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二節 実験をした

 イノデカさんが用意した車に揺られ、僕達は横須賀の基地に移動した。

 車を降りた僕を自衛隊員達が好奇の目で一瞬見たが、すぐに表情を引き締め直した。異形の腕を見たと考えれば、当然の反応だっただろう。むしろ、どう見ても人間じゃない何かの腕が付いた僕を見て、よく大きな反応を見せなかったとさえ思う。

 楓は自衛隊員に囲まれたことに緊張しているのか、不安げな表情をしていた。恐らく僕も似たような顔をしていただろう。

 イノデカさんに連れられ、僕と楓は基地の中に入っていった。


「湊さんはこちらへ」


 イノデカさんと同じようにスーツを着た男が現れて、楓を別の部屋へと連れて行こうとした。楓は少し待つように言うと、僕に近づき顔を見上げてきた。


「悠斗。絶対に無理はしないで。嫌なことはちゃんと嫌って言うのよ? 一人じゃどうしようもなかったり、わからないことがあったら、相談しなさい。私や朋美、それにおばさん、いろんな人があんたの助けになってくれるはず」

「楓は僕のお母さんか?」

「茶化さない。いいわね? 『命令』よ」

「……わかった。何かあったら、ちゃんと言う。楓に頼るかも」

「それでいいの。じゃあまた後でね、悠斗」


 そう言って楓はスーツの男と共に歩いていき、僕はイノデカさんに連れられ基地内のとある部屋に通された。会議室、とだけプレートには書かれていた。


「今人を呼ぶから、ちょっと待っててください」


 イノデカさんが言い残し、会議室から出ていった。五分程で再び扉が開き、今度はイノデカさんと、二人の男が部屋に入ってきた。二人は自衛隊の制服に身を包んだ中年の男だった。二人共日に焼けた健康的な肌をしていて、身体も鍛え抜かれていることが服の上からでも見て取れた。

 二人の自衛官が並び、僕の前に立った。イノデカさんが僕から見て左にいた自衛官を手で示した。


「こちら、陸上自衛隊の岡山おかやまです」続けて右の自衛官を示した。「こちらは航空自衛隊の杉部すぎべです。二人には、悠斗くんとの話し合いに参加してもらうために呼びました」


 イノデカさんが紹介を終えると、岡山さんと杉部さんが同時に、一糸乱れず綺麗に腰を曲げてお辞儀をした。慌ててお辞儀を返すと、岡山さんが僕に話しかけた。


「あまり固くならないでください。緊張するかもしれませんが、リラックスを」


 岡山さんが優しそうな笑みを浮かべて言った。ただ、優しそうな表情とは裏腹に、声は低くどこか迫力のあるものだった。怒っているという訳ではなく、それが素なのだろう。


「すみません、ちょっと……混乱してて」

「無理もありません、普通の人生を送っていれば、このような場所に入ることもありませんからね」杉部さんがやはり低めの声で頷いてみせた。「――ですが、今は普通の状況ではありません。お話を伺ってもよろしいですか?」


 杉部さんは笑みを浮かべたままではあったが、雰囲気は真剣そのものだった。茶化したり、誤魔化すことは許されないような空気を、会議室に充満させていた。

 イノデカさんに促され、僕達は椅子にかけた。向かい合うような形で座ると、イノデカさんが切り出した。


「早速で申し訳ありませんが、私に話してくれたこと、君が知っている限りを二人にも話して欲しい」

「……はい。荒唐無稽な話だと思いたくなるとは思いますが、全て真実だと、誓います」


 僕はそう前置きをし、神様との出会いから今までの戦闘のことを岡山さんと杉部さんに伝えた。

 話を聞き終えた岡山さんと杉部さんが二人揃って同時に顎を撫でた。視線を交わし、目で会話したかのように頷いた。岡山さんが切り出した。


「その……神様っていうのはよくわかりませんが、悠斗くんは敵の出現位置がわかるんですね?」

「はい。ただし、あくまでも出現してからに限定されます。敵が出現したことを教えてくれるのは神様なので、どうしても遅れます」

「ってことは、なるべく全国の人が集まる場所には集中して戦力を配備すべきか……」


 杉部さんが小さく呟き、唸った。イノデカさんが呟きに反応し、その考えを否定した。


「いや、鎌倉市に住んでいた人間が『宿主キャリアー』になっているのだから、夏から今までの間で鎌倉を出た人間を調べ、そこに戦力を置けばいい。もちろん、その他の地域でも警戒は続けるべきだが」


 どうやらイノデカさんの方が、自衛官の二人よりも立場が大きいらしかった。僕に対しては敬語で話していたはずのイノデカさんは、岡山さんと杉部さん相手だとそれを崩していた。


「それと、敵の強さが変わるって点も気になります」岡山さんがイノデカさん向かって喋った。「今までは通常兵器で対処ができていましたが、今後通用する保証がなくなってしまいました」


 岡山さんが言っていたのは、敵の強さは欲望の深さで決定されるというルールのことだろう。これまで発芽していない『宿主キャリアー』の中には、僕……『蜥蜴リザード』と同程度の能力を持った化物が生まれる可能性もあった。


「『物語』が終わる条件もわかりません」杉部さんが付け加えた。「どうしても後手後手に回ってしまいますね。これでは……戦闘の度に少なくない犠牲者が」

「そればかりは、悠斗くんに任せるしかない」イノデカさんが悲痛な面持ちで僕を見た。「我々にできることは本当に少ない。全力は尽くすが、できれば……早めに終わらせてもらいたいとこです」


 そう言って、イノデカさんは苦笑した。岡山さんと杉部さんも、自嘲するように笑った。僕も似たような表情を浮かべていただろう。

 イノデカさんが岡山さんと杉部さんに向き直った。


「とにかく、我々は我々の責務を果たす。悠斗くんから出現位置を伝えてもらったら、迅速に部隊を展開、可能な限り素早く仕留めるんだ。朋美さんが助かったケースから考えて、中身を助ける猶予は一時間もない」

「『宿主キャリアー』を傷つけないように気をつけてください」僕はイノデカさんの後に続いて口を開いた。「核になる場所……大体は敵の中心部に『宿主キャリアー』が取り込まれているみたいなので、素早く倒そうとして高火力をぶつけ過ぎると、中身を傷つけてしまうかも」


 幸いにもこれまで僕は中身を傷つけた経験はなかったが、それは僕が手足を使って戦っていたからだ。直接触れて戦う分、加減や位置の調節がしやすい。だが自衛隊の銃火器ではそうはいかないだろう。運が悪ければ、銃弾やロケットなんかの衝撃で『宿主キャリアー』がダメージを負うことは、簡単に想像できた。無傷で助けたトモちゃんでさえ、命が危ぶまれる程衰弱していたのだ。『宿主キャリアー』にダメージがいけば負担は小さくないだろう。

 少し考えるように杉部さんが顎を撫でた。ややあって、手を挙げ発言した。


「釘打ち機のようなもので拘束して、腹を割くのはどうでしょう」杉部さんが自分の手を怪物に見立て、ペンを突き刺すように動かした。「相手の形状などにもよると思いますが、動きを拘束してからなら『宿主キャリアー』に飛び火することも少なくできます」

「……ふむ。悠斗くん、次の敵は四日後に出現でよかったかな?」

「そうですが、これもあくまでも目安です。『宿主キャリアー』の状態によって前後するので」

「とりあえず三日間あると考えておこうか。この時間で、敵の装甲を貫けるような……釘打ち機が用意できるか?」


 イノデカさんが岡山さんと杉部さんに尋ねた。二人共渋い顔をしていた。


「流石に……三日では難しいと思います」岡山さんが眉を結んで言った。

「だろうな」イノデカさんが頷いた。「だがアイデアは悪くない。怪獣との戦闘というより、解体作業と考えるべきかもしれんな。刃やドリルがどれだけ効果を発揮してくれるかはやってみないとわからないが、バカスカ撃って仕留めるよりいい」


 この考えには僕も同意見だった。少なくとも、人間の兵器がまだ十分に効果を発揮してくれている段階なら、やれることは全てやってみるべきだろう。

 釘打ち機を使用した化物解体作戦は『マグロ』と命名された。ちなみに発案者は僕である。解体作業と聞いた時になんとなく、魚市なんかで時々開催されるマグロの解体ショーが頭の中に浮かんだのだ。

 『マグロ』の準備は次の襲撃には間に合わないので、その次の出現までには間に合わせるよう急ピッチで作業を進めることとなった。イノデカさんがどこかへ電話し、準備を整えるよう要請したらしい。


「――ところで、悠斗くんが鎌倉以外の地域に出向くってのはナシなんですか?」


 話がある程度落ち着いたところで、岡山さんがそう尋ねてきた。


「基本的にはない」イノデカさんが僕に代わって岡山さんに言った。「次の出現位置が事前に悠斗くんにもわからない以上、どこに待機させるのかという問題が常に発生する。複数体同時に現れた時の対応も含め、悠斗くんの負担を増やす訳にはいかない。……君が悠斗くんと同じ立場だったとして、自分の生まれ育った街から離れようと思うか?」

「…………そう言い切れる自信は……ありません」

「私もだ。人間の命は平等と言うがな、それは種としての話だ。人間には個々の意思がある。一人の人間という立場で考えれば、身近な人や故郷に住む人の方が優先度は高い。悠斗くんにだけ、個を捨てろなんて、誰が言える?」


 イノデカさんが眉間の辺りを揉みほぐした。大きく息をつき、僕に向き直った。


「……だがもしもの可能性として、鎌倉以外の土地に我々の兵器が通用しない敵が現れた時は、どうか……助けて欲しい」


 イノデカさんが頭を下げるのと同時に、岡山さんと杉部さんも頭を深く下げた。


「……努力は、します。ですが――」僕は装甲に覆われた左腕を見せた。「いつ、全身がこれ・・に覆われるかわかりません。そうなった時、僕自身がどうなるのか、全くわからないんです。意識がそのまま残るのか、それとも他の敵と同じように暴走するのか……」

「もしそうなった場合、我々に悠斗くんを拘束することが出来ると思いますか?」


 イノデカさんが尋ねたが、僕は首を横に振った。


「神様によれば、僕の力は『主人公』としての力らしいです。他の敵と違い、地球上の兵器じゃ傷をつけられないと言っていました」


 実際これまでの戦闘でかすり傷一つ負っていないことからも、その能力は証明済みだった。

 しかし実際に見た訳ではないイノデカさん達にはにわかには信じ難いことだったらしかった。杉部さんが手を挙げ提案をした。


「……本当に我々の武器が効かないのか、試してみる訳にはいきませんか?」

「試すとは?」


 イノデカさんが訊き返した。


「その……腕に、銃を撃ってみるとか」


 杉部さんは銃と言ったが、実際はもっと強烈なものになるのではないだろうかと僕は予想をつけた。そしてすぐにその予想は正しかったと知った。


「普通の銃って訳ではないよな?」


 イノデカさんの質問に、杉部さんは頷いた。


「対物ライフルを。生身の部分に影響が出ないよう配慮は勿論します」

「ち、ちょっと待ってください。対物ライフルって……大丈夫なんですか? なんか、粉々になったりしません?」


 自分の身体が千切れて吹き飛ぶ姿を想像してしまい、僕は慌てて尋ねた。対物ライフルについて詳しくは知らなかったが、人体に向けて撃つものよりも遥かに強力な銃だということだけは薄ぼんやりと記憶に残っていた。

 杉部さんが「大丈夫」と言い、その理由を説明し始めた。


「君のその腕は、人間のものよりも長い。先端部分だけを露出させるような形で腕と君の身体を保護すれば大丈夫だろう。勿論、衝撃で付け根から破壊されるようなことがないよう固定もしっかりする。先端の僅かな部分にだけ、弾を当てるんです」


 杉部さんは豆粒くらいの大きさを指先で示した。爪の先端部分だけを狙って対物ライフルを撃たせてくれということらしい。


「……どうですか、悠斗くん?」イノデカさんが尋ねた。「神様のことを信じるのであれば、撃たれても問題ないはずです。私達としても君の強さを確認できるし、弾の具合を見て敵に対する策を考えられるかも」

「変身するってのはなしなんですか?」


 岡山さんが口を挟んだが、僕は即座に否定した。


「すみませんが、それだけは。全身に変化が起きるまでにあと何回変身できるかわからない以上、こういうことで変身したくありません」一度言葉を切って、続ける。「――ですが、実験自体は構いません。身の安全がしっかり確保できるなら、ですけど」


 イノデカさんが頷き、すぐに実験の準備を進めるよう岡山さんと杉部さんに指示を出した。それから数十分という驚くようなスピードで、僕の装甲をチェックする準備が整った。

 屋内射撃場の一部を使用して、僕に対する攻撃実験を行うことになった。屋外でやらないのは、僕がマスコミなどに上空から目撃されないよう配慮してのことだ。

 実験の仕組みとしては、僕の腕の先端、指一本だけを露出させるような形で仕切りを作って行う形だった。金属製の装甲板で隙間なく腕を覆い、さらに僕の周囲に衝撃吸収材を設置した。スポンジのようなもので、生身の部分を保護しているような状態が近いと思う。

 人間の基準でいえば相当しっかり固定されていたが、僕の感覚でいえば、力を込めれば装甲板ごと吹き飛ばすことも可能な気がした。しかしそれは黙っておいた。


 正直に白状すれば、僕はこの実験は無意味だと最初から思っていた。神様の力を疑う余地なんて一切なかったし、今まで神様は、何かを言わなかったことはあっても嘘をついたことは一度たりともなかったからだ。

 実験はすぐに始まったが、僕の予想が覆されることはなかった。

 対物ライフルが発射されたであろう音が、隔離された僕の耳に僅かに届いた。しかし、露出させた指先には一切の痛みを感じなかった。ほんの僅かに、何かが接触したことだけは感じ取れたが、ほとんどないと言ってもよかった。いわゆる蚊に刺されたような痛みすら起きなかったのだ。衝撃が生身の部分に伝わることもなかった。


 杉部さんの提案で、爆薬を使ってみることとなった。僕は既に身の安全を確信していたので、断ろうという発想すら出てこなかった。

 衝撃を殺すための装甲板と、その影に隠れている僕を包んでいる緩衝材の強度を計算し、吹き飛ばさない程度の爆薬が指先にセットされ、実験が始まった。

 だが爆薬による実験も、対物ライフルの時と結果は変わらなかった。僕は指先から一切の衝撃を感じず、爆発したことにさえ最初は気づかなかった。

 僕を固定していた設備が外され、僕は左腕の先端を確認した。わかっていたことだったが、傷一つ付いていなかった。どういう仕組みかは考えるだけ無駄だが、生身の部分に対する衝撃は全て腕が吸収してしまったようだった。


 実験場にいた全員が、驚愕するような表情をしていたことに、僕は気づいた。少しだけ悪戯心が湧き上がり、爆発の衝撃を防いでいた装甲板の一部を左腕で持ち上げてみせた。重機を使って運び入れた装甲板を片手で持ち上げる様子を見て、自衛隊員達は再び声を漏らした。

 紙を潰す程度の気持ちで力を込めて握ると、装甲板は金属が擦れ折れ曲がる不快な音を立てながら、ひしゃげてしまった。

 手を慌てて広げると、金属板がけたたましい音を立てて落下した。

 僕を見つめる数多の瞳が、恐怖に揺れていた。

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