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第1話 出会い side 悠

 訓練棟205号室、そこが僕達に割り当てられた部屋だった。

 宿泊棟は別にあるためベッドはないが、大きめのソファと机、それに椅子が何脚か置いてある。

 今年からマンツーマンでの訓練形式に変わり、日々の訓練のペースや内容はその指導員に任されている。一応僕なりに誰が来ても基礎は作れるようにカリキュラムを組んだのだけど…。


 女子が来るなんて聞いてないですよ隊長、女子は女子に当てるのが普通じゃないんですか?

 それになんですかこの子、すっごいおとなしいし、かわいいし、いい匂いはするし、胸は大きいし、桜とは大違いなんですけど。

 そんな子と、壁は薄いとは言え密室に二人きりですよ。僕だって思春期真っ盛り、しかも今回男女ペアなのは僕達だけであって、これはまずいんじゃないですかね隊長。

 指導経験も実戦経験も女子との会話経験も少ない僕には荷が重いんじゃないでしょうか、ああせめて男子だったらやりやすいのに…。


 これが初めて彼女…神山由乃と対面して思ったこと。

 それでも指導員に抜擢された以上、覚悟を決めてやらなければと思い、恐る恐る話しかけてみた。


「あの…神山さん?」


「由乃、でいいですよ先生。」


 ちょっと待って声もかわいいじゃないですか、いやいや今は落ち着け僕…。


「せ、先生?」


「先生は先生じゃないですか?」


「いや、まあ確かに指導員ではあるけど先生なんて威張れるほど経験もないし、偉くもないし…。」


「でも先生は一航戦所属なんですよね、しかも入隊1年目で抜擢された超優秀な方だって今年の訓練生の中じゃ有名ですよ?」


 やめてくれそんな評価も噂も!ただ単に翼の所有者だから一航戦に配属されただけで本当なら四・五航戦所属でもおかしくないのに…。

 一航戦が特殊な航空戦隊だと言うのは知られてないわけで優秀だと評価されてもおかしくないのが現実ではあるけれど…。


「1つしか違わないんだし、気軽に先輩でいいよ由乃ちゃん。」


 よし、なんとか切り抜けたぞ…あとはなんとか…。


「で、ではよろしくお願いします先輩!」


 ぐはぁっ!

 自分で先輩と呼んでと言ったけど、これはダメージがでかいぞ…こんなかわいい子に先輩と呼ばれるなんて、訓練期間が終わる前に僕はどうにかなっちゃいそうだ。


「それで先輩、いきなりなんですがどうしたら強くなれますか!?」


 由乃ちゃんがぐいっと身を乗り出して質問してくる。

 両手をグーにして顔の近くに持ってくる、そうなると両腕は胸を挟むようになるわけで、そのせいで元々豊満な胸がさらに強調されている。しかもその状態でさっきより距離が近い。まずいぞ…非常にまずい。視線に困る…。


「つ、強くなる…?うーん。」


 とりあえず深呼吸だ。落ち着け、落ち着け僕。由乃ちゃんは別に狙ってやってるわけじゃない、真剣に質問してるんだ。僕だって真剣に答えないと…あぁ、だから胸が近い!


「由乃ちゃんはどう強くなりたい?」


「あたしは…まだよく分かってないんですけど、でもあたしの力でみんなを守れたらって、そうすれぱもう、誰も…。」


 ぐはぁっ!

 一人称があたしときた!これはもうダメだ、あたし、かわいい、いい声にいい匂い、そして胸が大きい!僕の心にクリティカルヒット!隊長、僕はここまでのようです。桜、あとは頼んだ…。

 と一人で悶えていたが、ふと彼女を見ると頬に涙の筋が見えた。

 それを見た瞬間、僕は一気に現実に引き戻された。


「由乃ちゃん…?」


「ご、ごめんなさいあたし…急に涙が…。」


 過去に何かあった、そう直感した。それは僕がACFに入ると決めた時、過去を思い出した自分が同じように涙を流したからだ。

 彼女の話をゆっくり聞こう、そう決めた。


「いいよ、今日は訓練をする予定もなかったし。話せることなら話して欲しいな。明日からの訓練に繋げられるかもしれない。」


「あの、先輩は「黒の日」はご存知ですよね…?」


 黒の日、それを知らない人はまずいないだろう。使徒が初めて地上を襲撃した日、黒いそれは空を覆い、僕らから空を奪った。

 使徒の攻撃目標となったのは羽田空港だった。そこに居合わせた航空会社の人はもちろん、利用客のほとんどが使徒の犠牲になってしまった。


「あの日…あたしは家族で旅行に行くために羽田空港にいたんです。搭乗手続きが始まって、もう少しで飛行機に乗る時…突然現れた使徒に攻撃されて…あたしの家族は目の前で跡形もなく消えて…何が何だかわからないまま逃げたあたしは、崩れてきた天井の下敷きになったんです。でも、奇跡的に出来た瓦礫の隙間があたしを救った。あたしは、黒の日の生き残りなんです。」


 僕は言葉を失った。黒の日の出来事はテレビのニュースで何度も見たし、ACFに入ってからも閲覧する機会は多かった。それを一言で言えば「惨状」に他ならない。僕も家族を使徒に殺された身ではあるけれど、彼女は家族の死を目の当たりにしている。

 彼女が抱える傷は深い、それを僕がどうにか出来る自信はなかった。


「そのあと、あたしは親戚の家で育ちました。そして1年くらい経ったある日、あたしがなんで生き残ったのか知ったんです。知ったというより、思い出したといった方が正しいんですけど…。」


 胸に寄せた手の甲に、見覚えのある円陣が浮かび上がる。それはほのかに赤い色を帯びて、彼女の背中には赤い翼が姿を現す。

 それは彼女が、由乃が翼の所有者であることに他ならなかった。


「あたしには力があった。なのにそれを知らなくて、守れなかった…。この力が何なのか、使い方を知っていれば家族を守れたのかもしれないのにっ…!それが悔しくて、もう失いたくないから、守りたいからあたしはここに来ました!」


 椅子を倒す勢いで立ち上がった由乃はそのまま僕に深々と頭を下げた。


「先輩に馴染みのない奇妙な力だと言うのはわかっています!だけどあたしは強くなりたいんです!この力のことは自分で調べてなんとかします、ですから先輩、あたしに戦い方を教えて下さい、一航戦で戦う先輩の技術をあたしに叩き込んでください!お願いします!」


 声を震わせ、涙を流しながら由乃は僕にそう言った。


「由乃ちゃん、顔を上げて。」


 涙でくしゃくしゃになった由乃の顔を見て、彼女の必死さを痛感する。僕は彼女の濡れた頬を手でそっと撫でて涙を拭く。

 そして彼女を包み込むように青の翼を広げた。


「先輩…それ…。」


「恥ずかしながら、今の僕には由乃ちゃんに叩き込む技術も戦い方も持ってない。けど僕なりに考えて由乃ちゃんの気持ちに応えようと思う。同じ翼の所有者として、そして後輩として、僕が君を育てるから。」


 彼女の心の傷を癒すのは難しいと思う、けど一緒に前を向いて歩くことは出来る。それがきっと、僕に与えられた役割だったんだ。

始めました、エンカウント・マリッジ編

託された希望編も終わってないのにさらにスピンオフですよ、どうするんですかね


それはさておき、今回の話は悠と由乃に焦点を当てた物語です。

本編の内容の中でも、悠と由乃の繋がりに関わる話を掘り下げて、それぞれの視点から書くという浦風にとっては初めての試みです。

本編を読んでないとわからない所もありますので、このページから入った方はぜひ本編の「もう一度、僕たちの空を」も読んでいただけたらと思います。

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