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人間は女神を観察する

 ディーンは全力疾走でオリュンピアへと駆け戻り、司令部にパラディオンを捕虜にしたことを報告した。突然の報告に司令部は混乱の極みといった状態だったが、流石は統率が第一の軍人達、たちまち落ち着きを取り戻し、ディーンを閉めだした上で会議を始めた。「何故お前が外に居るのか」や「どうしてお前にそんなことが出来たのか」という疑問はニュースの重大さによってふっとばされてしまっていた。


 作戦司令室の重苦しいドアが開くと、すぐに大隊に出撃命令が出され、トラック数台に隊員を載せて目的地へ向かった。ディーンもそれに同行した。大隊がアリシアの居るエリアに到着した時、すでに彼女は姿を消していた。ディーンは今にも虚偽の証言を理由に処刑されそうな雰囲気を感じ取っていたが、遠くに低空飛行している物体が見えた。それはアリシアだった。ディーンはそれを見て一息ついたが、その姿が近づいてくるとまたしてもディーンは息をつまらせた。


 どうやら、アリシアは空き時間に、取り残されていた機械化歩兵達を「処刑」していたようだった。彼女としては手土産として早速手柄を立てたつもりだったが、血に塗れた腕で死体を引きずってくる姿はどう見ても悪魔のそれだった。


「射撃よーーーーうい!」大隊長はそれを見るやいなや、隊員に射撃体勢を取らせた。


 あとは大隊長が射撃命令を下すだけだったが、ディーンはその前にジェスチャーでアリシアに両手を上げるように伝えた。


 アリシアはなんとかそれを理解したようで死体を捨て、両手を上げた。大隊長はそれを見ても油断せず、射撃の構えを解く命令は出さなかった。大隊長はにディーンと数名にアリシアに手錠と目隠しを掛けるように命じた。


 ディーンはアリシアに近づき、手錠をかけようとしたが、顔は明らかに不平不満を訴えていた。もしかしたら突然暴れだすのではないかとディーンは恐れたが、それは杞憂のようだった。目隠しをする時も、アリシアはディーンから目を離そうとしなかったため、ディーンは全く落ち着くことが出来なかった。


 ディーンはアリシアを大隊長に引き渡し、ようやく休憩を取ることが出来た。彼は地面に手をついて、腰を下ろした。

 

「なんだかエラいことになったもんだ……」ディーンは一人ごちた。


 その時だった。後ろで身体を支えた手が誰かに掴まれた。ディーンは急いで振り返ろうとしたが、その前に手首に冷たい感触を感じた。それは恐らく手錠だった。


「ディーン=ミラー上等兵、お前をスパイ容疑で逮捕する」大隊長は後ろからそうつげた。


「は?」ディーンは思わず反抗的な反応を取ろうとしたが、その瞬間に頭を鈍器で殴られた。ディーンはひとまず黙ることにした。


「言い分があるなら、オリュンピアに帰ってから聞こう」大隊長は特に何の感情を込めずにいった。まさしく軍人の鑑といったところだろう。


 ディーンはアリシアと同じ車両に載せられた。アリシアと違って目隠しをされなかったのは幸いだったが、だからといって事態が好転する訳ではなかった。


「なんてこった……」ディーンは呟いた。


 その言葉は誰にむけられたものでもなかったが、目の前の椅子に座らされているアリシアが反応を見せた。


「ぷっ」


「何がおかしい」ディーンは口調に苛立ちを隠せなかった。


「何もかもだよ」対するアリシアは口から笑い声が漏れるのを我慢しているようだった。


「この状況で笑えるとか、お前どうかしてるぜ」


「この状況で笑えない方がどうかしてるよ、ス・パ・イ・ど・の!」ここまで言ってアリシアは大声で笑い出した。「ぷっ、ぷぷっ、ぷっへへ、ぷへへへへえへへへええへええへへっへへへ!」


 恐ろしく不気味な笑い声だった。禁錮刑に処された囚人が、10年ぶりに話しかけられて上手く返事を出来ない、といったシチュエーションをディーンに思わせたが、その例えはこれからのことを考えるとあまりにも不吉だった。


「ははは……」極めて低いテンションでディーンも笑い出した。こんなに楽しくない時に笑ったのは人生で初めてだった。


 トラックは彼らの意味不明なテンションをかき消すかのようにクラクションを鳴らし、のろのろと走り始めた。





 ディーンとアリシアはまとめて同じ牢屋に入れられた。先住民はどうやらいないようだった。二人は向かい合わせで腰を下ろした。


 アリシアは相変わらず目隠しを取ることを禁じられていた。軽く小突いてやろうと、脚を伸ばしたが、それを察知したアリシアも脚を使って対抗しだした。どうやら、アリシアの勘は並外れたものらしい。最初は軽く小突くつもりだったが、ディーンはだんだんと怒りが湧いてきていた。一発でもいいから足の先でアリシアに触れてやろうという訳の分からない意地を張り始めていた。


 座ったままディーンは鋭い蹴りを繰り出したが、アリシアもそれを軽々と脚だけで受け流した。高度ではあるが、全く意味のない争いは監視が止めに入るまで終わらなかった。


 どうやら監視は二人を尋問室に案内しようとしているようだ。二人は別々の方向に連れて行かれた。


(出来たら拷問じゃなくて尋問で済むといいんだが…)ディーンは心の中で神に祈ろうとしたが、彼が祈るべき神はもういなかった。


 「入れ」監視は短く命令して、ディーンを部屋の中に入れた。中には角刈りの中年男性と、まだ成人してからそう日が経っていないだろう筋肉質な男性が椅子に座っていた。壁の近くにはコンピューターをじっと見つめている男もいた。恐らく書記だろう。


「どうぞ座って」中年の方の男がディーンに着席を促した。


 ディーンは黙ってそれに従った。中年男性は穏やかな目をしていたが、若い方の男の目からは明らかに敵意を感じ取った。


「君はディーン=ミラー上等兵で間違いないか?」中年男性はディーンに確認をとった。


「はい、間違いありません」ディーンは答えた。

 

「ここでの発言は全て書記によって記録される。君にとって有利なものも、不利なものもだ。気をつけて発言した方がいい」


「こいつにそんな事わざわざ教えてやる必要ありませんよ。相手はスパイなんですから」若い方の男が侮蔑を含んだ声色で言った。


「言葉を慎め。彼がスパイかそうじゃないかを決めるのはお前ではない。無論、私でもないがね」中年男性は若い方の男を叱責した。


 ディーンはこのやりとりを見て尋問官たちがグッドコップ/バッドコップをしようとしていることを気がついた。いい人の役をやっている方に対して信頼感を抱かせて供述を引き出そうとしているのだ。


「すまないね。彼はまだ若いんだ。比べて君は年齢の割にずいぶんと落ち着いて見える」


「そんなことはありませんよ」ディーンはとりあえず謙遜をしておいた。証言の内容が同じでも尋問官への印象が悪ければ、ディーンにとって不利な内容になるだろう。ディーンはそれだけは避けたかった。


「それでは、これから幾つか質問をさせてもらうよ。いいね?」中年の方の尋問官は言った。


「はい」


「昨日の夜から今日の朝にかけて、君は何故地上にいたのかね?」


「警備部隊のうちの一人に代理でパトロールに行ってくれないかと頼まれたからです」ディーンは表情一つ変えず嘘をついた。


 ディーンが言ったことを嘘と証明するには、ディーンに依頼をした男から証言を得る必要があるが、そのとき彼は酔っ払っていたのでディーンが頼まれたと言い張れば、尋問官も強くは出ることが出来ないだろう。


「君は結局パトロールには参加していなかったようだが」中年の尋問官は手元の資料を見ながら言った。


「彼が場所を伝え間違えたんですよ。おかげで私は誰もいない場所に行くことになってしまいました」


「パラディオンがいる場所に向かったのは?」


「パラディオンのいる場所になんて向かっていませんよ。とりあえずやることもないし形だけでもパトロールをしようと思って、適当に歩いていたらパラディオンに遭遇したんです」


「そこで何が起こったの?」


「これは不味いと思ってすぐに逃げようとしたんですが、パラディオンはすぐに私に気づき、襲い掛かってきました。応戦しようとしたのですが、パラディオンは私の胸を正確に撃ちました。これがその証拠です」ディーンは防弾チョッキを脱いで、尋問官達に見せた。

 

「なるほど、確かに銃撃された跡がある。次の質問をしよう。なんで君はそこから生き残ることが出来たんだ?」


「さっきまで同じ部屋に拘留されてたパラディオンが突然現れて、私の窮地を救ったんです。それから二体のパラディオンは戦闘を始めました。私は黙ってみていることしか出来ませんでした。しばらくすると、私を助けたパラディオン、アリシアと呼ばれていました、が私の元に戻ってきました。そこでいきなり私に仲間になりたいという旨のことを言い出しました。理由はわかりません。そこで私は大急ぎで司令部に知らせに行きました。あとは皆さんの言っているとおりです」ディーンは証言を終えた。


「ふざけんなよ」そう言って若い方の尋問官が食って掛かってきた。「お前の言っていることはどれも裏付ける証拠がない。防弾チョッキの銃弾だって偽装は可能だ。お前は嘘を言っているに違いない」

 

「あまり論理的な物言いではないですね。それに、私が本当のことを言っているかどうかを確かめるのが貴方の仕事では?」ディーンは丁寧に挑発をした。


「あぁ?もっかい言ってみろてめえ!」案の定、若い尋問官はディーンの胸ぐらを掴み、唾をまき散らしながら叫んだ。


「足りない頭でも少しは使えって言ってんだよ、馬鹿野郎」ディーンは真顔で言った。


 怒りに我を忘れた若い尋問官は腕を振り上げてディーンを打ちのめそうとした。


 だが、彼の拳がディーンを捉えることはなかった。逆に中年の尋問官の腰の入った右ストレートが若い尋問官の顎を正確に捉え、そのまま若い尋問官は床に大の字になって倒れた。


「良いストレートですね。一切の無駄がない」ディーンは中年の尋問官を賞賛した。


「現場を引退したとはいえこれでも軍人だからね」中年の尋問官は少し笑って言った。


 どうやら、ディーンの予想とは異なりグッドコップ/バッドコップをしようという訳ではなかったらしい。これをするつもりだったら、同僚に対して全力のパンチはしないだろう。


「とりあえず、今日の尋問はこれで終わりにしよう。疲れているだろうしね。また聞きたい事が出来たら呼び出しても構わないかな?」中年の尋問官は言った。


「勿論です。ただ、次はそこの床でノビているような尋問官には同伴してもらいたくないですね」


「上にそう伝えとくよ」そう言って中年の尋問官と、書記はドアを開けて外へ出た。書記には全く注意を払っていなかったが、一触即発の状況で気配を消していられるのだからかなり腕に覚えがあるのだろう。どうやらこの二人は怒らせない方が良さそうだ。


 ドアが開き、監視が中に入ってきた。


「ついて来い」相変わらず最低限の情報量しかない命令だった。ディーンはそれに従い監視の後ろを歩いた。


(変なこと言ってないだろうな……。もしも、俺のことをスパイだとでも言い出したら一巻の終わりだぞ)とディーンは牢屋に戻るまでの間考えていた。


 牢屋にアリシアの姿はなかった。恐らく、尋問がまだ終わっていないのだろう。ディーンは床の上で横になった。一日の疲れがどっと出てきていた。ディーンは休んで一度考えを整理しようとしたがすぐにまぶたが重くなった。彼は起きるのを諦め、そのまま眠りについた。


 



 目を覚ますと、アリシアが横に腰を下ろしていることに気がついた。妙に距離が近かった。彼女は目隠しを外された状態で、横で目を閉じていたが、ディーンの起きたのを感じ取ったのか、ゆっくりと目を開けた。


「おはよう」ディーンは声をかけた。


「寝ていたのはお前だろう。私は寝てないぞ」アリシアは反論した。


「じゃあ何してたんだ?」


「何もしてやいないさ。こうやって目を閉じていると落ち着くんだ。静かな場所で目を閉じている間、世界にいるのは私一人だ」そう言うアリシアの瞳はどこか哀しげだった。


「そうか」ディーンはそれに対してコメントをすること出来なかった。だから適当に相槌を打った。


「質問がある。答えてくれるか?」ディーンはアリシアを見つめながら言った。


「場合によっては」相変わらずの素っ気ない返事だった。


「空を飛ぶのってどんな気分だ?」ディーンの口から出たのはまたもや言おうとしたのとは違う言葉だった。


 アリシアはディーンの言うことを予想出来なかったらしく、ほんの一瞬だけ目を大きく見開いた。


「そうだな…あまりいいものではないよ。私は地面に足をつけて歩く方が好きだ」


「そうなのか。昔から人間は空を飛ぼうとしていた。つい最近になってそれは実現出来たが、本当の意味で自由に空を飛べるようになったわけじゃなかった。もし、空が真に自由な場所になったら、それはきっと気分がいいに違いないと思っていたが」ディーンは自分の言っていることがよくわかっていなかった。ただ、なんとなく浮かんできた言葉を口にしているだけだった。


「空に自由なんてないさ」アリシアはそう答えて、また目を閉じた。ディーンも相手が黙ってしまったのでこれ以上会話を続けることが出来なかった。彼はその場で座ったままもう一度眠ることにした。





 翌日、ディーンは自然に目を覚ました。まだはっきりしないディーンの頭は鼻孔をくすぐる良い匂いを楽しんでいた。その匂いはまるで美しい庭園の薔薇や収穫したての果実のようだったが、ディーンにはその匂いが何かはわからなかった。ディーンは目を開いて芳香を放つものを確かめようとした。目の前にあったのはアリシアの顔だった。ディーンの頭はアリシアの肩に乗っていた。ディーンは慌てて頭を肩から離した。相変わらず、アリシアは目を閉じ続けていた。まるで彼女が人形で、誰かが動かさなければ目を開けることすらないのではないか、とすら思えた。


 ディーンはアリシアを見つめていた。改めて見てみると彼女の容姿は完成されていると言わざるを得なかった。深い知性を感じさせる顔もだが、身体もバランスが整っていて、まるで絵画の中から出てきたと言わんばかりの完全さだった。時代が時代なら絵心がある人間は皆彼女の絵画を描いていただろう。それくらい彼女は美、そのものと言って過言ではなかった。もし野戦服を着ていなかったら、誰もが彼女を女神か天使の類と思うのではないだろうか。


 ディーンの目線はアリシアのはだけた野戦服の胸元に注がれていた。見てはいけないとわかっていてもどうしても惹きつけられるものがそこにはあった。ディーンは半ば金縛りにあったような状態だった。


「いつまで視姦してるんだこの変態野郎」アリシアは目を閉じたまま言った。


「いや、違う、そうじゃない。俺が見ていたのはお前が胸元につけている宝石だ。今まで見たパラディオンは全てそれをつけていた。また、お前はそれを弱点とも言っていた。それは一体何なんだ?」ディーンは内心では焦りながら、表面では冷静に誤魔化した。


「別に誤魔化す必要はないんだがな。これはパラディオンの動力源で、原子力発電なんて目じゃない程のエネルギー効率を誇っている。私達はこれをカルディアユニットと呼んでいる。これがなくなるとパラディオンは形状を保てなくなり、水が蒸発して水蒸気になって見えなくなるようにこの世界から消える。どんな強いパラディオンだってこれを壊せば即死するんだ。」アリシアは宝石を指さしながら言った。


「待った。なんでそんな大事なものをどいつもわざわざ見える場所に付けるんだ?もっと頑丈な素材とかで覆った方が合理的じゃないか?」


「そうは行かないんだよ。カルディアユニットを介してアイギスシステムを動かしてるんだが、これは遮蔽物があるとすぐに効力が落ちるんだ。パラディオンの一番の強みはアイギスシステムだから、どうしてもこれを露出する必要があるんだ」


「なる、ほど……」ディーンの目は再び胸元に吸い寄せられたが、今度はすぐに目をそらした。「これは元から付いてるものなのか?」


「わからない、私が自我を持った時には既に私はこれを身につけていた。私は一年程前までコールドスリープしていたらしいんだが、その前の記憶が無いんだ」そういうアリシアの表情は曇っていた。


「すまない。そういうつもりじゃなかった」


「構わないさ」


「最後に一つだけ聞かせてくれ。……パラディオンは兵器なのになんで少女にしたんだ?」ディーンは真剣な表情で尋ねた。


「さあな」アリシアは少し笑って答えた。「きっと創ったヤツがロリコン野郎なんだろう」


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