四節 中継を見た
「死傷者数は六十二人、現在、その内二五名の死亡が確認されています。確認されているのは、神奈川県鎌倉市在住の佐藤大輔さん三十六歳――」
日本テレビのアナウンサーが淡々と速報を読み上げた。
「――……以上の二五名です。日本政府は一連の怪物騒動に対して、現状政府が把握していることは何もないとコメントした上で、周辺の住民に避難勧告を出すよう、神奈川県鎌倉市に要請を出しています。……一度目の惨劇にも現れた黒い怪物は今回の現場にも現れ、アパートに突如として現れたもう一体の怪物と交戦しました。映像を御覧下さい」
アナウンサーの声と共に、テレビ画面に黒い化物……『蜥蜴』が映し出された。『視聴者提供』というテロップが小さく出ていたから、あの現場に居た誰かが撮っていたらしかった。
映像が切り替わり、『蜥蜴』が肉のさなぎに爪を立てる光景が映し出された。あの時上空を飛んでいたヘリコプターからの映像らしく、空中からの映像だった。
「この映像からは把握し辛いですが、巻き込まれた住民によると、黒い怪物が、この……大量の腕のようなものを生やした怪物の中から女性を引きずり出したという話も挙がっています。実際に現場には粘液らしきものが付着した女性の遺体が残されており、警察は、女性が怪物の中に居た可能性は否定出来ないとコメントをしています」
アナウンサーが続けた。
「この黒い怪物の真意は不明ですが、一部からは、学校とアパートに現れた怪物を倒して消えたことから、町を守ってくれているのではないかという声も出ているようです。……以上、速報でした。この事件に関しましては、続報が入り次第特集を組んでお送りする予定になっています。……続いてお天気のコーナーで――」
僕はテレビを消してソファにどかっと身を預けた。
僕は脳裏で、アナウンサーが発表した六十二人の死傷者について考えていた。一回目よりは被害が大きくなってしまった。住宅地で戦闘をしたせいだろう。そして今後も戦いが続くのであれば、被害がもっと大きくなっていくことは明白だった。同時に、僕にできることがないのも明らかだった。
僕には、この事態の説明を政府や警察に相談するという考えがなかった。正直に白状するが、この時の僕には、そもそも相談するという考え自体が浮かばなかったのだ。気が動転していたのかもしれないし、もしかしたら心のどこかで、秘密裏に町の平和を守るヒーローめいた行動に酔っていたのかもしれない。
それからの一週間はあっという間だったことを僕は覚えている。この間に現れた敵はいなかったが、鎌倉市に住む多くの住民が我先にと市外へと逃げていった。北は北海道南は沖縄、日本全国に鎌倉市に住んでいる住民が散らばっていった。ほんの数日で、僕が生まれ育った町は寂れたゴーストタウンのようになってしまったのだ。
僕は変わらず鎌倉市に留まっていた。母さんと何度か電話でやり取りをし、出張先で借りているマンションに移らないかという話も出たが、断った。どこが安全かもわからないし、それだったら家にいたいというようなことを言ったような覚えがある。母さんとしては気が気じゃなかっただろう。これに関しては今でも本当に申し訳ないと思っている。
楓とその家族も鎌倉に留まっていた。これも僕が移動したくなかった理由だ。楓とは二匹目の敵が現れた時に喧嘩して以来会っていなかったが、彼女を守りたいという気持ちに変化はなかった。
そして一週間が過ぎたこの日、三体目の怪物が現れた。
「悠斗」
「うわっ!? ……なんだ神様か……」
目の前に突然現れた神様に驚き僕は声を漏らした。神様はふわふわと浮かびながらテレビの前に移動した。
「悠斗、次の敵が現れたぞ」
「もう次か……。どこに出た? 急いで行かないと」
「今回は遠いぞ。あっちだ。距離にしておよそ二百十キロメートル」
神様がどこかを指差しながら言った。
「……何キロって言った?」
「二百十キロメートルだ」
「どこだよ……それ……」
「テレビをつけてみろ。もう活動を始めているから、マスコミとやらが来ているかもしれないぞ」
神様に言われ、僕はリモコンを手に取りテレビの電源をつけた。
「――……こちら、新たな怪物が現れたという現場上空です! 怪物は次々と民家を破壊しながら、暴れ回っています!」
テレビをつけるなり、レポーターが緊迫感のある表情をしながら必死に実況をしている姿が映し出された。早くも到着していたらしい。ヘリコプターから映像を撮っているので、ローターの回転音と羽が空気を切る音がマイクに入り、レポーターの実況が聞き取りにくくなっていたが、ある意味生中継らしい光景だな、と僕は漠然と考えていた。
敵の姿は、上空からの映像だったのに加えて、暴れる姿が重なりよく確認出来なかった。テレビ画面の端の方に、『岐阜県:下呂市上空』と小さくスーパーが出ていた。
「神様……なんで……、遠くにいる人には種を植えてないんじゃないの!?」
「植えてないぞ。あれはこの町の人間だよ、悠斗」
神様がテレビ画面を見ずに言った。
「え……。そっか、避難住民か……!」
多くの住民が、鎌倉に現れた怪物から逃れるために市外へと出て行った。だがそのせいで、種を持った『宿主』が全国各地に広がってしまったのだ。つまり、敵の出現による被害が出る地域が拡大したということになる。
「というか岐阜って……。何時間かかるんだこれ……」
僕はテレビ画面を見つめながら呟いた。車で行っても数時間はかかることは間違いだろう。岐阜まで悠長に移動していれば、その間に被害は加速度的に広がってしまうはずだ。
「神様!」
「なんだ、悠斗?」
「僕を岐阜……あの敵が居るところまで運んでくれ!! 神様なんだから出来るだろ!?」
「断る」
「なんでだよ!? ナビゲーターだからか!?」
僕は神様に怒鳴った。
「その通りだ、よくわかってるじゃないか。物理的に干渉することはしないと言ってあっただろう?」
「…………どうしたらいい……どうしたら……」
僕の頭の中は、神様への怒りで満ちていた。この状況を作り出した上に手伝いも拒まれ、まさに腸が煮えくり返る程苛ついていたのだ。
テレビから実況の声が聞こえてきた。
「今、自衛隊のヘリコプターが到着した模様です! 次々と隊員が地上に降りて行きます!戦闘の用意をしているのでしょうか!?」
いつの間にか緊迫した現場の様子と、鬼気迫る表情をした別のレポーターの顔が映し出されていた。
僕はテレビ画面を見たまま神様に話しかけた。
「……神様。神様は僕には人類の武器は効かないって言ってたよね? 敵にも効かないの?」
「見てればわかるよ」
神様はテレビの横に浮かび上がり、画面を手で示した。テレビの画面には戦闘の用意をした自衛隊の姿が映し出されていた。今まさに、怪物と戦おうとしているようだった。
僕は生唾を飲み込んだ。両手を握り祈るようにして、画面を凝視した。
「たった今! 自衛隊による発砲が行われました!! 銃声が鳴り響いていまっ――」
「危ないから下がって!! 下がれっ!!!」
レポーターとカメラマンが、怒声を放つ自衛隊員に押し退けられ、画面が乱れた。
すぐに画面が切り替わり、少し遠景から撮った映像が映し出された。別の場所からズームして撮っているようだ。
木々の間から触手か何かが時折垣間見えたが、肝心の本体は全く映らなかった。唯一映る触手が、大きく波打ちながら暴れ回り木々を薙ぎ倒していた。
少しして再び映像が切り替わった。どうやら先程のレポーターとカメラマンが移動したらしく、敵からやや離れた位置で実況を再開した。
「こちら戦闘現場より少し離れた位置からお伝えしています! 先程から絶え間なく銃声が鳴り響き、依然として自衛隊による怪物への攻撃が続いている模様です! 今のところ、例の黒い怪物は現れていません! 今回は姿を見せないのでしょうか!?」
僕……正確には『蜥蜴』のことをレポーターが口にした。
カメラが敵へズームインし、その姿がテレビに映し出された。
怪物は一見するとカマキリか何かのようにも見えたが、背中から何本か触手を生やしていたし、カマキリと違い細い二本の足で立っていた。しかし足だけではバランスが取れないのか、尻を地面につけて擦るように移動しているのがどうにも間抜けな姿だった。腕の刃も、鋭さからはかけ離れたデコボコの見た目だった。
その上顔にあたるパーツが存在しないらしく、どこを見て移動しているのかわからなかった。しかも前の敵二体と同じで表面の質感が妙に肉々しく、カマキリに近い形態をしながらも、カマキリとは到底呼べない姿に僕は不気味さを覚えた。
とはいえ、前の二体との戦闘経験もあったからか、地球の生き物とは呼べない姿に不気味さを感じても、恐ろしさは感じなかった。奴らは神様が創り出した異形なのだ。人の常識で考えるものではない。
ズームアウトして映像が引き、発砲する自衛隊へと移り変わった。自衛隊員は自動小銃を絶え間なく撃ち続けていたが、あまり効果はないらしく肉のカマキリは猛進を続けていた。
突然肉のカマキリの背中側が爆発し、カメラがでたらめに揺れた。
どうやら自動小銃は目眩ましだったようで、そちらに意識が向いている隙に背後に回り、ロケットランチャーを使ったらしい。
「自衛隊が何らかの爆発物を使用した模様です! 果たして効果はあったのでしょうか!?」
レポーターが肉のカマキリを見つめて言った。すぐさま自衛隊が次弾を撃ち出し、肉のカマキリを爆炎が包んだ。
僕の目はテレビに釘付けになっていた。この時僕は、ただひたすら敵にダメージを与えられることを期待していた。恐らく、当時この放送を見ていた人間誰もが同じことを思っていただろう。
「……効いています!!」
レポーターがマイクを力強く握り、熱の篭った声で言った。
カメラが肉のカマキリに寄っていった。肉のカマキリは足元をふらつかせながら、腕を振り回しているように見えた。恐らく、防御反応のようなものだろう。アレは生き物ではないが、動きのパターンは生き物のそれだ。
「見ていればわかると言っただろう?」
神様がテレビの上に浮かびながら言った。
「人間の兵器も効くのか……!」
僕はテレビを見つめながら、少しだけ興奮して言った。画面では、自衛隊の攻撃を受けて肉のカマキリが苦しそうに悶え、レポーターも興奮した様子で成り行きを見守っていた。
「全ての敵に人間の兵器は効果があるの?」
僕はテレビの上に寝っ転がるようにしていた神様に尋ねた。
「さあどうだろうな。一つだけ教えておくなら、敵の強さはそいつが宿している欲望の強さに比例するぞ」
「つまり、強い欲望を持った人間程、種が芽吹くと強力な怪物になりやすい?」
「そういうことだ。あの敵にはこの程度の兵器でも有効打になったが、今後それを上回る敵が現れる可能性は否定出来ない。くどいようだが、仮にそういうタイプが出現したとしても――」
「教えない、だろ。わかってるよ」
僕は言葉の途中で神様に割り込んだ。
「わかっているならいいんだ。……さて、そろそろ敵も倒れるようだし私は消える。また次が来たら呼ぶよ」
「うん……」
僕の呟きは人気のない居間に吸い込まれていった。神様はいつも通り、僅かな余韻も残すこと無く忽然と姿を消していた。
「――今! 怪物が力を失い倒れました!! 辺り一帯、歓喜の声に包まれています!!」
つけっぱなしだったテレビから、レポーターの興奮した声が聞こえてきた。どうやら肉のカマキリの活動を、自衛隊が停止させたようだった。
僕はテレビをぼんやりと眺めながら、改めてこの町に留まることを決めていた。他の地域に現れた敵の処理はひとまず自衛隊やアメリカの駐留軍辺りに任せ、僕はこの町に出現する敵を倒し楓を守ろうと思ったのだ。
今にして思えば、僕の初恋はずっと続いていたのかもしれない。母のことは勿論、市外へ移った数少ない男友達のことも心配だったが、この時僕の中では、楓の安全が一番の優先順位になっていた。
僕が再び意識をテレビに向けると、レポーターが興奮冷め止まぬという様子で実況を続けていた。
「御覧下さい! 先程まで自衛隊と交戦していた怪物が、蒸気のようなものを噴き出しています! あれは…………どうやら溶けているようです! 前の襲撃と同じ現象です! やはり何らかの共通項のようなものが、一連の事件にはあるものと思われます! ……カメラ! もっと寄れますか!?」
レポーターの声に反応して、画面いっぱいに倒れた肉のカマキリが映し出された。身体を構成していた肉塊が煙を噴きながら溶けていき、体液のようなものを勢い良く垂れ流している。
肉のカマキリの中心部から、黒い影が躍り出た。近くで銃を構えていた自衛隊員が驚き、一歩後ろに跳び跳ねた。
「怪物の身体の中から、何かが出て来ました! あれは…………なんでしょうか……? 人のようにも見えます!」
レポーターが必死に目を凝らしながら、カメラの映像をチェックして言った。
肉のカマキリから出て来たのは紛れも無く人だ。神様によって怪物の種を植えられた誰かだと、僕には見なくてもわかっていた。
カメラの映像からでは、『宿主』の息がまだあるかは確認できなかったが、僕は助からないだろうと予測をつけていた。過去二回の戦いのどちらも、『宿主』になった人間を助けることはできなかったからだ。
僕はテレビから離れ冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出すと、そのまま口を付けて一気に呷った。喉を通る冷たい感覚がやけに鋭く感じられた。
テレビではいつの間にか特別番組が始まっており、スタジオに集められた有名人や元警察、そして有識者などが議論を交わしていた。主な内容は政府と自衛隊の対応の是非を問うものらしかった。
時折怪物への対策話に混じって『蜥蜴』こと僕の話題も出ていたようだ。ただ話題と言っても、目的は何なのか、とか他の怪物とは何かが違うのか、というような、議論してもさっぱり結論が出ない内容で、すぐに話は政府への批判や外国の反応などの特集へ移っていった。
それから三日後、再び新たな敵が出現した。
新たに出現したのは、鎌倉から北東におよそ四百キロメートル離れた都市、仙台だった。『宿主』が知人の家に避難していたようで、街で買い物をしている最中に”発芽”したらしい。偶然通りがかった人達が一部始終を録画していて、その映像はインターネットを通じて世界中に拡散された。
発芽の様子は僕もその時まで見たことがなかったので、この時見た映像の衝撃は大きかった。映像を見た後しばらくは、ゼリーを見るのが嫌になってしまった。
この物語を先に進める前に、念のため映像が消えてしまった時のことを考えて、大まかな内容をどうにか文字にして残しておく。果たしてそんな心配をする必要があるのかはわからないが、こうやって文字に起こすことで、何かしら記憶の整理のようなことが出来るかもしれないと思ったことも、文章として残す理由の一つだ。想像し難い光景だとは思うが、ご容赦頂きたい。
映像は『宿主』である女性が道端で倒れる直前から始まっていた。
画面の端で、女性が突然胸を押さえてうずくまる姿が映し出されていた。女性の異変に気づき、周囲の人間が集まってくる。撮影者も何事か気になったのか、信号待ちの車の窓にカメラを押し付け様子を撮影し始めた。
少しして、突然女性の背中や首元から、細い管のようなものが皮膚を突き破り姿を現した。女性の様子を遠巻きに見ていた野次馬たちが悲鳴を上げ、散り散りになって逃げていった。
運転席の男も逃げようとハンドルを回すが、撮影者の男性の声で踏み留まった。女性はうずくまったまま動かなかった。管から粘液が溢れだし、徐々に女性を包んでいく様子を、撮影者は撮り続けた。
少しの間辛抱していた運転手がアクセルを踏み、車を発進させた。撮影者が文句を言うが、運転手は聞き耳を持たずその場を離れた。運転手も撮影には肯定的らしく、ある程度離れると再び車が停止した。撮影者は窓から身を乗り出し、カメラをズームして女性の姿を再び撮影し始めた。
女性の全身はゼリー状の粘液に包まれ、三メートル程の粘液で出来た球体の中心に囚われていた。球体の表面が徐々に濁り、中の様子が見えなくなっていく。
表面が赤茶けた何かに覆われ女性の姿が完全に見えなくなった瞬間、球体から突然手足のようなものが生え、瞬く間に化物へと変貌した。運転手と撮影者の悲鳴が響き渡った。
新たに生まれた化物が活動を始め、近くの店の中に飛び込んでいった。ガラスがはじけ飛び、店の中から人の体と思しき物体が吹き飛んでいった。撮影者が恐怖に泣き喚きながら、運転手に車を出すよう懇願した。
運転手は既に車を全速力で走らせていた。カメラの映像には、大勢の人が逃げ惑い、そして弾け飛んでいく様子が少しの間収められていた。その後車がカーブに入り、それと共に映像がフェードアウトした。
これが僕の見た映像の内容だ。
僕が『蜥蜴』に変身する時は、傷口から溢れだした血が装甲を形成し、僕の神経や感覚とでも言うべき意識がそのまま肥大化する。だが、女性の映像を見る限り、発芽する時の様子は少し異なっているようだ。
身体の中から管が現れ、そこから恐らく敵の装甲……外皮を形成するための液体が溢れ出す。そして目には見えないが、宿主の身体を取り込んだ後は鳥の雛のように、球体の中で怪物としての姿が形成されるのだと思う。宿主の身体は言ってみれば核という訳だ。
敵の発芽についての記述は一旦ここで終わりとする。これより物語を先に進めたい。
「――悠斗。時間だ」
神様が目の前に現れ、淡々と僕に告げた。
「……またか……。今度はどこだ?」
「また遠いぞ。あっちだ、北東におよそ三百九十キロメートル」
僕の問いかけに反応して、神様が指を指した。
「……遠すぎる。僕には助けられない……」
僕はうつむき加減に言った。いくら自衛隊の兵器が通用すると言っても、僕が戦うより被害が大きくなる可能性は高いことは明らかだ。だが、神様は助けてくれないことも明らかだった。僕が自分の力で助けられる範囲は、せいぜい神奈川県全域くらいだろう。その事実が僕の心を苦しめた。
だが何も出来ないことには変わりはなかった。僕はテレビをつけると、速報の映像を食い入る様に見つめた。
「お」
しばらく経って神様が小さく呟いた。テレビの画面では、自衛隊が敵を包囲し始めていた。これから戦闘を始めるようだった。
「もう一つ芽吹いたぞ」
「は? 嘘でしょ……!」
二匹同時に発芽するのは初めての経験だったから、この時の僕には到底信じられなかったのだ。
「私は嘘を吐かないぞ、悠斗。……こっちだな。西に二十キロメートル」
「二十キロ!? すぐ側じゃないか!」
僕は椅子を跳ね飛ばして立ち上がった。鞄の中からカッターナイフを取り出しポケットにねじ込み、玄関へ向かった。
「今回は助けに行くのかい?」
「当たり前だろ! 二十キロなら、変身すればすぐだ。助けられる命は助ける、全力で」
僕は家を飛び出し、人目につかない林を目指して走り始めた。家を出る時に念のため楓が居ないか気にしてみたが、現れるような気配はなかった。当たり前かもしれないが、少しだけ寂しい気持ちもあった。
林の中に入り少し奥まで行くと、僕は辺りをしっかりと見渡し人が居ないことを確認した。
左腕を上げ、カッターナイフの刃を出した。ナイフをあてがう時に、僕は左手にくっついた黒っぽいカサブタに気がついた。
まだ傷が治りかけなのだろうと思いすぐにカサブタを意識から消した。カサブタが無い別の場所に刃を当て、軽く力を入れてナイフを引いた。傷口から血が溢れ、僕の身体を包み込んでいく光景は、いつ見ても背筋に鳥肌が立つ光景だ。
気づけば僕の身体は『蜥蜴』へと変貌していた。
(神様、どっちだっけ?)
僕は心の中で神様に問いかけた。迂闊に喋ると、日本語の代わりに咆哮を上げてしまう。そんなことをすれば人が寄ってきてしまうだろう。
「あっちだ」
神様が木の間をふわふわ漂いながら腕を伸ばした。僕は一度周囲を見てから、四足獣独特の地面を這うような動きで林を抜けた。
二十分程走ると、目の前に発芽した敵の姿が現れた。
敵は人間がブリッジをしたような見た目をしていて、昔見た悪魔祓いの映画を僕は思い出していた。人のブリッジと違う点と言えば、足に当たる部位が途中で三又に分かれていたことと、そもそも頭部が無いことだろう。どこでものを見ているのかとかは考えないようにしていた。考えても無駄なことは、考えない方がいい。
僕の姿を見て住民達が悲鳴を上げる中、極僅かな人数だが応援するような言葉を発していたのを、僕の鋭敏な聴覚が捉えていた。僕の心は、少しだけ興奮していた。怪物の見た目をしていても、わかっている人にはわかっているのだ。僕が町を守るヒーローだということを。
そんな風に、この時の僕は思っていた。
僕の存在に気づき、敵がどこかから金切り声を発した。空気が震え、逃げ惑う人々の足を止めた。
僕はひょろ長い手足で立ち上がり、負けじと叫び声を上げた。気分は怪獣大戦争だった。
大きく振りかぶった一撃が敵の中心部を貫き、風穴を開けた。