少年侯爵と天然メイド ~そして吾輩は犬である~
吾輩は犬である。正確には狼であるのだが、主が犬と勘違いしているのでこの際もう犬で良い。
吾輩の主は、とある侯爵家でメイドとして働いている。
おつむの方は少々残念な主ではあるが、器量はそこそこ、仕事もまあまあできる。
そして、主が仕えるはこの国の十大貴族がひとつフォーマルハウト家の若き当主。
齢十一になる少年である。
頭脳明晰で貴族然としたカリスマは在るものの、些か経験不足で頼りない。
これは頭でっかちの若と、行動力だけはある吾輩の主。
そして、名も無き犬である吾輩の物語である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ジャガイモ。ご飯だよー」
「ワン!(主よ。いつも言っているが吾輩はソレを名前とは認めん)」
「ほーら、アンタの好物いっぱい入れたからね」
「ワンワン!(だから吾輩は芋は好かん。主の田舎はそれしか食うものが無かったので、仕方なくひたすら食い続けていただけだ。というか犬に芋を食わすな。肥満になるだろう)」
「美味しい? 美味しいでしょ!」
「ハグハグ(自己完結するなら何故聞くのか。ことさら不味くはないが、ここ一週間同じ献立では流石に飽きる)」
「おいコラ、メイド」
ぬ、いつの間にやら若がやって来て、吾輩と主をジト目で見ている。
そんなに見つめても芋はやらんぞ。これは吾輩の食事だ。
「犬の飯作るのはいいんだが、俺の朝飯はどうした?」
「あ、すみません。すっかり忘れていました」
……主人より先に飼い犬の飯を作るメイドというのも新しいな。
しかし、主よ。吾輩が言うのも何だが、流石にそれはどうかと思うぞ。
「マジか。……ああ、もういいや。トリノの叔母上の所に行ってくるから支度手伝え」
「承知しました。あ、ちょっと待っててください。お台所の火の始末してきます」
「………」
「くぅーん……(若よ。言いたいことはわかる。だが主もあれでいろいろ考えているのだ。申し訳ないがこれでも食って少し待っていてくれ)」
「……くれるのか? ―――って流石に犬の食い残しとかいらねぇよ! つうか芋の皮しか残ってねぇじゃねぇか! 器用だなお前!?」
「―――若様、お待たせしました! あ、これ、蒸かしたジャガイモです。道中の馬車の中ででも、朝ごはんの代わりにどうぞ♪」
「アホか! 移動中に芋食う貴族が何処にいる! ホクホク美味しそうな匂いをさせて他の貴族に会いにいくとか―――ああっ、もう! いい匂いだなこんちくしょう!!」
ヤマ無しオチ無しなんとなく。