プロローグ
飛び込んだ世界は、花が雪解けを待つ世界だった。
蛇のように気高く、鬼のように泣き虫で、椿のように繊細であり、堕天使のように温かかかった。
酸いも甘いも削ぎ取って、愛へと凝縮した毒水を飲み干して、きっといつか来る希望の為に、眠る。
花々は感情を口にはしないが、自然と穏やかな風に乗せる。
風を伝えば、神へとたどり行く。
花畑に佇む女神は、どうもしっくりこない椅子に座っていた。
その椅子は自分には少し高くて、咳き込むほど埃っぽかった。
ただ目に写る光景は嫌いどころか大好きで、彼女はその可憐さに見惚れていた。
中でも無垢で純朴な一輪が、特に彼女のお気に入りだった。
贔屓をするわけではないが、最近では眺めている時間の大半を占めている。
触れば欠けてしまいそうなのに、どうしてそんなに美しく咲けるのだろう。
時の流れも不確かな日々で、考えることなどそれくらいしかない。
割れないまま花弁を揺らす姿は、咲き始めてからこれまでの間、ずっと綺麗だった。
辺りの空気は程よいのに、それの中央だけは氷のように冷たかった。
そんな様子から、何を思って咲くのか、気になって仕方がなかった。
疑問はやがて脳を埋め、次第に願望へと形を変える。
あの花の見る世界を、私も見てみたい。
想うだけなら、自由だ。
どの神にも見つからない。
それは確信ではなく、過信だった。
どうせ叶わない願いだと思っていた。
なにせ、星も流れない世界だから。
いくら繕っても座り心地の良くない玉座を降りて、あの花園に交ざりたい。
心中で唱える。
大丈夫、きっと分からない。
少し、嫌気が差していたところ。
妄想くらいなら、許してもらえるわ。
彼女は、神のことなら、いかなる状態かも知っていた。
だから、想いを馳せた。
けれど花の本質については、知っているようでまるで無知だった。
そして、ついに、椅子は主を失った。
淡くて透明な花弁が零れ落ちる。
意識の海へ溶けてゆく。
_大切なものはできた?
遠い呼びかけ。
波打つ声。
_今から教えてあげる。
慟哭。
_あいのないきみに。