第6話 二人の距離は
5月中旬のこと、「訓練生の所属隊は訓練指導員に準ずる」という特例の元に由乃と海斗を一航戦へと編入した僕たちは、四航戦が掴んだ使徒の出現座標を調べるために作戦地域へ向けて列車で移動していた。
僕はと言うと、作戦の直前に新型フライトユニット「烈風」のテストパイロットに抜擢されてしまい、緊張で作戦どころではない心境だった。
心を落ち着かせようと、僕は立ったり座ったり歩いたりを繰り返す。普通に見て怪しい行動だった。
「デッキで景色でも見てくればいい」という桜のアドバイスを受けて、しばらくのんびりしていよう…と思い僕はデッキへ向かった。
当然のことながら、デッキには誰もいない。タタンタタンという継ぎ目を走る音と、時折鳴る連結器の音がそこを支配していた。
アクアパークの帰り、僕は使徒の親玉であるゼロに出会った。
対峙した時の圧倒的な実力差は今でも忘れない。
(あんなのと本当に戦えるのだろうか)という不安が拭えない、こればっかりは由乃にも言えなかった。
「まだまだ弱いな、僕は…」
森の中をひた走る列車、確かにぼーっと外を眺めていると心が落ち着いてくる。
人の気配を感じて、ふと客室の方に顔を向ける。そこには由乃の姿があった。
「先輩、ここにいたんですね」
「由乃も気分転換に?」
「はい、やっぱり初めての実戦ですから…でもそれは先輩も一緒じゃないんですか?」
ずばり言い当てられてしまった…
「桜だけならともかく、由乃にまで言われちゃったらなぁ~」
「ふふっ、まだ1ヶ月ですけど、ずっと先輩の側にいますから。先輩のことが少し分かるようになりましたよ?」
そんなことを言う由乃は僕の緊張をほぐすように僕に寄り添ってくる。
「緊張は確かにしてます、けどあたしの力がやっと誰かの役に立つ…って考えたらやる気が出てきました」
「それでも、無理と無茶はしちゃ絶対にダメだ」
「わかってます先輩」
由乃はそっと、僕の体に手を回してくる。僕もそれに応えるように由乃を静かに抱き締める。
お互いの鼓動だけが聞こえてくる。戦いの前の緊張じゃない、「好きな人」と一緒にいる時の速い鼓動だ。
由乃の肩は少し震えていた。ああは言っても怖さがなくなるわけじゃない、それでも僕を気遣ってくれる由乃が愛しかった。
もう、この気持ちから逃げちゃいけない。
「あのさ、由乃」
「大丈夫です、あたしは今やれることを精一杯やります」
「それもそうなんだけど…そうじゃなくて、僕は…」
由乃が好きだ、と言おうとした唇は由乃の唇に塞がれた。
とても心地よいキス、由乃の唇の感触と匂いに全て包み込まれているみたいだ。
「同じなんですよ、先輩」
「由乃…」
「ずっと言いたかったんです、模擬戦の後からずっと。だから先輩には先に言わせません」
由乃は僕から離れ、じっと僕を見つめる。それは今まで見たことのない「勝負」に出る表情だった。
「…悠先輩のことが好きです、あたしと付き合ってください!」
由乃からの告白、それはとても嬉しかった。少しの静寂のあと、僕はもちろん…
「僕も由乃のことが好きだ、ずっと由乃の側にいる」
承諾の返事をした。
「悠先輩…!」
由乃が僕の胸に飛び込んでくる、押し付けられる胸も今は不思議と恥ずかしくない。
「ファーストキスをあげたんですから、浮気なんてしたら許しませんよ♪」
「ぼ、僕だってファーストキ…いや、いやいやあれはノーカンでいいはず…」
「せーんぱい?」
僕を見上げる由乃の顔がものすごく怖い。
「小学生の頃のはノーカンだよな!うん!恋人とのファーストキスに間違いないし!」
小学生の時に桜とキスをしたことはあったけど、あれは幼なじみ、初恋の相手じゃないし!よりによってなんでこんなことを思い出してしまったんだろう…
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特例で先輩と同じ一航戦に編入したあたし、初めての実戦を前にどうしても緊張が解けなかった。でも……
「うーん、いやでも…うーん」
通路をウロウロする先輩に比べたら緊張はしてない…かな?
先輩も本格的な実戦は初めてだと言っていたし、新型フライトユニットのテストも任されているとの話で緊張するのは仕方ないよね…
先輩はウロウロしてそのままデッキに行ってしまった、あたしも追いかけようとしたら、目の前には桜さんがいた。
「由乃ちゃん、ちょっといいかしら?」
「はい、なんでしょう…?」
思えば、先輩の幼なじみなのに桜さんとちゃんと話すのはこれが初めてだ。アクアパークの時もあたしは先輩とずっと一緒にいたし…って、思い出したら少し恥ずかしくなってきた…!
「あんまり固くならないで、いつものポテンシャルを発揮出来ないわよ?」
「それは…その…」
「ま、指導員があんなんじゃ心配になるわよね。まったく…昔みたいに少しは頼りがいのあるところ見せないよね…」
「昔みたいに」という言葉で、あたしははっとした。
多分、桜さんは先輩のことが…
「あの…桜さん」
「好きなんでしょ?」
「へっ?」
「悠のこと、指導員とか関係なく」
言い当てられてしまった。それじゃあたしは桜さんと先輩を…?
「あ、あの…あたし…」
「いいのよ、気にしないで」
「でも、桜さんも先輩のことが…」
「好き、だったわ」
やっぱり…ん?だった?
「あの、それは…」
「言葉通りよ、中学生くらいまで好きだったわ。幼なじみを通り越して。けどあいつ鈍感だからこっちがひたすらアプローチしても全っ然気づかなくてね、いつまで経っても幼なじみ扱い。まったく、小学6年生の時にファーストキスをあげたってのにさ。」
鈍感というかそれは恥ずかしがってるだけなんじゃないかな?
「それで桜さんはどうしたんですか?」
「心の中でこっちから振ってやったわ。お前なんか一生幼なじみだーーーっ!ってね、ふふっ。」
思わずあたしも笑ってしまう。
「行ってあげて、きっとあいつはあなたが来ることを望んでる。そして、その気持ちに答えてあげられるのは由乃ちゃん、あなただけよ。」
告白してこい、と応援されているみたいだ。お姉ちゃんがいたらきっとこんな感じだったのかな?
「それじゃ桜さん、行ってきます」
あたしは席を立ち、デッキへと向かう。先輩を励ますため、そして自分の気持ちを伝えるために。
デッキにはぼーっと外を眺める先輩がいた。
「先輩、ここにいたんですね」
「由乃も気分転換に?」
「はい、やっぱり初めての実戦ですから…でもそれは先輩も一緒じゃないんですか?」
「桜だけならともかく、由乃にまで言われちゃったらなぁ~」
「ふふっ、まだ1ヶ月ですけど、ずっと先輩の側にいますから。先輩のことが少し分かるようになりましたよ?」
だって、先輩のことをずっと見てるから。先輩のことが好きだから。
でも、その言葉が中々言い出せない。
「緊張は確かにしてます、けどあたしの力がやっと誰かの役に立つ…って考えたらやる気が出てきました」
「それでも、無理と無茶はしちゃ絶対にダメだ」
「わかってます先輩」
あたしはそっと、先輩の体に手を回す。先輩もそれに応えるようにあたしを静かに抱き締めてくれる。
お互いの鼓動だけが聞こえる。あたしの胸はすっごく早く鼓動している。
「あのさ、由乃」
「大丈夫です、あたしは今やれることを精一杯やります」
「それもそうなんだけど…そうじゃなくて、僕は…」
このままだと先に言われてしまう、そう直感したあたしは先輩の唇を…自分の唇で塞いだ。
「同じなんですよ、先輩」
「由乃…」
あたしのファーストキス。初めて触れた先輩の唇はとても暖かくて、優しくて、それがあたしに最後の勇気をくれた。
「ずっと言いたかったんです、模擬戦の後からずっと。だから先輩には先に言わせません」
あたしは僕から離れ、じっと先輩を見つめる。ファーストキスをあげたんだから、もう引き下がれない。言え、言え、気持ちを先輩にぶつけるんだ!!
「…悠先輩のことが好きです、あたしと付き合ってください!」
静寂、頭を下げているから先輩がどんな表情をしているのかはわからない。戸惑ってたらどうしよう。返事までの間がとてつもなく長く感じる。
「僕も由乃のことが好きだ、ずっと由乃の側にいる」
一瞬、ほんの一瞬だけ体が固まった、けどその言葉の意味を理解したあたしは、思わず先輩に抱きついてしまった。
「悠先輩…!」
うれしくて涙がこぼれる。今は頼りないかもしれないけど、いつか先輩を側で支えられるようになりますから…
そうだ、先輩はファーストキスじゃない自覚はあるのか、ちょっといじめてみようかな?
「ファーストキスをあげたんですから、浮気なんてしたら許しませんよ♪」
「ぼ、僕だってファーストキ…いや、いやいやあれはノーカンでいいはず…」
しどろもどろする先輩、やっぱり桜さんとのは覚えてるみたい。
「せーんぱい?」
あたしはいじわるそうに先輩を見上げる。
「小学生の頃のはノーカンだよな!うん!恋人とのファーストキスに間違いないし!」
あ、認めた。けど「恋人との」っていう言葉にあたしはまた嬉しくなってしまったのだった。
ようやく、ようやく書けました。エンカウント・マリッジ編最初の見せ場です。
これまで悠と由乃の距離がだんだん縮んでいく様子を描いてきましたが、ここでついに二人がカップルとなり、そして本編のエピローグに繋がり、最終的に託された希望編へと繋がっていくわけです。
戦いの前に告白、というのはシチュエーション的にどうなのかという感じもしますが、本編ではこのあと悠が一騎当千の活躍をするわけで、タイミング的にはよかったのかなと思います。
さて、エンカウント・マリッジ編としては話が一気に飛びます。だってこれは二人の恋の物語ですから。