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女神は地上へ向かう

「武器を捨てて投降するんだ!」拡声器を持った男は相変わらずそう叫び続けた。彼は脱獄事件対処班の班長だった。


「班長、あと5分ほどで突入の準備が整います」拡声器を持った班長にに部下が近づいて耳打ちした。


「わかった。準備が整い次第突入だ。武器を捨てて投降しろと言って出てくる奴がどこにいる?結局は中に入って殺すしかないのさ」


 この場にいる全員がパラディオンの正確な戦闘力を把握出来ていなかった。上から伝えられたのは、脱獄犯二名を確保することと、そのうちの一人がパラディオンと呼ばれていて、人間離れした戦闘力を持っているということだけだった。班長はパラディオンの戦闘力を見くびっていた。人間離れしているとはいえ所詮は個人であり、圧倒的な物量で押せば幾らか犠牲者を出しても目的は達成出来るだろうと考えていた。既に50人近い人員がこのエリアに集まっていため、体勢を整えたら即突入出来るように班長は指示をだそうとしていた。


 班長はとても有能とは言えず、そのために「脱獄事件対処班」などという一生に一度出番があるかどうかわからない窓際部署に配属されていた。彼自身は自分が左遷されてこの部署にいるとは思っておらず、むしろ期待の表れとさえ捉えていた。彼にしてみればディーンとアリシアの脱獄事件は、昇進のための絶好の機会だった。彼の頭のなかは突入して殺すという単純かつ明快かつあまり頭の良いとは言いがたい作戦でいっぱいだった。


 もう一度拡声器で投降を呼びかけようとした時だった。両手を上げたディーンが武器庫の中から現れた。顔には青アザが出来ていた。班長は予想外の展開に射撃命令も確保命令も下すことが出来なかった。彼の中では脱獄犯が投降してくるなんてあり得ないことだったのだ。


「早く逃げてください!」ディーンは叫んだ。


「余計なことは言うな。質問に答えろ。お前はディーン=ミラーか?」班長は何とか落ち着きを取り戻し言った。


「ですが…」ディーンは口ごもった。


「いいから質問にだけ答えろ」班長はディーンに命令した。


「分かりました。私はディーン=ミラーです」ディーンは返事をした。


「何故投降してきた?」先ほどまで投降を呼びかけていたとは思えないようなことを班長は言った。


「誤解を解くためです」


「誤解ィ?なんだそれは」


 班長の頭の中は何故ディーンが投降してきたのかという疑問しか考えられなくなっていた。そのため、彼は自分の疑問を優先し、射殺や確保を無意識に後回しにしていた。


「私は脱獄犯ではありません」


「そんな馬鹿なことがあるか。お前がパラディオンと一緒に飛び回っていたのは何人もの兵士に目撃されている」


「それが誤解なのです。私はパラディオンと一緒に逃げたのではなく、パラディオンに人質にされていたのです」


「は?」班長は間抜けな声を出した。


「パラディオンは私を誘拐し、いざとなったら人質にして貴方達から逃げるつもりだったのです。勿論、そんな手は通用しません。貴方達はプロであり、パラディオンを相手取ったとしても、人質の有無は結果に影響しないでしょう」


「あ、ああ」班長はまんざらでもなさそうな表情をして言った。プロと呼ばれたのが気に入ったのだろう。


「待て、お前の言っていることを裏付けるものが何もないぞ」しかし、流石に班長はおだてられてすぐに気を許すほどの間抜けではなかった。


「トーマス=エーベルヴァイン少佐が証人です。彼は私が人質にされたのを知っています。大隊事務室にいる彼をパラディオンは襲撃しました。パラディオンはドッグタグを彼に要求しましたが、彼は当然それを拒否しました。パラディオンは私に銃を突きつけました。ご存知の通り、少佐は思慮深い御仁です。ここで自分が行動を起こすよりも、その道のプロに解決させた方が得策だと判断されたのでしょう。大人しくドッグタグをパラディオンに渡しました。このことを嘘だと思うなら少佐に確認を取ってください」ディーンは少佐のドッグタグを班長に見せて言った。


「そうか、少佐か…」班長は呟いた。少佐は班長とは真逆の人物だ。人格もだが、出世に関しても対照的だった。少佐の名前は多くの人に知れ渡っていて、班長もその名を知る一人だった。班長とは比べ物にならない少佐が、班長を頼ってあえて行動を起こさなかったというのが班長は気に入った。しかし、彼の頭のなかではあくまでそれがディーンの想像だということが抜け落ちていた。


「パラディオンは武器庫へ行き、戦闘するための武器を持って行きました。私はそこで一瞬の隙を突きパラディオンに拾った拳銃で発砲しましたが、弾は壁に当たりました。代わりに飛んできたパラディオンの拳は私の顔を捉えました」ディーンは何が起こったのかを語り出したが、それを止める者は誰もいなかった。


「それで?」班長は話に聞き入っていた。部下の方も班長が何も命令を出さない以上行動を起こさなかった。


「私は壁にふっとばされて気絶しました。次に目を覚ました時には、パラディオンはどこにもおらず、代わりに外から投降を求める声が響いていました。私はそれを聞いてここに出てきた訳です」


「つまり、ここにはもうパラディオンはいないのか?」わかりきったことを班長は聞いた。


「そうです。それだけではありません。パラディオンは爆発物を集めていました。ここからは私の推測ですが、パラディオンは私を囮に使ったのではないかと思います。兵力をここに集中させて、そして」


「爆弾か?」班長はゆっくり唾を呑み込んだ。


 まだ確かめていませんが、その可能性が高いように思われます。少し静かにしてください」


 その場にいた全員が黙りこくった。するとごく小さな時計の針が動くような音がしているのが全員の耳に入った。


 静寂を最初に破ったのは班長だった。彼は武器庫と逆の方向に走り始めた。部下がその行動の意味を理解するのに少し間があった。


「撤収―――――――――――――!」理解の一番速かった部下が叫んだ。


 多くの班員がその言葉で我に返った。我先にと武器庫から逃げようとして大混乱が起こっていた。ディーンはその背中を見送った。彼を気に留めている者は一人もいなかった。

 

「馬鹿かあいつら」武器庫から出てきたアリシアは言った。面白い見世物だったでも言いたげだった。


「馬鹿だからこんなところで仕事してるんだろ。ところで、お前のパンチめちゃくちゃ痛かったぞ」ディーンは言った。青アザを作るためにアリシアに顔を一発殴ってもらったのだが、彼女は軽く殴ったつもりだろうが、危うくディーンの歯が折れるところだった。


「おだてられたら調子に乗り、権力には憧れているが、危険があれば真っ先に逃げ出す。道化としては一流だが、脱獄犯の相手をするにはいささか能力不足だ」アリシアは青アザの話に触れずに言った。


「道化として収まってくれてればもう少し幸せな人生を送れていたかもしれないな」


「しかしなあ、ぷっ、ぷは、ぷへあへへええへええへえへ」アリシアは不気味な笑い声を上げた。


「どこに笑う要素があった」ディーンは笑い声にはあえて触れずに言った。


「何が『誰も死なない作戦』だ笑わせる。相手の頭が普通以上だったら間違いなくお前は蜂の巣にされてたぞ」アリシアは笑いすぎて出た涙を拭いながら言った。


「そうだろうな。だが、俺はちゃんと相手を選んで実行したぞ」


「てっきりもっと誰もが驚くような奇策を持ってくるものだと思った」


「それが出来たら兵士なんて辞めて、本に囲まれた部屋でペンを握っているだろうさ。兵士の仕事は奇を衒うことじゃない。負けないことだ」


「やっぱり面白いな、お前は」


 褒め言葉として受け取っておく。さあ、地上へ向かうぞ」そう言って小銃を取りにディーンは武器庫の方へ歩き出した。

 

「ああ、私はもう準備出来てるよ」そう言うアリシアはいつもの硬い口調とは裏腹に、普段より人間的な笑顔を見せていた。


 



 ディーンとアリシアは最下層エリアを難なく抜けだした。要塞というのは外からの攻撃に対しては強固だが、内部からの攻撃というのは基本的に考慮されていない。内部からの攻撃を防ぐためには兵士を使うことになるが、パラディオンに対して兵士は全く有効ではない。つまり、二人がただここを抜け出すなら問題はほとんどなかった。


 下層エリアに入ると擬似太陽の光が二人の顔を照らした。ここには最低限の防衛設備しか配置されていなかった。良い家畜を育てるのに機関銃や戦車は不要だ。ここにあるのはトラクターなどの作業機械と、農家の人間だけだった。空を横切るパラディオンの姿を見て麦わら帽子をかぶったおばあさんは腰を抜かしたが、当然発砲などしてくるはずもなかった。二人はこのエリアを最速で突破した。


 中層エリアでは多くの普通の人間が生活をしていた。軍人はここでは少数派であり、スーツを着た、見ている方が憂鬱になるサラリーマンが多数派だった。休憩時間に昼ごはんを食べに行くサラリーマンは空を飛ぶパラディオンを見て、大型の鳥だと判断した。彼らの想像力は労働により大きく減退させられ、空を飛ぶのは鳥だけだという固定観念に囚われていた。サラリーマンの注意は再び昼食に戻って行った。


 この時間中層エリアに居る軍人はほとんど全員酒を飲んでいた。彼らはこの間だけは全てを忘れ、楽しい時間を過ごすことが出来た。踊る者もいれば疲れ果てて眠る者もいた。だが、空を見つめる者だけは一人もいなかった。


 アリシアはこれらの人間を完全に無視して飛び続けた。途中で人のいない辺りに降りていくつか食料やキャンプに使う用具を入手したが、兵士に発見されることはなかった。問題は上層部だった。ここにはパトロールの交代待ちや、外部からの侵入を防ぐための警備担当など、常に一定数の兵士がいる。彼らに発見されずにエレベーターを動かすのは無理だろう。それに脱走についての情報がすでに上層エリアにも伝えられている可能性があった。そうなれば見つかった瞬間交戦することになってしまう。


「さて、どうやってここを抜ける?また『誰も死なない作戦』か?」アリシアは言った。


「黙れ。今考えるから待ってろ」ディーンは言った。


「こんなの難しく考える必要はないだろう?私なら1分と待たずに片付けられる」


「妙に自信ありげだな」ディーンは眉をしかめた。


「まあ見てな。ファルスじゃない、一流の演劇を見せてやろう」アリシアはディーンを地面に置いて言った。






 上層エリアのエレベーターフロア前には小銃で武装した15人程の兵士と機銃付きの装甲車2台が2人を迎撃する準備を整えていた。どうやら警備部隊の控えの人員しか迎撃に間に合わなかったようだ。


 アリシアは迎撃部隊の前に降りたった。迎撃部隊は照準をアリシアに合わせた。


「パラディオン!今すぐ武器を捨て投降しろ!」迎撃部隊のうちの一人が叫んだ。


「それはこっちの台詞だ。お前らが早急に投降すれば命だけは助けてやろう」アリシアは片手で軽々40kgを超える重機関銃を持ち上げて言った。


 この光景を見た兵士達は少しの間ざわついたが、すぐに落ち着きを取り戻した。数的有利が彼らの平常心を取り戻させた。


「どうやら立場を理解していないようだな。単騎で何をしようってんだ?英雄が一人で敵を片付ける時代は終わったんだよ」兵士の一人が挑発し、それにつられて他の兵士も笑い出した。


「そうか。残念だ」アリシアは言った。「死ね」




 

 アリシアはジェットエンジンを駆動させ、一瞬で迎撃部隊の裏を取った。この動きに対応出来ている人間はいなかった。彼らの目にはアリシアの動きはほとんど瞬間移動のように映っていた。後方防御の兵士がアリシアに気付き小銃をフルオートで撃ったが、高速飛行するアリシアには掠りもしなかった。


 アリシアは一台の装甲車に接近し、機銃手を掴んで放り投げた。装甲車の運転手はアリシアに取り付かれたのを察し、装甲車を走らせようとしたが、手遅れだった。アリシアは素手で装甲車のハッチを貫いた後、フラッシュバンのピンを口で抜き、装甲車の中へ投げ入れた。爆発の前にアリシアは装甲車を離れた。直後装甲車の中から閃光と轟音が迸った。これでこの装甲車は数十秒の間は戦闘不能になった。


 他の兵士は装甲車が無力化されるのを阻止しようとアリシアに向かって発砲したが、全ての行動が0.2秒は遅れていた。兵士達はこの距離で銃弾を外すことなど今までに体験したことがなかった。音速以上の速度で飛んでいる弾丸が見てから避けられるなんて経験がないのは当然のことだった。


「クソッ!バケモノが!」兵士が叫んだ。


 アリシアは次々と兵士の死角に回り込み、手に持った重機関銃で兵士の持っている小銃を撃ちぬいた。彼女は一発の無駄弾も出さず、その場にいた全員の兵士の武器を破壊した。飛び散った破片で怪我をしているものもいたが、致命傷を負った者は一人もいなかった。


 アリシアは最後に残った装甲車に向かって重機関銃を向けた。装甲車は脇目もふらずその場から逃げ出そうとした。アリシアは車輪に向かって精確に射撃をしたが、装甲車は止まらなかった。装甲車はパンクしても一定距離は走れるようになっていた。しかし、この状態でパラディオン相手に挑もうという気は起きないだろう。武器を破壊された兵士達も圧倒的な力の差を見せつけられ、戦意喪失して散り散りに逃げていった。


「とっとと失せろ根性なし」アリシアは空中に向かって数発発砲して言った。


 銃声を聞きつけてディーンが駆けつけてきたが、その頃にはアリシアが無力化した装甲車の後始末を終え、一時的な失明状態になっている兵士を装甲車の中から運び出し、後ろ手に縛っているところだった。


「おい、一体お前何やったんだ?」ディーンは言った。


 ディーンはアリシアが兵士を皆殺しにしたのではないかと恐れていたが、死人が一人もいないのを確認して、胸を撫で下ろした。


「別に。あいつらの武器を全部壊して回っただけだ」アリシアは平然と言ってのけた。アリシアは軽く髪の毛を直して、溜め息をついた。


 ディーンはそれを何故武器庫にいた時にやらなかったのか聞こうとしたが、止血のため布を巻いてある彼女の腕を見て思いとどまった。あの時の彼女の出血では、敵を皆殺しに出来たとしても、殺さずに敵を撃退するのは難しかっただろう。


「やっぱりお前俺と戦った時手加減しただろ?」ディーンは無力化された装甲車を見て言った。


「さあな。ただ、今戦った連中にお前みたいに正面から殴り合おうとした奴はいなかったよ」アリシアは去っていった装甲車の方向を見ながら言った。


「そりゃあそうだろう。俺だって戦わないで済むならしっぽを巻いて逃げ出してただろうさ」


「さあ、それはどうかな?」アリシアは悪戯っぽい表情を浮かべた。


「なんだそりゃ」ディーンにはアリシアの言っている意味が理解出来なかった。


「なんだろうな。ほらさっさとエレベーターを起動させろ」アリシアはエレベーターを指さして言った。


「ああ、悪い悪い」ディーンはそう言ってエレベーターに乗り込んだ。地上に向かうエレベーターは一人用のスペースしか用意されていなかった。万が一敵兵が侵入しようとしても、一人しか降りてこられないなら対処が容易だ。そういった防衛の観点からこのエレベーターは設計されていた。


「しまった。肝心なことを忘れてた。このエレベーター一人しか乗れないぞ」ディーンはアリシアに向かって言った。


「馬鹿かお前……。それは重量の問題で一人しか乗れないということか?」


「いや、乗るスペースが一人分しかないんだ。どうしたものか…。車両運搬用のエレベーターは少佐の権限じゃ動かせないだろうし…」ディーンは顎に手を当てながら言った。

 

 アリシアはエレベーターに近づいて面積を確認した。アリシアの目は本当に入るスペースがないか確かめているようだった。


「なんだ、これなら大丈夫だろう」アリシアはそう言ってエレベーターの中へ無理やり入ってきた。銃器をエレベーターの床に置き、アリシアは身体をどうにかしてエレベーターの中に収めようとした。翼でディーンを包みこむようにすることで、何とか二人共エレベーターに乗ることが出来たが、ディーンとアリシアの間はほとんどなかった。目の前のアリシアの顔はこれといって緊張も紅潮も見られなかった。ディーンは今自分がどんな顔をしているかは余り考えないことにして、出来るだけ平常心を保とうとした。勿論それは無駄な努力だった。ディーンの知っている中でもっとも美しい生物の顔が息のかかる距離にいるだけでも精神をかき乱されるのに、何か柔らかいものが彼に押し付けられていた。下に顔を向ければまともにその「何か」の正体を拝むことになってしまう。そうなれば彼が落ち着いていられるわけがなかった。彼は何とか欲望に打ち勝ち、前を向き続けた。


「おい」アリシアが声をかけた。


「にゃんだ?」あまりにも間抜けな声がディーンの口から発された。


「ぷへふはっへへはえへへへへえへへ!」アリシアはその声を聞いて例の笑い声を上げた。何度聞いても不気味ではあったが、だからといってその声は彼女の外見的魅力を一切損なわなかった。ディーンはアリシアの発作のような笑いが落ち着くまで待ち続けた。


「で、なんだ?」アリシアが落ち着いた後、もう一度噛まないように最新の注意を払いながらディーンは言った。


「ぷっ……。いや早くエレベーターを動かせと言いたかったんだが」アリシアはまた笑いそうになったが何とか堪えて言った。


「あ、ああ。忘れてた」ディーンは平然を装ったが、明らかにそれは不自然なものだった。


「普通忘れるか?そんな大事なこと」アリシアは訝しんだが、何故ディーンが緊張しているのかまでは考えていないようだった。


 ディーンはアリシアの右側に生えている羽根の隙間に腕を通し、ドッグタグをリーダーに通そうとした。


「……っ!勝手に羽根を触るな!」アリシアはそう言って軽くディーンを殴った。アリシアとしては軽く殴ったつもりだろうが、ディーンはそのまま地面に倒れかねないほどのダメージを負った。


「あっ……すまん。そんなに強く殴ったつもりはなかったんだ」アリシアはディーンを支えながら言った。アリシアにしては珍しく動揺しているようだった。


「ああ……何とか生きてるよ……。こっちも勝手に触って悪かったな……」ディーンは何とか返事をした。


「いや、今のは私が悪かった。急だったものでつい……」。今度は殴ったりしないからエレベーターを起動させてくれ」


「ああ……」ディーンは苦しげに返事をした。

 

 ディーンはゆっくり羽根の中に腕を通した。アリシアは唇を噛んでいた。羽根の感触はとても軽く、この羽根を使って布団を作ればベストセラーを記録出来そうだった。ディーンは手探りでリーダーを探して、ドッグタグを通した。


「……っ!」またアリシアが声にならない声を上げたが、今度は拳が飛んでくることはなかった。


「ドッグタグ認証確認。上へ参ります」ハープのような声がスピーカーから流れ、エレベーターが上昇し始めた。


 ディーンは腕を元の位置に戻し、ドッグタグをしまった。ディーンは相変わらずアリシアに支えられたままだった。ディーンを支えるアリシアの手が先ほどより少し湿っているように思われたが、ディーンにはそれが何故かはわからなかった。二人は無言のまま、エレベーターが地上に到着するのを待ち続けた。


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