女神は準備を始める
ディーンとアリシアは2週間も拘留されていたが、未だに二人の処分は決まっていないようだった。牢屋の中の生活は極めて単調で、起きて朝ごはんを食べ、昼ご飯を食べ、夜ご飯を食べシャワーを浴びる、それ以外にやらなければならないことは一切なかった。アリシアがどうやって翼があるのに服の脱ぎ着をしているのかはわからなかったが、恐らく何とかして上手くやっているのだろう。ディーンの方は筋トレやイメージトレーニングをしたりして時間を潰していたが、対してアリシアの方は相変わらず目を閉じて座り続けているか、機械の方の翼のメンテナンスをしていた。ディーンは尋問されることはなかったが、アリシアの方は度々呼び出されていた。司令部は貴重なアイオーンの情報を得るために必死だったのだろう。一度あまりにも退屈だからディーンはアリシアと足技だけのスパーリングをすることにした。しかし、まもなく監視が飛んできて、牢屋内での一切の戦闘行為を禁止されてしまった。
こうしてひたすら非生産的な時間を過ごしていたが、監視達の会話により情勢がどうなっているか確かめられるのは唯一の楽しみと言えた。
「あー、飽きた」ディーンは声を発した。
アリシアはそれに全く反応をしなかった。ディーンはこの言葉を一日に百回は言っていた。もはやそれは言葉ではなく、声帯を震わせているだけだった。
昼ごはんを食べたあと、いつも通り監視の交代が行われた。監視はこの時を、誕生日を待つ子供に負けないくらい楽しみにしていた。
「交代の時間だ」新しくやってきた監視が告げた。彼はあくびをしながら顎鬚を触っていた。
「ようやっとか。世界が終わってもお前が来ないんじゃないかって思ったよ」
「そりゃ世界が終わる時にこんなところで時間を浪費したくはないから来ないだろうよ」
「どうだろう、案外世界の終わりは近いかもしれんぞ?」
「どういう意味だそりゃ」
「こないだビッチが二体出てきただろ?片方は捕まったが、もう一体はどこかへ行ってしまった」監視の言うビッチはパラディオンの事を言っているようだった。
「それがどうした」
「また出てきたらしい」
「ゲッ、マジかよ。どうすんだ?あれ相手に十分な戦力なんてどこにもないぞ?それとも多大な犠牲を出して、多少の時間だけ追い払うのか?それであとは電磁パルス様のご威光がクソアマに効くのを待ち続けるってか?」
「さあな、俺には上の考えることはわからん」
「それもそうだな。まあ、なるようになるさ」
「さっ、さっさと交代しようぜ」そう言って監視は交代を終えた。
ディーンはこの会話に聞き耳を立て続けていた。
「マズいぞ…。このままじゃ結局みんな死ぬ…」ディーンの声は震えていた。
いくら人数を集めたところでパラディオンに勝つことは出来ない。それはパラディオンと交戦した経験のあるディーンには当たり前のことだったが、上の連中はそうは考えていないらしい。どうやら機械化歩兵に毛が生えた程度の戦闘力と踏んでいるようだ。司令部には10年前ですらパラディオンと交戦したことのない者しかいないのだろう。仮に居たとしてもあれから10年の月日が経っている。技術革新も進んでいるし、交戦した者の記憶の劣化も進んでいるだろう。
(どうにかしてあのパラディオンを排除しないと…どうすればいい…まずはここから出る方法を…)
「お前、あのパラディオン、リーンに勝てると思ってるのか?」ディーンの心の声を聞いたようにアリシアが話しかけてきた。口調には嘲りが含まれていた。彼女の方から話しかけて来たのは久しぶりだった。
「知るかよ」ディーンは苛立ちを隠さず言った。
「あれのスペックは全てにおいて私を上回っている。格闘の技術なら私の方が上だが、あれとは純粋に力が違いすぎる。恐らく格闘でも負けてしまうだろう。それをわかって言っているのか?」
「知るかよっつってんだろ!」ディーンはアリシアを睨んだ。しかし、アリシアは一切動じなかった。
「勿論、お前が戦うのは論外だ。それはこないだ学んだはずだ。戦車部隊に生身の人間が一人で挑むほうがまだ可能性がある」
「黙れ」ディーンはアリシアに詰め寄った。それでも彼女は目を開かなかった。
「お前は私が述べた事実をちゃんと認識した上で言ってるのか?」アリシアは更に念を押した。
「そんなもの俺には関係ない。理論だの確率だのは俺には関係ない。やれることをやるだけだ」ディーンは語気を強めて言った。
「よし、わかった」そう言ってアリシアは目を開いた。
次の瞬間、彼女を縛っていた手錠が砕け散った。そして、流れるような動作でディーンの手錠も蹴り壊した。
「…え?」ディーンは状況を飲み込めていなかった。
「さあ、さっさと行こう」アリシアは片腕をディーンの腰に手を回した。
「…え?」
ディーンはまるで羽毛のように軽々と抱え上げられた。
そして、アリシアは次の瞬間には分厚い牢屋の戸を蹴り壊していた。監視は突然ドアが吹っ飛んだのを見たが、すぐにその現実を受け入れることが出来ずに呆然としていた。アリシアはその隙を見逃さず、蛇に睨まれた蛙のように動けない監視の後ろに一瞬で回り込み、ディーンを抱えていない方の腕で監視の首を締め上げた。
「ちょっ、絶対殺すなよ!」ディーンは喚いた。
「アイアイサー」アリシアは返事をした。幸い、彼女も監視を殺すのではなく気絶させるのを狙っていたようだ。
何の抵抗も出来ずに監視は意識を失った。アリシアは気絶を確認するとすぐに腕を離し、何事もなかったかのように再びディーンを抱えたまま飛び始めた。
もしこの状況で急停止や戦闘中見せているような三次元機動を見せたらディーンはGの負荷に耐え切れず内蔵をバラ撒いて死ぬ事になるだろう。そのくらいアリシアはわかっているに違いないとディーンは信じるしかなかった。
今のディーンの仕事はとにかく地上までの道のりをアリシアにナビゲートすることだった。迷子になろうものなら、たちまち囲まれるであろうことは目に見えていた。
「そこの階段を登れ!」ディーンはアリシアに道を伝えた。
階段を登り切った先には三人の兵士がいた。そのうちの一人に仕事を終え、これから一杯引っ掛けに行こうとしている先ほどの監視もいた。
「止まれ!止まらないと…」そう言いながら兵士のうちの一人が銃を抜こうとしたが、犯罪者に対する定型文を言い終わる前に、アリシアはその兵士にタックルをかました。
もう一人の兵士は隙をついてアリシアを殴りつけようとしたが、直撃するはずのタイミングだったはずなのに、彼女は既に狙った場所にいなかった。直後その兵士は背面からの蹴りで盛大に吹っ飛び、地面に倒れた。
先ほどの監視はその光景を見届けることなく、背を向けて走りだしていた。だが、検討虚しくアリシアはすぐに後ろから肩を掴み、監視を床に叩きつけた。
「よう。さっき私の事なんて言ったか覚えてるか?」アリシアは監視に笑みを浮かべながら話しかけた。
「いや別に特に何も言ってま」監視は目をそらしながら答えた。
「黙れ。私は本当のことが聞きたいんだ」
「はいィッ!私はあなたのことをビッチと呼びましたぁ!」
「正直でよろしい」そう言ってアリシアは脚を上げた。
「え?」監視は振り上げた脚が自分に振り下ろされるのを感じ、恐怖のあまりそのまま失神した。
アリシアのストンプは監視から3センチメートル程離れた地点の床を粉々にしていた。
「ふん」白目を剥いて失禁した監視を鼻で笑った後、アリシアは満足したのか再びジェットエンジンを点火した。
ディーンはその一連の流れを思い出し全身から血の気が抜けていくのを感じた。初めて会った時、彼も彼女に対し何か暴言を言ったことを思い出していた。
「どうした?顔色が悪いみたいだが。もしかして速すぎて内蔵がシェイクでもされたか?」アリシアはディーンの顔を覗きこんで言った。
「いや、大丈夫だ…」ディーンは目をそらして言った。アリシアが彼の言ったことを忘れていることを祈った。
「そう、それならいい」アリシアはそれ以上ディーンを追求しなかった。
アリシアは襲いかかる兵士達をものともしなかった。しかも、誰一人として殺していなかった。それは普通の人間が何人束になろうとパラディオンに勝てないことを改めて証明していた。
「ここから出るには地上へのエレベーターを動かすための権限をドッグタグに付与する必要がある!」ディーンはアリシアに言った。
「どうすればいいんだ?」
「佐官なら誰でも地上へ好きな時に行けたはずだ!このエリアに知り合いの佐官がいる!その人の元へ向かおう!」
「了解!」アリシアはそういいながら兵士のうちの一人を、別の通路からこちらに向かっていた兵士の群れの中に投げ飛ばした。
「ストライーック!」ディーンは思わずそう言ってしまうほど、アリシアの一投は完璧に通路にいた兵士をなぎ倒していた。
「何のことだ?」
「ああ、そうだったな。この言葉の意味はまた帰ってきた時に教えてやるよ」
「…そうか」アリシアは障害物のなくなった通路を駈けた。
兵士達から奪った武器を装着しながら、アリシアとディーンは大隊事務室の前に到着しようとしていた。アリシアはディーンを降ろした。
「いいか、普通に中にはい」ディーンがここまで言った段階でアリシアはドアを蹴破り中へ突入した。
エーベルヴァイン少佐は相変わらず机の上で書類に目を通していたが、二人の姿を見た瞬間に拳銃を抜いて構えた。
「お前のドッグタグを寄越せ」アリシアは少佐に命令した。
「断る」少佐は目の前にいる凶悪極まりないパラディオンを見ても至って冷静だった。
「なら力づくで…」アリシアがそう言いかけた段階でディーンが止めに入った。
「アリシア待て!この人は敵じゃないと言っただろ!」
「時間が勿体ない。こいつを制圧してドッグタグを奪ったほうが効率的だ」アリシアはディーンに目を向けず言った。
「ディーン、一体どうなっているんだ?てっきり君はこのパラディオンに人質にされて攫われて行こうとしているのかと思ったが」エーベルヴァイン少佐は未だに警戒を解いていなかったが、ディーンが間に入ったことで一触即発とまではいかなそうだった。そしてどうやら彼はディーンが拘留されていたことを知らなかったようだった。
「俺は白のドレスを着たパラディオンを倒しに行く。横にいるパラディオンは俺の協力者だ。俺たちが地上へ向かうためには少佐に協力してもらってドッグタグを使わせてもらうしかないんだ」ディーンは少佐に簡潔に説明した。
「君の言っていることは特に変な部分はない。しかし、君が脅されてこの台詞を喋っている可能性は否定出来ない」
「トーマス、俺を信じてくれ」ディーンは少佐を真剣な眼差しで見つめた。少佐はディーンの全てから彼の言葉を判断しようとしていた。
しばらく間があって、それから少佐は首のドッグタグを外してディーンに渡した。ディーンはそれを受け取り礼を言った。
「ありがとう少佐。もしドッグタグのことを後で誰かに言われたら、突然襲いかかってきた二人組に奪われたとでも言ってくれ」
「わかった。その代わり、絶対生きて帰ってこいよ」少佐の口調は極めて穏やかだった。
「ああ、今度一緒に食堂へ行こうぜ。その時に全部話すよ」
「まあ、たまにはそういうのもいいかもしれんな」少佐はそう言って去って行く二人の背中を見送った。
「随分と物分かりのいい男だな。私だったらお前の言うことを絶対信じなかったと思うぞ」アリシアは物静かに話しかけた。
「あいつは昔からそうなんだ。思考を重んじているが、その上で直観にも信頼を置いている」ディーンはしみじみと言った。
「変わった奴だな」
「だからこそ、俺の友達なのさ」ディーンはしみじみと言った。
「その話は後で聞こう。後必要なのは武器だ」
「武器ならさっきから何人かの兵士から奪ってなかったか?」
「あれはお前用だ。小銃というのはか弱い人間がか弱い人間を相手にするための武器だ。パラディオンと戦うにはもっと大口径の武器が居る」
「なるほど、なら武器庫へ行こう。場所はわかっているがあそこの警備は相当厳重だ。子どもが紛れ込んで火遊びをしたら大変だからな」
「警備も子ども向けだといいんだが」アリシアはため息をつきながら、狭い通路をぶつからないように抜けていった。
その時、警報のベルが辺りに鳴り響いた。今まで倒してきたうちの運よく動けた誰かが司令部にまで報告に行ったのだろう。
「長居は無用だ。最低限の装備を揃えたら行くぞ」ディーンは言った。
武器庫は基地において最も重要な場所の内の一つだ。ここにはたとえ身内であったとしても、許可なしに入ることは許されない。軍隊という場所では、いつ誰が狂気に侵されて武器を乱射するかはわからない。そんな時に狂人が武器庫へのフリーパスを持っていたら被害は拡大してしまう。だから、ここに入れるのは物資の支給を担当している者に限られていた。
ディーンとアリシアがここに来たのは当然狂人としてだった。狂人がここに入るのは容易なことではない。角から一瞬顔を出しただけでも赤外線センサー式重機関銃5門が入り口の防衛についていることを確認できた。
「さて、どうやってここを突破する?」ディーンは言った。
「私だけなら中に入ることは可能だ」アリシアはあっさり言ってのけた。
「お前が行ってる間に追手が来たらどうするんだ。俺は人間だぞ。空も飛べないし、バリアも張れん」
「そう、か……よし、私に考えがある」アリシアは手近にあったドアをもぎ取った。「これを盾にする」
「いやいや、冗談だろ?こんなドア5枚重ねても弾丸が貫通してくるだろうよ」
「私は真剣だ。アイギスシステムの防御領域を突破してきたものをこのドアで受け止めれば、弾丸は完全にエネルギーを失うだろう」
「出来るのか?」
「理論上は」アリシアはそう言ったが、表情からは自信を読み取ることが出来た。
「よし、やろう。豆鉄砲でパラディオンと戦うのはゴメンだ」
「わかった。体育座りしてくれ」
「なんでだ?さっきまでの体勢じゃダメなのか?」
「お前がこのドアからはみ出した部分を撃たれても気にしないと言うなら勝手にすればいい」アリシアは言った。本当にそうしてもらっても構わないとでも言いたげだった。
ディーンは素直に体育座りをした。この状態で抱えられるのは屈辱だったため、顔をあげることは出来なかった。一瞬アリシアの笑い声が漏れた気がしたが、ディーンはそれを指摘しなかった。
「よしよし、いい子だ」アリシアはそう言ってディーンに腕を回した。抱えるというよりも抱いているという表現の方が妥当だった。
「お前がパラディオンじゃなければ、確実にぶっ殺してたぞ」ディーンは言った。
アリシアはそれに返事をせず、角から姿を表し、武器庫の入り口へ突進した。即座に重機関銃が二人を蜂の巣に変えるべく掃射を始めたが、二重の防御が弾丸から二人を守っていた。一発弾丸を受けるたびにドアが変形していったが、何とか弾幕を突破し、武器庫のドアにたどり着くことが出来た。アリシアは速やかにドアを蹴り壊して中に転がり込んだ。
「二度とこんなことはしたくないな…」ディーンは呟いた。アリシアからの反応はなかった。
「…っ」アリシアは歯を食いしばりながら腕を抑えていた。彼女の手は血に塗れていた。盾にしたドアを見てみると何発か銃弾が貫通していたことがわかった。ディーンが抱えられていた部分はほとんど変形していなかった。恐らく重点的にディーンを防御領域で守っていたのだろう。
「おい大丈夫か?」ディーンはすぐに駆け寄って行った。
「ああ…」アリシアは最低限の返事しかしなかった。痛みを堪えているのが表情から伺えた。
傷は深くはなかったが、無視できる程のものではなかった。ディーンはすぐに傷口をハンカチで縛った。アリシアは小さく声にならない悲鳴を上げたが、大声で泣き叫ぶことはしなかった。
ディーンはアリシアを無敵の戦士だとばかりに思い込んでいた。しかし、そんなものが存在するのは映画かコミックの中だけであるということを忘れていた。先ほどまでのアリシアの圧倒的な戦闘力がディーンの感覚を麻痺させていた。アリシアだって撃たれれば血を流し、痛みに悶えるのだ。
「ちょっと待ってろ、鎮痛剤を探してくる」ディーンはそう言って立ち上がった。
「その必要はない。先を急ごう」アリシアもそう言って立ち上がろうとしたが、ディーンはそれを静止した。
「怪我人と一緒に戦うのは嫌だね。脂汗流してる人間を戦場で信用出来るか?」
「私は人間ではない。パラディオンだ」
「知るかそんなこと。口論してる時間が惜しい。すぐ見つからなかったら諦めるから、それまで待ってろ」ディーンは言った。アリシアはそれに返事はしなかったが、動き出そうともしていなかった。
ディーンは必要な武器に目をつけながら、鎮痛剤を探した。武器庫には戦場で使われる貴重品も収められているはずだ。特に鎮痛剤、つまりモルヒネの類は一般に流通していたらたちまちオリュンピアは崩壊の一途を辿るだろう。そんな危険性を持つ物を保管するならここが一番相応しいはずだ。
ディーンは苦労することなく鎮痛剤を見つけ、もしものことも考えて少し多めに持っていくことにした。アリシアは目をつぶって待っていた。落ち着き払っていたが、流れ出る汗は止まっていなかった。こんな時は黙っているよりも呪詛の一つや二つ唱えたほうが気分は楽になるだろう。しかし、アリシアはそれでも声を上げようとしなかった。
「持ってきたぞ。ほら、使い方はわかるか?」ディーンは薬の入った注射器を手渡した。アリシアは黙って受け取り、注射の準備を始めた。
「効いてくるまでここで待ってろ」ディーンは言った。今度はアリシアも反論しなかった。
二人の居場所を特定した兵士がここに向かってくるのは時間の問題だった。ディーンは頭の中で作戦を組み立てた。アリシアの言葉を信じるなら、彼女単体で勝つのは難しい。勿論、ディーン一人でパラディオンに挑むなんてただの自殺でしかない。協力しなければ勝つことは出来ない。しかし、協力とは言っても人間とパラディオンでは性能が違いすぎる。アリシアがディーンに合わせるか、ディーンがアリシアに合わせる必要があった。
ディーンは考えながらも使えそうな武器を選んだ。まずはアリシア用からだ。アリシアは正面から撃ち合うのだから、出来るだけ高火力の武器を選ぶ必要があった。ディーンは一丁の重機関銃に目を付けた。12.7×99mm弾を使い40kg以上の重さを誇るこの銃は、通常の二人以上の兵によって運用されるが、アリシアなら片手で扱えるだろう。毎分千発の発射速度に加えて、人間に命中すれば真っ二つになるほどの威力を誇っているこの銃なら、アリシアが言っていた「アイギスシステム同士の干渉」とやらが起きている状態なら威力を発揮するはずだ。反動もアリシアなら問題はない。
アリシアはナイフの扱いに長けていた。彼女が持っていたのは所謂タントースタイルのもので、貫通力に定評があった。ディーンはナイフを数本アリシアと彼のために回収した。
ディーンは兵士から奪った軍標準の小銃を使うことにした。普通の兵士が使う武器は普通のものが一番いい。最新の武器は観賞用にはいいが、実戦であまり使われていない武器はディーンにとって戦場で信用の出来ないものだった。どうせ、ディーンが正面切って撃ちあうことになったら死は免れないのだから、火力よりも信頼性を優先することにした。
ディーンは様々な種類の爆発物を抱え込んだ。これらのものは戦力差を覆すには重要だった。最後にディーンは近くにあった拳銃を2丁手に取り、アリシアのところへ向かった。
アリシアは注射器を床に置いて目をつぶっていた。どうやら痛みはある程度は収まったようだ。
「武器を持ってきた。重機関銃は俺じゃ運べないからお前が取りに行ってくれ。次の目的地は地上だ」
「ああ」アリシアは短く答えた。モルヒネによる副作用は出ていないようだった。どうやら彼女は衛生兵としての知識も持っているらしい。
その時だった。倉庫の外から足音が聞こえた。
「ディーン=ミラー!パラディオン!そこにいるのはわかっている!武器を捨てて登降しろ!」拡声器を使って外の男が叫んだ。
ついに追手に追いつかれたらしい。既に包囲されてしまっているだろうとディーンは考えた。
「機関銃を使って先制攻撃をしよう。そして、数を減らしたところを一気に駆け抜ける」アリシアは提案した。
「ダメだ。仲間を殺すなんてあり得ない」
「そんなこと言ってる場合か?あいつらは今、敵なんだ。あいつらはお前の心配なんて一ミリもしてはいない。何を迷う必要がある?」
「黙ってくれ」
「何であいつらが中に入ってこないかわかるか?私とお前が全裸で両手を上げて投降するのを待つためじゃないぞ。まだここに入るための準備が出来てないんだ。お前はともかくパラディオン相手にするなら出来るだけ戦力を集める必要がある。あいつらは今それをやっているんだ。兵員が集まり次第突入してくるだろう。そうなる前にここを出よう。さあ、殺すぞ」アリシアは殺戮者の目をしていた。普段の彼女とは違う、危うい美しさをした目だった。
「今脱出するべきなのは同意する。だが、殺すのは反対だ」ディーンはアリシアから目をそらさなかった。
「お前は私に自殺に付き合わすなと言った。その言葉をお前にそのまま返そう」
「死ぬつもりなんて毛ほどもないそれに今怪我をしているお前を戦わせるのは危険だ。大丈夫だ、ここから無事に抜ける手段がある。あと15秒位で作戦が完成するはずだ」ディーンは言った。喋りながらも脳は生き残るための手段を最速で考えていた。
「出来たぞ、誰も死なない作戦」ディーンは口の端を上げて、そう宣言した。