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二節 戻れなくなった

 腕に感じる重みが、これまで戦ってきた相手とは違うことを証明していた。

 弾丸かと見間違う程の速度で突っ込んできたそれは、僕の両腕の中で回転し、あろうことか僕ごと押して前に進もうとさえしていた。


 回転するそれは、ラグビーボールのような楕円形の形をしていた。先端部分にいくにつれて細くなっていたし、どちらかと言えばスポイトというような表現が適切だろうか。尻――と思われる膨らんだ場所――から何らかの物質を噴出し、まるでロケットのように推進力を得ていたようだ。このスポイト状の敵の幅は直径にしておよそ一メートル程なのに対し、全長は七メートル程はありそうだった。細長く、槍による突撃攻撃チャージを思い浮かばせた。

 ひとまずこれを、赤スポイトと命名しておく。――実際のところ、名前など何の意味もなさないのだ。ここではあくまでも、その当時僕が感じた印象から名前をつけておくことにしているが、警察発表のちゃんとしたコードネームも存在している。気になる人がいれば、序章で扱ったようにアーカイブを調べてみて欲しい。残っているはずだ。


 ――さてこの赤スポイトだが、先程切り裂いてやった赤イヌや以前の赤イモムシの装甲よりも、僅かに黒さを増した外皮を纏っていて、これまでの敵よりも更に強さを増していたことがわかった。

 その証拠と言わんばかりに、恐るべし力で移動するこの敵は依然として回転を続け、遂には僕の手から逃れてしまった。このような事態は初めてだった。物語が始まってから既に三ヶ月以上が経過していたし、敵も『宿主キャリアー』の欲望を溜め込んで強くなってきているのかもしれなかった。

 幸運にも、赤スポイトは後ろにあった横須賀基地の方向から逸れ空中に投げ出された。数メートル上昇し、重力に従い真下に落下してきた。後部に折りたたまれた二本の足――もしくは腕――を展開し、僕の目の前に着地した。


 二本の足でバランスを取って立つその姿は奇妙としか言えなかった。長い長い槍のような部分を支える器官が存在しないから、酷く歪な見た目をしていたのだ。顔や目に相当する部位がなかったのも、その不気味さに拍車をかけていた。

 赤スポイトと相対し、僕が数秒の間様子を見ていたその時、突如として槍の先端が開き何かが発射された。移動する速度よりも更に早く、音を置いていってその何かが僕に接触した。

 何かが命中した衝撃で、僕は肩をのけぞらせた。衝撃だけで痛みはなかった。高速で発射された弾の正体はわからなかったが、少なくとも僕に対して有効打にはならないらしかった。


 だがその衝撃の余波が僕の左右に散り、周囲の民家を破壊した。瓦やガラスが吹き飛び、土煙が上がった。僕にはよくわからないが、ソニックブームとか、そういう類の現象だと思われる。

 周囲の民家が破壊されたことに驚き僕が視線を逸らしてしまった瞬間、脇を通り抜けようと、赤スポイトが何か――推進剤に類するもの――を噴出して飛んだ。

 僕は咄嗟に、サッカーのゴールキーパーよろしく横に跳び赤スポイトをキャッチした。両腕が進行方向に持ってかれ、体勢を崩して地面を転がってしまったが、どうにか横須賀基地への突撃は防いだ。

 しかしその代わりに民家に突っ込んでしまい、クッションにされた家々はソニックブームを受けた時よりも酷く……ありのままを言えば、粉々に踏み潰されてしまった。

 僕の身体を大きくする利点として、速度上昇などが挙げられたが、同時にデメリットも存在していた。その代表例がこれだろう。単純にサイズが大きくなるので、派手に動き回ると周囲への被害が拡大してしまうのだ。狭い日本の住宅事情とは致命的に噛み合っていなかったと評価するしかない。


 僕を排除しないと先に進めないと判断したのか、赤スポイトは再び地面に着地すると、今度は僕に向かって突進を始めた。体勢を立て直そうとしていた僕の胸に直撃し、接触した瞬間に槍の先端から弾丸を発射した。

 しかし僕の装甲は傷つかず、逃げ場をなくした衝撃が赤スポイトに返っていってしまった。槍の先端がひしゃげ、身体の中から悲鳴を上げた。

 僕は即座に槍を掴み持ち上げた。丁度、フックで吊り下げられた魚のような形だ。

 赤スポイトが二つの足を展開させ、僕に蹴りを入れながら推進剤を噴出し始めた。先端が折れ曲がっていたことと、僕に掴まれたままだったことが影響してか、赤スポイトは上に飛ぶことは叶わず、僕ごと反転して地面に叩きつけられた。道路が砕け、水道管が破裂して大量の水を周囲に撒き散らした。


 僕は尻尾を使って赤スポイトの後部を押さえ込み、マウントポジションを取った。赤スポイトも負けじと足を振り回していたが、僕には一切のダメージは通らなかった。空いていた片手でそれを引きちぎり、ついでに槍を根本から折ってやった。

 折れた根本から茶色い体液を噴出させ、赤スポイトが絶叫した。反対に僕は、勝利を確信し雄叫びを上げた。二つの化物の叫び声が周囲を揺らし、空に溶けていった。

 トドメを刺そうと、僕は赤スポイトの身体を引き裂き始めた。これまで以上の抵抗感だったが、やがて結合が弱まり、赤スポイトは縦に割れた。さなぎのような見た目をした肉の塊を内部で見つけ、僕はそれに爪を立てた。


 中には予想通り『宿主キャリアー』が収納されていた。握り潰さないよう気をつけつつ『宿主キャリアー』の身体を掴むと、肉塊から引き抜いた。身体と繋がっていたへその緒状の繊維が千切れると共に、赤スポイトはか細く悲鳴を上げ、姿を消していった。

 硬い外皮がどろどろに溶けていき、溶け出した先から蒸気を噴出しながら体積を減少させていった。僕は赤スポイトの消滅を確認すると、『宿主キャリアー』をその場に残し鎌倉へ向け帰還した。


 正直なところ、あまり基地の側に長居したくないという気持ちがあった。今の僕の姿を楓に直接見られるのは居心地が悪かったし、自衛隊との繋がりを勘ぐられても面倒なことになるだけだと思ったからだ。

 鎌倉へ向けて駆ける僕の真上で、マスコミのものらしきヘリコプターがぴったりくっついて追従していた。やかましいし、毎度毎度逃げる時に邪魔だったせいか、僕は思わずヘリコプターに振り向き短く咆哮してしまった。ただの機械的に吠えたものではなく、殺意を込めたものだ。

 ヘリコプターの操縦士が歯をガタガタ打ち鳴らし、僕を見下ろしていた。このまま付けたら殺してやろうという僕の気持ちが伝わったのだと思う。ヘリコプターはその場でホバリングを続け、僕を追いかけることをそれ以上しなかった。


 だが厄介なことに、マスコミのヘリコプターは一台だけじゃなかった。当然だ。日本国内にはいくつもの報道機関があったし、国外のメディアも僕の……というよりかは、日本がこの怪物騒動にどうやって決着をつけるか注目していた。

 いくつかのヘリコプターは僕の威嚇行動で追いかけるのを止めたが、中にはそれでも構わず追いかけてくるものもあった。その上僕が実際には行動を起こすつもりがないと判断するやいなや、飛行限界ギリギリの距離にまで近づけてきたのだ。

 このままでは、鎌倉に戻っても元の状態に戻ることはできそうになかった――そもそも、残った部位がほとんどなかった状態で元に戻れるのかという疑問はあったが。


 僕は仕方なく、鎌倉に戻るとそのまま江ノ島の方へ向かい、海に飛び込んだ。以前のように、イノデカさん達が海中に拾いに来てくれることを期待したのだ。この巨体をどうやって回収するのかはわからなかったが、海へ入ったことは把握してくれているだろうし、辛抱強く待てばいいだけだと、この時の僕は考えたのだ。

 だがそれも甘い考えだった。

 沖合の方にマスコミの関係者が乗っていると思しき船が出ていたのだ。僕が飛び込んだ辺りをグルグル回り、強烈なサーチライトで海中を照らし始めた。

 海底を進んでいた僕はあえなく発見されてしまった。どちらの方角へ進もうとも、船は一定の距離を保ってついてきていた。これでは、前にやった海中バイクでの救助や、それに似たなんらかの作戦行動は取れないことは明らかだった。


 僕は苛立ちで体内が煮えくり返りそうになっていたが、それを必死でなだめた。ここで怒りに身を任せれば、マスコミの人間を捻り潰してしまっただろう。

 僕個人の、倫理観とかそういうものを抜きにした正直な感情で言えば、そうしてやりたかった気持ちがなかった訳ではない。思い留まれたのは、ひとえに楓の存在があったからだろう。

 楓にだけは、二度と嫌われたくなかったのだ。世界に嫌われたとしても、彼女にだけは嫌われたくなかった。

 しかし嫌われようがなんだろうが、マスコミを撒いて離脱しないといけないことに変わりはなかった。誰の犠牲も出さずに。

 そこで僕はふと思い立ち、神様を呼んだ。心の声に従い、神様が海中に姿を現した。


「なんだい悠斗?」


 神様が海中を漂いながら尋ねた。僕は適当に辺りを移動しながら話しかけた。


(僕がこのまま変身を続けた場合どうなるの?)


 今まではそれなりに人間としての部位を保っていたのでその度に変身を解除していたが、最早僕に残された人間部分は頭部だけだった。それも、今回の変身を解いたらどうなるかわからなかった。ならばいっその事、そのままでいてもいいんじゃないかと考えたのだ。

 既に排泄やらはできなくなっていたし、人間としてやりたいことと言えば楓と話すことぐらいだった。楓と話せなくなるのは何よりも辛いが、それも時間の問題だった。ある意味、人間を捨てるにはいいタイミングだと思えた。このまま全ての敵を倒しても僕の身体はそのままなのかもしれないが、楓が無事ならば、それでいいと心から思っていた。


「とくにどうもならない……ということはない。君に残っていた人間部分の侵食は時間に依るものだ。長く変身を続ければ、その分装甲に覆われる」

(ちなみに僕に残ってる人間部分はあとどのくらいか教えてくれたりする?)

「構わないよ」そう言って、神様は一瞬目を瞑った。「――ふむ、考えるだけ無駄だったかもな。もう頭頂部ぐらいしか残らないね。変身を解かなくても変わらないんじゃないかな」


 頭頂部だけ人間というのはどうにも想像ができなかったが、やはりもう元には戻れないらしかった。

 どうせ戻れないなら、今まで聞けずにいた今後のことも聞けるかもしれないと考え、僕は質問を続けた。


(全身が侵食されたらどうなる?)

「こっちはどうもならないよ。もちろん人間の時みたいに喋ったりはできない。一生その姿のままってことだね。ああそうそう。サイズの変更は変身を解かなくてもできるようになるよ。念じれば、装甲の再構築を行う。ただし最低サイズっていうのがある。これは最初に変身してた時みたいに、三メートル程のサイズだ」

(なるほど。ありがとう)

「どういたしまして。まだ質問はあるかい?」

(特にこれと言ってないんだけど……少し話をしない? もう喋れる相手が君しかいないんだ、僕は)

「付き合おう。ただ、私から話題の提供はできないぞ。私と人間は違う。世間話、というものは私には存在しない」

(それでいいよ。ただ、気を紛らわせたいだけなのかもしれないし。とにかく……その、もしできればいいんだけど、話題がなくなっても、いなくならないで欲しい)


 僕は海底を歩き続け、適当な岩場の影に入った。小さな――あくまでも今の僕にとっては――洞窟のようになっているらしく、僕は奥に身を隠して腰を下ろした。船のサーチライトが洞窟の入り口辺りをしきりに照らし、僕を探していた。


「なぜ悠斗は、私にいなくならないでと願うんだい?」


 神様が僕の肩に座り尋ねた。不思議と温かかったし、重さも感じられた。神様が作った『蜥蜴リザード』だからこそ、神様に触れられるのかもしれない。


(さっきも言ったでしょ、話し相手が欲しいんだ)

「だが、君は話題がなくてもここに残ってくれと言った。それでは『話し相手』にはなれないよ?」

 神様は心底不思議という様子で、大きな瞳を揺らしていた。

(人は……孤独には耐えられないんだよ。どれだけ孤独に見える人だって、どこかしらで他の人との繋がりがある。でも僕が今繋がれるのは……君だけなんだ、神様)

「だから、一緒にいて欲しいということかい?」

(……うん、そういう感じ)


 僕が頷くと、神様は「なるほどねぇ。次作る時の参考にしよう」と呟きながら僕にもたれかかってきた。装甲を指でつつき小さく笑う。


「君達人間を作ったのは私なのに、私の知らないことが沢山あるのはなんだか不思議だね」

(そうだね。でも、だからこそ、いいんじゃないの?)

「どういうことだい?」


 神様は珍しくキョトンとした表情を浮かべて僕に訊き返した。


(だってさ、そうやって隙間があるからこそ、僕らはいろんな世界を作れるんだと僕は思うんだ。自分にないものを僕らは補い合って生きている。それは神様も同じだよ。じゃなきゃ、人間ぼくらを作って世界を作らせようなんてしない)


 自分にはないアイデアを人間が出すことで、新しい世界を創造する。神様がやっていることは、こういうことだと僕は思ったのだ。


「ふむん……君の言う通りかもね、悠斗。確かに、君を始めとして人間達の考える世界は面白かった。――使えないのがほとんどだったけど。でも面白いと感じるのは、きっと人間が、私の手を離れて成長してくれた証拠でもあるんだろう」


 そう言って神様は笑顔を見せた。表情の変化に乏しい神様だったが、この時は確かに笑っていたと思う。

 それから僕と神様は身を寄せ合い、暗い海の底でじっと座っていた。

 気づけば捜索を諦めたのか、洞窟の入り口部分で揺れ動いていたサーチライトの光は消えていた。

 様子を見に行こうか悩んでいると、神様が僕の膝を叩いた。


「君を探していた奴らは諦めたみたいだぞ。夜になったし、視界が悪くなったのだろう」

(なんだか協力的だね)


 今までの神様だったら、マスコミの動きなんて僕に教えてくれなかっただろう。


「そうかい? ……そうかもね」


 神様は小さく呟き、目を細めた。


(もうしばらく待ったら、自衛隊が来るかなぁ……)


 洞窟から顔を出しつつ僕は心の中で呟いた。神様に、なんとなく話しかけたいと思ったのかもしれない。

 しかしそれから数時間が経っても自衛隊がやってくることはなく、結局その日はそのまま朝を迎えてしまった。

 どうやら人間の身体を失った影響で、睡眠さえも必要なくなってしまったらしく、僕は一晩中神様ととりとめのないことを喋り過ごした。普段の生活だったり、神様が作った世界がどんなものなのか聞いてみたり、本当に他愛もない、”世間話”だった。


 動くに動けず、僕は洞窟の中でじっとしていた。微動だにせず、神様と心の中で会話を続けながら、海流で砂が流れていくのを眺め続けた。

 気づけば、十一日経過していた。その間一度も、自衛隊はおろかマスコミも現れなかった。どうなったのか気にはなったが、僕には地上の様子を知る手段がなかった。神様も流石に教えてくれなかった。

 僕は身体に積もった砂や海藻を振り払うと、洞窟を抜け由比ヶ浜に上がった。海を眺めていたらしい若いカップルが、僕を見て悲鳴を上げながら、スマホを弄り写真を撮り出した。

 僕はカップルを無視し、北を見た。神様が山の向こうを指差している。

 新しい敵が、また現れていた。


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