女神は人間と暮らす(後編)
「ただいま~」ディーンはそう言って自宅のドアを開けた。アリシアもそれに続いて家の中へ入った。
ディーンはすぐにソファーまで行って松葉杖を放り投げて倒れこんだ。今日の移動量は松葉杖の人間の限界を超えていた。ディーンはしばらく横になることにした。アリシアは二階へ行って自分の衣服を仕舞っているようだった。
アリシアが一階に降りてくる足音をディーンは聞いた。
「おーい」ディーンはここまで言ってアリシアを見た。
彼女はドレスから生地の薄い黒のキャミソールとショーツといった出で立ちに変わっていた。アリシアは頬を紅潮させながらそっぽを向いていた。ディーンはそれを見て思い切りむせこんだ。
「あのなぁ……何でお前そんな格好してるんだ?」ディーンは少し落ち着いてから言った。
「私がこんな格好好きでしてると思ってるのか?馬鹿かお前は!これしか着る物がないから痴女みたいな格好しているんだ!」アリシアは憤慨しながら言った。普段の格好もアリシでなければ十分痴女と言えるだろうと言い返そうとしたが、今下手なことを言ったら骨折の箇所が二桁増えるかもしれないとディーンは考え、その台詞を口にするのを抑えた。
「ドレスじゃダメなのか……?」ディーンはおずおずと聞いた。
「ドレス着てたら料理出来ないだろうが。私服がほとんどない状況で油でもはねようものなら次の日から私は何を着ればいいんだ?ああ?」
「アイギスシステムで汚れを防げるんじゃなかったのか?」
「まさか忘れてはないと思うだろうが、アイギスシステムが防げるのは攻撃が予測される時だけだ。そして料理中いつ服が汚れるかなんてわからない。集中していれば防げないこともないが、料理中に料理以外のことに集中するのは味に甚大な被害を及ぼす。それでもよければ私はまたドレスに着替えてくるが」アリシアはディーンを威圧しながら言った。
「はい。すいませんでした」ディーンは平謝りした。
「わかったら二度と私の服装について指摘しないように。翼があると色々大変なんだ馬鹿野郎」アリシアはそう言ってくるりと背中を向けてキッチンへと食材を運んでいった。ディーンはその後ろ姿を見続けていた。
「エプロンはどこにある」アリシアは言った。
「えぇっと……俺の部屋のタンスの中にしまってあるはず」
「取ってくる」アリシアはそう言って早足で二階へ向かった。ディーンはアリシアが去ってから下着姿のアリシアを思い出していた。あんな美人の下着姿を見られるなんてディーンのような一般の兵士にはあり得ないことだった。ディーンは幸運に感謝した。
アリシアはエプロンを身につけて一階へ戻ってきた。前面はこれで幾分かまともになったものの、後ろは相変わらず下着姿でむしろ変態度が増したように思われたが、ディーンはそれを指摘しなかった。
アリシアはディーンに一瞬視線を向けてからキッチンへ向かい、料理を始めた。ディーンはその様子を見守った。知識があれば料理が出来る訳ではなく、ましてや料理の経験が一度もないはずのアリシアが料理を上手く出来るはずがないとディーンは考えていた。
アリシアは包丁を取り出して料理の下準備を始めた。アリシアの包丁捌きは素晴らしく、料理人を思わせる程だった。あっという間にナスやジャガイモを切り終え、調理に入った。包丁捌きは立派だったが、それは単にアリシアがナイフの扱いになれているかもしれないとディーンは考えた。しかし、ここでもミスらしいミスは起こらなかった。複数の工程を同時にこなしながらも、一切の焦りを見せなかった。
料理をする姿ですら絵画の一枚になるのはアリシアだからだろう。とはいえ、流石にショーツ姿で料理をするのが下品と言われても仕方なくはあった。薄布一枚で覆われた美しい尻が揺れているのを見るのはとてもそそられるものがあったが、ディーンは何とか欲望を抑え、料理の腕前の確認に集中した。
「出来たぞ」アリシアはそう言って、料理を運んできた。
「こいつは……めちゃめちゃ美味そうだ。何て料理だ?」
「ムサカというらしい」アリシアがムサカと呼んだ料理はナス、じゃがいも、ミートソース、ベシャメルソースを層にし、オーブンで焼きあげたもので、ラザニアに似ていた。アリシアは二人分のスプーンとフォークを持ってきた。
「いただきます!」ディーンは急激に湧いてきた食欲を抑えられなくなり、折れていない利き手でない左手で食べようとした。しかし左手は思ったより動かしづらく、食べるのに少し苦戦をした。すると、見かねたアリシアがスプーンを取って、ムサカを掬ってディーンの口元へ運んだ。ディーンは厚意に甘え、ムサカを食べた。しかし、その料理はがっついて食べるにはいささか熱すぎた。
「アツゥウウウウウウウウウウイ!」ディーンは叫んだ。
「ぷっ、馬鹿かお前、ぷっくっくっつふへっへへへほへへはへえ!」アリシアはいつもの変な笑いを始めた。アリシアは水を取ってきて、ディーンに飲ませた。
「そんなに笑うことはないだろ…」水を飲み終わった。ディーンは言った。
「いや、だって……ぷっ……はひ、す、すまん……大丈夫か?ぷっ、くふふっ」再びアリシアは笑い出した。ディーンはアリシアによって口元に運ばれてきたスプーンで取ったムサカに今度は息を吹きかけ、冷まさせてから口に運んだ。
「美味い……」ディーンは呟いた。
「本当か?」アリシアは笑いを収めて言った。
「ああ、お前は天才だ。初めての料理でこんなに美味しく作れるんだから。こんだけ美味ければ金を取っても誰も文句を言わないだろう」
「……そうか、よかった」アリシアは言った。微妙にではあったが、彼女の顔には喜びの色が浮かんでいた。
「ほら、お前も食えよ」そう言ってディーンは左手で何とかアリシアの口元にスプーンを運んだ。
「馬鹿にしてるのか?」アリシアはそう言ったが、自分で息を吹きかけた後、ディーンが持っていったスプーンを受け入れた。
「これは美味いな。こんな美味い料理食べたことないぞ」アリシアは自画自賛した。そして、ディーンが持っていたスプーンを取り上げて、自分の手で黙々とムサカを食べ始めた。ディーンもその光景を少しの間眺めた後、食事を始めた。
「ふー食った食った」ディーンはそう言って腹を叩いた。
「これを毎日食ってたら太るんじゃないか?」アリシアは皿を片付けながら言った。
「まだレパートリーあるんだろ?」
「まあ、色々あるな」
「なら問題ない。ヘルシーなのも作ってもらえばいい」
「お前、毎食私に作れと言ってるのか?」
「そうだよ。ダメか?」
「まあ、別に嫌ってことはないんだが……」アリシアは羽根を触りながら言った。
「じゃあ決まりだな。俺先にシャワー浴びてくる」ディーンはそう言って松葉杖を拾って立ち上がり、風呂場へ向かった。ディーンは脱衣所で服を脱ごうとしたが、上手くいかなかった。病院では看護師に手伝ってもらっていたが、ディーンはそれをすっかり忘れていた。どうしたものかと思案していると、アリシアが脱衣所の近くにやってきた。
「もしかして、手伝ってほしいのか?」アリシアは言った。
「……お恥ずかしながら」
「入るぞ」そう言ってアリシアは脱衣所に入ってきた。「手伝ってやるよ」
「悪いな……」ディーンはそう言って、アリシアに服を脱がせてもらいやすい体勢を取った。
「意外と筋肉質だな、お前」アリシアはディーンのTシャツを脱がせながら言った。
「これでも一応兵士なんでね」
「そうか。……ところで下も脱げないのか?」
「御明察です……」ディーンは恥ずかしげに言った。
「……しょうがない」アリシアは大きくため息をついて、ディーンの腰にタオルを任せてからズボンとパンツを脱がせた。
「すまないな……」ディーンは手を合わせて言った。
「別に」アリシアはそっぽを向いて言った。
ディーンはそそくさと風呂場の中へ入り、シャワーを出して顔を洗った。ディーンは目をつぶったまま、手探りでシャンプーを取ろうとした。ディーンの手はなにかディーンの体温より少し低く、柔らかいものに触れた。ディーンはそれの感触を確かめるために手を動かしたが、それがなんだかわからなかった。掴んだものの方向から少し声が聞こえた気がしたので、ディーンは目を開けて何を触っているのかを確認しようとした。それはアリシアの太ももだった。
「処刑」アリシアはそう呟いて、ディーンの左肩に蹴りを食らわせた。
「があああああああああああッ!」ディーンは痛みで床に倒れた。
「お前が手伝えっていうから、しょうがなく手伝ってやったのに…。何て野郎だ。生かしておけんな」アリシアは怒りに震えながら追撃の準備をしようとした。
「ちょっと待て! なんのことだ!」ディーンは床に倒れながらアリシアを見た。アリシアは裸だった。翼で大事なところを隠していたが、タオルは巻いていなかった。ポニーテールを作っていたゴムを外したのか、アリシアの髪は腰のあたりまで来ていた。
「何のことだと? ふざけるな。さっき私に手伝えと言ったのはどこのどいつだ?」
「いや、だからそれは着替えを手伝ってと言ったのであって、決してシャワーを浴びるのを手伝ってくれという意味ではなかったんだが」ディーンは必死に弁明しながら、腰にタオルを巻いた。
「えっ……そうだったのか?」アリシアは驚きで目を丸くしていていたが、次の瞬間、顔を真赤にした。彼女は翼の上から腕で大事なところを抑え、内股を擦り合わせていた。
「すまなかった。これは私の過失だ。痛いか?」アリシアは先ほど自分が蹴りを食らわせて痣になっているディーンの肩をさすった。
「痛くないわけないだろ……」
「本当に申し訳ないと思っている。この罪はどう償えばいい?お前の言うとおりにしよう」アリシアは頭を下げて言った。ディーンの目は翼で隠れていないお腹のくびれのラインと脚の美しさに目を奪われた。翼で隠れている部分もディーンのたくましい想像力を掻き立てるのに一役買っていた。吸い付きたくなるようなへそに手を伸ばしそうになったが、ディーンはそれを軍隊仕込みの精神力でこらえた。
「何もしなくていいよ。元はといえば俺の説明が悪かったんだ」ディーンはぎごちなく微笑んで言った。
「それじゃ気が済まない。とりあえず、本来の目的通りお前のシャワーのサポートをしよう」そう言ってアリシアはディーンの後ろに回った。
「その……出来たら振り返らないでもらえるか?流石に恥ずかしい」アリシアの声は純情な乙女そのものだった。ディーンは緊張のあまり何も言い返すことが出来なかった。ディーンは大人しく椅子に座った。アリシアは膝立ちになっているようだった。
アリシアはディーンの背中を流し始めた。最初にシャワーをかけ、その後に垢すりにボディーソープをつけて、背中を洗った。アリシアの力加減は程よく、心地よいものだった。ディーンは呆けたかのように前を見ていたが、ピカピカに磨かれた蛇口の反射で後ろが見える事に気がついてしまった。ちょうどそれは背中を流すアリシアの姿を映し出していた。ディーンはそれから目を逸らしたが、我慢するのは到底出来ることではなかった。アリシアが蛇口に気づかないことを祈りつつ、ディーンは蛇口を見つめた。羞恥で赤くなったアリシアの顔と、垢すりを動かすたびに羽の隙間から揺れる胸が見えた。しかも、背中を流すのに集中しているのか、だんだんとアリシアをディーンの邪悪な視線から守っている翼が本来の守備位置からズレていくのに気がついた。ディーンの背中を一こすりするたびに、アリシアが全てを曝け出す瞬間が近づいた。
「よし、終わったぞ。前は自分で洗ってくれ」アリシアはそう言って垢すりをディーンに渡した。ディーンは夢中で蛇口を見つめていたため、垢すりを取り落としたが、すぐに正気に戻って自分の前を洗い始めた。結局、アリシアは全てを曝け出すには至らなかった。それでもディーンは自分の幸運を信じてもいない神に感謝した。
「終わったぞ、シャワーで流してくれ」ディーンは言った。アリシアは見ないようにしながら、ディーンの身体をシャワーで流した。
「次はシャンプーをする。目をつぶってくれ」アリシアはそう言って、ディーンの頭にシャワーを掛けた。ディーンはその中を必死で目を開けようとしていたが、流れるお湯で蛇口は見えなくなっていた。ディーンは観念して目を閉じた。
アリシアはディーンの頭を洗い始めた。アリシアはシャンプーをディーンの頭につけ、泡立てる。その手つきは素人のはずなのにプロ顔負けだ。指に込められた力は弱すぎもなく、強すぎもしない。アリシアは定番の「痒いところはございませんか~?」とは言わなかった。実際痒い場所は一つもなく、アリシアの指は頭全体に行き渡っていた。アリシアはヘッドマッサージを始めた。頭のツボを刺激するヘッドマッサージはディーンをリラックスさせた。耳のマッサージを始めた辺りで、ディーンは疲れからか、だんだんと意識が遠のくのを感じた。後ろに倒れこみそうになったが、頭が柔らかいものに触れる感触で、何とか意識を取り戻した。ディーンはそれを何度も繰り返していた。
「寝てもいいんだぞ?私が受け止めてやる」アリシアはディーンの耳元で優しく囁き、腕をディーンの身体に回した。ディーンはその言葉に逆らうだけの気力を持っていなかった。ディーンは身体をアリシアに預けた。天然素材の最高の枕の感触をディーンは味わった。アリシアはディーンの頭をゆっくりと何度も撫でた。ディーンは最高の気分で眠りへと落ちていった。
ディーンが再び目を覚ました時、何故か目の前が少し暗いのを感じた。アリシアはまだディーンの頭を撫でていた。ディーンは頭がはっきりするまでそのままの体勢を保った。彼の意識がはっきりした時、自分の置かれている状況を理解し、急に心拍数が跳ね上がった。アリシアはディーンの顔を翼で包み込み、彼の身体を抱きかかえている。翼が顔を覆っているということは、今彼が枕代わりにしている柔らかいものに直接触れていることを意味した。ディーンは困惑した。いくら彼が重傷とはいえ、彼はここまでしてもらう必要はないように思えた。そもそも彼女はそんなにサービス精神旺盛ではなかったはずだった。
「なあ……お前無理してないか?」ディーンは口を開いた。
「何のことだ?」アリシアはディーンの頭を撫でながら言った。
「何故こんなに俺に優しくする?」
「やりたいからやっているだけだ。他に理由はない」
「そうか……?」ディーンは言葉を続けることが出来なかった。引っかかるものはあったが、ディーンはそれを言葉に出来なかった。
「それより……」少しの間の後でアリシアは言った。アリシアが少し身体を動かしたのをディーンは感じた。
「何だ?」
「その……何だ。お前の息がだな……」
「息がなんだって?」ディーンが言った後、またアリシアは身体を少しよじった。
「お前の息が……羽にだな……かかっていて……くすぐったいんだ……」アリシアは聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で言った。ディーンは目の前の翼に息をゆっくり吹きかけた。
「んぁ……っ!随分といい度胸してるじゃあないか。覚悟は出来ているな?」アリシアは怒りに声を震わせながら言った。
「はいすいません冗談です二度とやりません」ディーンは致命的な打撃を受ける前に謝罪した。翼で顔を覆われているのでアリシアが謝罪を受け入れたかはわからなかったが、しばらく待っていても拳が振り下ろされることもなかったため、ひとまずの危機を脱した喜びと、自分の不用意な行動についての反省が頭のなかを駆け巡った。
風呂場は再び静寂に包まれた。ディーンの心臓は相変わらず激しい自己主張を続けていた。彼はアリシアの行動の意図が理解出来ていなかった。こんなめくるめく体験は男なら一度は憧れるかもしれないが、彼女が何を考えてこの行動に出たのかわからない以上、彼は素直にそれを喜ぶことが出来なかった。
「そろそろ上がろうか。のぼせて風邪を引いても馬鹿らしい」ディーンは言った。
「そうだな。目をつぶっててくれ」
ディーンは目をつぶっていると、瞼から光が透けて入ってくるのを感じた。
「もういいぞ」アリシアは言った。
ディーンが目を開けると、アリシアは再び自分の身体を翼で覆っていた。
「何というか…ありがとうございました」ディーンは言った。
「その……なんだ。どうだった?」アリシアはディーンから視線を外して言った。
「どうだったって?」
「嬉しい……とか、楽しかった…とか、気持よかったとか」アリシアは言った。彼女らしくない曖昧な言い方だった。
「お前、どうしたんだ?」ディーンはアリシアの質問に答えず言った。
「どういう意味だそれは」
「今日のお前、いつもと何か違うぞ」
「気のせいだろう」
「俺にはそう思えん。何か思っていることがあるならはっきり言え」
「別に、何も思ってはいないさ」そう言うアリシアの声は少し苛立たしげだった。アリシアはディーンから目を逸らした。
二人の間に微妙な空気が流れた。ディーンはアリシアに何か言うべきだと思ったが、その言葉はいつまでたっても浮かんでこなかった。
「……先にあがる。覗くなよ」アリシアはそう言って風呂場を出た。ディーンは返事をしなかった。
風呂場に残されたディーンはアリシアの態度の変化について考え始めた。最初は気まぐれかと思ったが、どう見てもアリシアがディーンに対して何かを求めているのは明らかだった。しかし、彼はそれに応えることが出来なかった。
「着替え終わったからお前も出ていいぞ」アリシアは言った。ディーンは風呂場から出た。
アリシアは着替えを終えて、脱衣場で立っていた。アリシアはディーンが服を着るのを手伝うのを忘れていないようだった。ディーンが自分で身体を拭いた後、アリシアはディーンの着衣をサポートした。二人はその間沈黙を守り続けていた。
「よし、終わった。また何か手伝いが必要になったらすぐに呼んでくれ」アリシアはそう言ってリビングへ向かった。ディーンは脱衣場から出て去って行くアリシアの背中を見た。
「なあ」ディーンは言った。「俺は今から少しだけ独り言を言う。お前はそれを聞いても聞かなくてもいい」
アリシアは振り返らずに脚を止める。
「今、お前は多分、俺への接し方がわからなくなってるんじゃないかと思う。今日一日でお前は色んな人間に出会った。誰もが好意的で、誰もが親切だった。お前はそうされることに対して満更でもなかったが、同時に向けられる好意に対する返し方をお前は知らなかった。だから、お前は俺に対して知っている知識を総動員してサービスをしようとした」ディーンは言った。アリシアの返答はない。
「でも、それは間違ってる。お前はパラディオンかもしれないが、精神性からしたらまだほんの子どもだ。まだお前は好意に対して何かを返す段階に至ってないんだよ。お前は自分のことだけを考えてればいいんだ」
「……なら私はどうすればいい?」アリシアは弱々しく言った。彼女がそんな喋り方をするのを見るのはディーンにとって初めてだった。
「何事にも順序ってものがある。お前はまず好意に慣れるんだ。誰かに対して何かしようなんてのはそれからでいい。子どもが色仕掛けをしようなんて10年早いさ」
「それでも、私は何かをしたい。このまま揺り籠の中で育てられるのは御免だ」
「なら、最初のステップから始めよう。俺のことはディーンと呼んでくれ。そしたら俺はお前をアリシアと呼ぶ」ディーンは優しく言った。
アリシアは返事をせずに、ただただ背中をディーンに見せ続ける。彼女は言われたことについて考えを巡らせているようだった。
「わかった……。えーっと、これからもよろしく……ディーン」アリシアは言った。妙に名前を呼ぶ部分だけ早口かつ小声だった。
「よろしくな、アリシア」そう言ってディーンは足早に自分の部屋に戻っていくアリシアを見送った。