃあ!旅立ちの日じゃん!」


朝っぱらからテンションが高い。

まだ目が覚めたばっかりなのに、この調子についていくにはちょっと厳しかった。

寝惚け眼に祝われても、案外大喜びできるものじゃないんだなあ。

これは一つ、人生における収穫かも。

そんなことを感じながら、俺はちらりと部屋の角を見た。

漫画すら滅多に読まない俺の本棚に、唯一置かれた教科書以外の書籍。

この街_サミレアについて書かれた本だった。

父さんからのお下がりだ。

ここに住む以上、一回は目を通しておけ!とかなんとか言われたけど、数ページぱらぱらと捲ったっきりだっけなあ。

サチからこんなに面白いのに!と見せられたページに、確かしきたりに関して載ってたなあ。

そこだけは、自分に身近なこともあって覚えている。

この街では、十六で旅立つのが掟となっているのだ。


「よかったね、××」


今度は幼馴染みのレイラが喋った。

レイラは女の子でありながら、そう呼ぶには少しがさつで男勝りだ。

もっと子供の頃には、喧嘩でぼこぼこにされた気がする。

…って待て待て。

さっきから、レイラの語尾があやふやだ。

寝起きすぐだから聞き取れなかったんじゃない。

妙に掠れている。

何て言ってるんだろう?

俺に向かって話しているから、もしかして、俺の名前?

…俺の、名前………?

それって何?

………思い出せない。

記憶に検索をかけようとしても、頭が熱を持ったようにジンジンと哭いて、変に痛む。

けど不思議と焦りはしない。

脳のどこかでは、気にもかけてないように、他のことを考えている。

寝惚けてるんじゃないか。

頭が痛むのは、別の理由なんじゃないか。

そんな、ふわふわしたような感覚。


「ねぇ、俺の名前って、なんだっけ」


「えぇっお兄ちゃん、頭おかしくなっちゃったの?」


「今日もいいギャグが飛び出たわね××!」


全く相手にしてくれない。

レイラが図らずももう一回言ってくれたけど、悲しいことにそれも掠れてしまっていた。

しまいには二人とも笑い出す始末だ。

…まあ、楽しそうならいいか。

それに直感だけど、その内思い出せるだろう。

俺は誤魔化し笑いがてら、気になっていたことを尋ねた。


「…あれ?リルがいないけど、あいつはどこ?」


リルは、俺のもう一人の幼馴染みであり、親友だ。

女みたいな名前だけど、れっきとした男で、眼鏡をかけている風貌から、一部女子にはイケメンだなんて持て囃されている。

その眼鏡に似合うほど頭は良いんだけど…イケメンかと聞かれれば俺には判断できない。

レイラがそのイケメン君と一緒にいて妬まれないのは、彼女自身が男っぽくて頼りがいがあるからだろう。

いやもしや、空手を習っているという腕っぷしから怖くて何も言えないんじゃないか?

ともあれ、リルとレイラと俺の幼馴染み三人組は、家が近所という理由で、小さい頃からずっと遊んでいる仲だった。

そんなリルなら、誕生日会に来てくれると思ったのに。

って、勝手に部屋に上がり込んでる幼馴染みもどうかと思うけどさ。


「リルはね…用事があるのよ」


レイラが答えた。


「ふぅん……そっかあ」


残念だけど、仕方がない。

それはそうとして、いい加減ベッドから出させて欲しい。

俺が羽毛布団をめくると、ベッドを囲むように立っていた二人が避けた。

俺はそうしてできた空間に足をつけ、布団から出る。

サチは家族だからまだ分かるけど、レイラが入るのを許したのは誰なんだろう。

仮にも男の部屋だぞ…?

思考を巡らすと、思い当たる人が一人。

家庭内でとびきりお茶目な人。

………母か。

母なのか………。

これは、面白がってるな…。


「それより××。青い男って知ってる?」


「あー…、今話題になってる泥棒?」


「そうそう」


はぐらかすようなレイラに聞かれて、俺も探るように返した。

どうやら合っていたようだ。


「その泥棒が最近近くに出没したの!」


興奮気味にサチは言う。

彼女も二年後には旅立つ歳になる。

昔からの好奇心も、浮き足立ってしょうがない今のサチに反映されてるみたいだった。


「サチちゃん、行ってみたいんだよね」


と言うレイラは俺ら一家がここに越してきたときから、町内の子供の中じゃ一番の顔の広さだった。

それはレイラのお母さんやお父さんが目立ちやすいからって理由もあったけど、やっぱりレイラ本人のコミュ力の高さにもよりそうだ。

だからレイラとサチは、学年は別ながら女の子同士ということもあり、結構遊んだり出掛けたりしていた。

今日もきっとそのノリだ。

でも_


「俺は行かないからな」


だってこの街は広くて、すぐに迷ってしまうから。

俺とサチと幼馴染み二人が住むこの地区だって、一周するには少なくとも10分かかる。

今ではこの辺りも開発されて綺麗になったけど、昔はもっと複雑だった。

駅の前まで、見渡す限りの煉瓦の平屋。

なのに道は至るところで曲がりくねって、ちょっと知らない路地に入っただけで家に帰れるか不安になる。

それが、かつてのサミレアの街の特徴だった。

そんな頃に子供の間で流行ったのが、普通じゃない鬼ごっこだった。

リルとレイラと夕方まで遊んだなあ。

そのときも迷って、お母さんに助けてもらったっけ。

どんな鬼ごっこだったか、記憶は不確かだけど。


「どうしても行きたいの!どうせ今日旅立ちの日なんだし行こうよ。お兄ちゃん」


サチは妹らしく、甘えれば要求が通ると思っている節がある。

それも作戦かもしれないが、嫌われるのも怖いので折れるしかなかった。


「しょうがないなー。着替えるから、部屋の外で待ってろよ」





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