第2話 出会い side 由乃
初めてあの人に出会った日の事は、今でもはっきりと覚えている。
桜が舞う春、ACFに入ったあたしは訓練生として指導員との顔合わせに臨んだ。
女性隊員も増えているから、あたしの指導員もきっと女性だろうと思っていた。けど、あたしの前に立ったのは男性だった。
篠宮悠、あたしの1つ上の期の入隊ながらすでに一航戦に所属しているいわば「エリート」があたしの指導員だ
けどそれならそれで都合がいい。あたしは、強くなるためにここに来た。一航戦の人のどんなに厳しい訓練でも耐えてみせる。と心に決めた。
訓練棟に移動し、本格的な打ち合わせに入る。いくら壁が薄いとはいえ、年の近い男の子と密室に二人っきり…というのは少し恥ずかしかった。
先生も同じ心境なのか、さっきから落ち着いていない。
落ち着かないままお互いの自己紹介が終わったところであたしは待ちきれずに先輩に質問した。
「先輩、どうすれば強くなれますか!?」
あたしは早く強くなりたかった。「赤い翼」のことは何も分からないけど、もうあの日を繰り返したくなかったから。
「由乃ちゃんはどう強くなりたい?」
「それは…」
どう強くなりたいのか、具体的にそう言われると言葉に詰まってしまう。明確にこうなりたいというビジョンはこの時のあたしにはなかったんだ。
「実は、まだよく分かってないんです。でもあたしに出来ることがあるなら、あたしの力で誰かを守れるならって…そう、もう誰にも…」
失わせたくないという言葉は続かず、その代わりにあたしの頬を涙がつたう。
「あの日」を思い出してしまった。
突然黒くなった空、恐怖と悲鳴に包まれた空港、目の前で跡形もなく消えた両親、助けを求める声を振り切って逃げて逃げて逃げて…
そして天井が崩れてきて、死を予感したあの時。
今でも思い出すと怖くて泣いてしまう。話さなきゃ、乗り越えなきゃ強くなれない…!
「あの、ごめんなさい…あたし…」
「いいよ、今日は訓練をする予定もないし、話せることなら話してほしいな。」
先輩のその言葉に、あたしは「似ている」という雰囲気を感じ取った。
ただかわいそうとか言うんじゃない、この人ならきっとあたしを理解してくれると思った。
あたしはあの日、「黒の日」 の出来事全てを先輩に話した。
話し終わった後で、赤い翼を広げる。それを見た先輩は目を見開いていた。
「あたしには力があった。なのにそれを知らなくて、守れなかった…。この力が何なのか、使い方を知っていれば家族を守れたのかもしれないのにっ…!それが悔しくて、もう失いたくないから、誰にも失ってほしくないから、守りたいからあたしはここに来ました!」
椅子を倒す勢いで立ち上がったあたしはそのまま先輩に深々と頭を下げる。
「先輩に馴染みのない奇妙な力だと言うのはわかっています!だけどあたしは強くなりたいんです!この力のことは自分で調べてなんとかします、ですから先輩、あたしに戦い方を教えて下さい、一航戦で戦う先輩の技術をあたしに叩き込んでください!お願いします!」
「由乃ちゃん、顔を上げて。」
あたしはゆっくりと頭を上げる。涙で前はぼやけるけど、先輩の顔は優しい微笑みを浮かべてあたしを見ていた。
あたしの頬を流れる涙をぬぐい、先輩は青い翼を広げた。
あたし以外に、翼を持っている人がいた。それもこんな近くに。
「先輩…それ…。」
「恥ずかしながら、今の僕には由乃ちゃんに叩き込む技術も戦い方も持ってない。けど僕なりに考えて由乃ちゃんの気持ちに応えようと思う。同じ翼の所有者として、そして後輩として、僕が君を育てるから。」
ああ、本当に優しい先輩なんだ…。強くなることしか考えてなかったあたしが少しダサく思えた。
先輩についていけば、本当の意味で強くなれる、そう思った。
この時あたしは、先輩と一緒に歩いていこうと思ったんだ。
出会い編、由乃の視点でお送りさせていただきました。
女の子の視点で恋模様を書くのは難しいですね。
文もどうしても短くなってしまい、悠と比べると思い入れがないんじゃないのと思われるかも知れませんが、そんなことありません。
さて、出会い編の次は模擬戦編です。模擬戦を経て考えが変わった悠と強さへの思いを捨てきれなかった由乃、少しずつ縮んで行く距離と二人の想いをお送り出来ればと思います。