女神は人間と暮らす(前半)
ディーンは病院のベッドの上で目を覚ました。そこは数週間前にディーンが入院して寝込んでいたベッドだった。ディーンは光に目を慣らした後、自分の身体を見た。全身を包帯で巻かれていて、まるで狂気に囚われた博士が実験で作り出した化け物のようだった。
ディーンは時計を確認しようと顔を横に向けた。ベッドの横の椅子には目をつぶったアリシアが座っていた。アリシアはディーンが動いたのを感じ取ったのか、ゆっくりと目を開けた。
「一週間近くお前の意識は戻らなかった。集中治療室での手術は困難を極めた。お前の身体のありとあらゆる部分が傷ついていた。普通の人間ならとっくに死んでいただろうが、お前は一命を取り留めていた。医者は手を尽くし、後は運を天に任せた。そして、お前は目を覚ました。お前は死の淵から帰ってきたんだ」アリシアは事務的に説明をした。
「おかげで私までここに一週間近くも居なくちゃならなかった。とんだとばっちりだ」アリシアは憤慨している振りをしていた。だが、目は怒りをたたえていなかった。ディーンはアリシアの脚を見た。
「私の脚の心配か?もうとっくに完治しているよ。私はパラディオンだからな」アリシアは言った。
「さて、色々聞きたいことがあるだろうが、とりあえずしばらくの間は何の問題もないとだけ言っておこう。それがわかったら今は寝ることだ」そう言ってアリシアは目を閉じた。ディーンもそれに釣られたかのように目を閉じた。
ディーンの術後は良好だった。包帯男は奇跡的に何の障害も残らずに復活した。とはいえ、アリシアと違い、怪我の治りが早い訳ではなく暫くの間入院生活を余儀なくされた。看護師のディーンへの対応はどこかよそよそしいものがあった。ディーンはそれを自分が脱走兵だからと解釈した。ディーンは代わりにアリシアを頼ることにした。アリシアは特に文句も言わずに、様々なことをやってくれた。ディーンの臓器は傷んでいたため、点滴で栄養の補給をしていた。一方のアリシアはどこからか缶詰を持ってきて時々食事をしていた。ディーンはその様子を恨めしげに見つめたが、アリシアは全くそれに反応を示さなかった。
「ところで、何でオリュンピアに戻ってこれたんだ?」しゃべるのが苦痛ではなくなってきた頃にディーンはアリシアに聞いた。
「司令部も認めざるを得なかったのさ、私の実力を。私は大人しく警備部隊に投降して、お前を病院に預けた。私は尋問官にリーンのドレスを見せた。それを見た尋問官はすぐに上に報告に行って、私を司令部に呼び出した。私はドレスを見せながら、リーンを討伐したことを伝えた。司令部の連中の驚きようと言ったらなかったよ。すぐにひそひそ話を始めたんだが、私はそれを聞き取ることが出来た。どうやら私の今後の処遇を話し合っているみたいだった。処刑しろと言った奴は意外にも少なかったよ。軍法がどうこう言った奴もいたが、このパラディオンは捕虜扱いだとか色々反論されてすぐに黙ってしまった。全体の認識は『パラディオンは危険だが、現状の敵に対する最も有効な兵器である。どうせ捕まえてもその気になればいつでも逃げ出せるだろうし、脱獄の罪はなかったことにして、むしろ一定の自由を与えるふりをして利用した方がいい』という結論へ向かった。司令部の連中は私に協力を命じた。言い方は気に入らなかったが、そうでもしないと威厳を保てないのだろうと察した私はそれを受け入れた。そして、私は解放されて今ここにいるのさ」アリシアは説明した。
「待ってくれ。何で俺までオリュンピアにいることが許されてるんだ?」ディーンは言った。
「司令部は監視役が必要だと判断した。それにお前が任命されたんだ」
「何だか都合のいい話だな」ディーンは眉根を寄せた。
「そこは交渉という奴だ。そのテクニックが上手の私が勝利を収めただけのことだ。まあ、エーベルヴァイン少佐の力添えが一番大きかったと思うが」アリシアは頬杖をつきながら言った。
「またトーマスに迷惑かけちゃったな……。その交渉は誰がやったんだ?」ディーンは頭を掻きながら言った。
「私だ」
「お前がわざわざやってくれたのか?俺のために?これは驚きだ」ディーンは少し笑って言った。
「黙れ」そう言ってアリシアはそっぽを向いた。アリシアの返事は意外にも子どもじみたものだった。
ディーンはそれを笑ったが、アリシアは機嫌を損ねたのか何処かへ歩いて行ってしまった。
ディーンは2週間後松葉杖をついて退院した。右腕と左足は折れていたものの、ディーンは何とか歩くことが出来た。ディーンは所属していた分隊を離れ、しばらくアリシアの監視を命じられた。ディーンとしても今の状態で無茶をする気は全く起きなかった。ディーンとアリシアはひとまずディーンの家に向かうことにした。
「しばらくの間は俺の家に住むことになるが、構わないか?」ディーンは言った。
「私に拒否権はないよ」アリシアは肩をすくめて言った。
「そうか、ならいい」
二人は肩を並べて家への道を歩いた。通りがかる人は皆アリシアを見て目を見開いた。一応パラディオンを一体味方にしたというお達しは全住民に伝わっていたようだったが、それでも奇異の目は避けようがなかった。若干の不快感はあるものの、アリシアはそれをそこまで気に留めてはいないようだった。
「ここが俺の家だ」ディーンは自宅を指さした。
「へえ、無駄に立派な家だな」アリシアは皮肉っぽく言った。
「ああ、本当にそう思うよ」ディーンは言った。アリシアはそれを聞いて意外そうな顔をした。
ディーンは鍵を開けて、アリシアを中に通した。アリシアは勝手に中へ進んでいった。
「内装も悪くないな。部屋を案内してくれ」アリシアはリビングのソファーに座りながら言った。
「なんかいつもよりテンション高いな」
「そうか?もしかしたら、まともな家に住むのは初めてだからかもしれないな」
「…こっちがお前の寝室だ」ディーンはアリシアを二階に先導しようとしたが、松葉杖のせいで上手く階段を登れなかったため、アリシアの力を借りた。
部屋はベッドとクローゼットがあるだけのシンプルな部屋だった。窓からは外の風景を見渡すことが出来た。
「随分と殺風景だな」アリシアは部屋を見渡して言った。
「しょうがないだろう、一人暮らしなんだから」
「親はいないのか?」アリシアはそう聞いた後、すぐに気まずそうな顔をした。ディーンは返事をしなかった。
「この部屋はお前の自由にしていい。ほしいものがあったら言ってくれ」ディーンは少しの間の後に言った。
「わかった。私は眠らないからベッドは不要なんだがな」
「捨てるのも勿体ないし我慢してくれ。さあリビングに戻ろう」ディーンはアリシアの肩を借りながら言った。
「俺の部屋も二階にあるからな。文句言うなよ」ディーンはアリシアと階段を降りながら言った。
「そこまで私は無礼じゃないさ」アリシアは言った。
ディーンはリビングに戻り、ソファーに腰をおろした。
「そっちの廊下を行くと風呂場とトイレがある。まあ後のところはおいおい覚えていってくれ」ディーンは廊下の方を指さしながら言った。
アリシアは歩いて廊下の方に行って位置を確認した。
「風呂場も広くて使いやすそうだ。私もいい人間に拾われたものだ」風呂場の方から遠くアリシアの声が聞こえてきた。
「拾わされたんだがな……」ディーンは小さく呟いた。
「何か言ったか?」アリシアは言った。どうやら聴力も人間より強化されているらしい。
「いいやなんでも」ディーンはそう言ってソファーに頭をもたげた。
アリシアは戻ってきてディーンの隣に座った。横にあるアリシアの顔は少し楽しげだった。
「さて、必要なものでも買いに行くか。といってもお前が何が必要としてるかわからないんだが」ディーンは言った。
「私は特にないと思うんだが……」アリシアは頬に手を当てて言った。
「いや、あったぞ。お前の服を買いに行こう」
「服?別に私はいらないぞ。アイギスシステムのおかげで汚れを服に寄せ付けずに済むからな」
「そうは言っても普段までそんな格好をされてもなぁ……」ディーンはアリシアを眺めた。家の中で野戦服を着ているのもあまりよろしくなかったが、もっとまずかったのは大きく開かれた胸元だった。一緒に暮らすのだからもっと慎みのある格好をしてほしいとディーンは思った。
「同居人として服を買うことを命ずる。家の中でまで野戦服は見たくないからな。それに服というのは個人を表現する上でも大事な要素だ。食べ物も買わなきゃいけないし、一つ勉強と思って服を買いに行くぞ」ディーンは言った。アリシアは不服そうだったがしぶしぶそれに了解して、ディーンを立たせて、先に家を出た。ディーンもそれに続いた。
二人が向かったのは中層エリアにある地味めな商店街だった。天井は低く、店が雑多に並んだこの通りは、昔ながらの情緒を残したお世辞にも合理的とはいえない設計をされていた。ここで店を構える人間も世間一般からは外れた人が多く、常識的な人間はあまり寄ろうとしない場所だった。
ショッピングモールに行かなかったのは、アリシアがパラディオンだったからだった。いくらお達しが出ているとはいえ、パラディオンに対して良い思いを抱いてない人間はかなり多い。人通りの多いところに行けばトラブルが起きかねないことをディーンは考慮していた。
商店街は地味とは言っても、品揃えは悪くなく、職人も多いためディーンは買物をするときは好んでここを利用していた。
「ここで買い物をしよう。まずは服からだ」ディーンは言った。
「あまり気乗りはしないがな……」リーンは不機嫌そうに言った。ディーンはアリシアの背を軽く押した。
二人は商店街のセレクトショップに入った。店内には陽気なBGMがかかっていた。
「あら、いらっしゃい」店員がディーンに声をかけた。店員は30代前半のスラっとした外見の女性だった。
「久しぶり、今日はこいつの服を探しに来たんだけど」
「あら~、これまた随分と可愛いというか綺麗というか…すごい娘ね?」店員はアリシアの全身を見聞して言った。彼女は翼の生えた少女を見ても何の不快感も示さなかった。むしろ純粋に翼を含めて可愛い女の子としての印象を抱いているようだった。
「一応言っとくけど、こいつは俺の仕事上のパートナーだ。名前はアリシアという。姓はない」ディーンは誤解を招く前にアリシアを紹介した。アリシアはそれに対して右腕で左腕を抑えて立ったまま、何の反応も見せなかった。
「あら~、よろしくねアリシアちゃん?」店員はアリシアの手を取った。アリシアはあまりに店員がフレンドリーだったため、引きつった笑いを顔に浮かべていた。
「で、今日はこいつの服を買いに来たんだけどさ。俺あんまり女物の服に詳しくないからさ、あんたにコーディネートしてもらいたんだけど」
「任せて。最高の服を用意するわ。」そう言って店員はアリシアの服の寸法を測り始めた。アリシアはむず痒そうにそれが終わるのを待っていた。
「そういえば翼が生えているのを忘れていたわ。これじゃ普通の服は着られないわね」店員はそう言って、アリシアの周りをうろうろ歩き回りながら思案し始めた。そして、突然何か閃いたかのようにいきなり走り去り、いくつかの服を手にとってアリシアの前に戻ってきた。
「翼が生えてるならやっぱりそれを生かさないとダメよね?それに普通の服じゃ着るのも難しいだろうし。というわけで……私が選んだのはこれ!」そう言って店員はアリシアに黒のドレスを見せた。アリシアの顔の引きつりは最高潮に達した。
「いや、せっかくだけどこれは……」アリシアはそう言いかけたが、店員は無理矢理試着室にアリシアを連れ込んだ。ディーンはその光景を間抜け面で見ていた。試着室からは何あら言い合う声や嬌声が聞こえてきたが、どうやらアリシアは劣勢のようだった。ディーンはここに連れてきたのを少し後悔した。
数分後、ドレスとハイヒールに着替えを終えたアリシアと店員が試着室から姿を現した。アリシアはかなりぐったりしていた。パラディオンでも敵わない人間が居ることをアリシアは学んだだろう。ディーンは野戦服以外を着たアリシアを始めてみたが、これもまた最高級のダイアモンドのように美しかった。黒のドレスは着こなすのがとても難しく、下手な女が着たらギャグにしか見えなくなってしまう。当然アリシアは完璧にそのドレスを着こなしていた。誰もが羨む金色の髪と黒のコントラストは豪華ではあるが、嫌味な感じは全くしなかった。アリシアの前ではあらゆるデザイナーが頭を下げざるを得ないだろう、とディーンは考えた。
「ほら後ろも見せてあげて」そう言って店員はアリシアを回そうとした。アリシアはなすがままに後ろを振り返った。前面と同様に、アリシアの後ろ姿は文句の付けようがなかった。ドレスの後ろは大きく開かれていて、程よく筋肉のつき、吹き出物など当然のように一切ないビロードの様なアリシアの背中はディーンの視線を釘付けにした。
「どう?似合うでしょ?」店員は自慢気に言った。
「あ、ああ……」ディーンは意味のある言葉を口にすることが出来なかった。美というものはどうやっても言い尽くせないものであり、そのような特徴を持っているからこそ、美は美なのであった。
アリシアは振り返って、目を伏せながら立っていた。ディーンはその様子をまだ呆然としながら見ていた。
「ほら、何か言いなさいよ」店員は言った。ディーンはその言葉で正気に返った。
「うん、似合ってるんじゃないの?」ディーンは当たり障りのないことを言った。アリシアは一瞬その言葉に反応を見せ、顔をあげようとしたが、また目を伏せた。
「気が利かないわねぇ」店員は溜め息をついて言った。
「悪かったな。……っていうか、この格好どう考えてもおかしいだろ。今日買いに来たのは普段着だぞ」ディーンは言った。
「細かいこと言っちゃダメよ。こんなに似合ってるんだから買わないとかあり得ないでしょ?ほらまだ他の服残ってるんだから。次行くわよ」そう言って店員はまたアリシアを試着室に拉致しようとした。アリシアはディーンに手を伸ばして助けを求めたが、ディーンはそれを無視した。アリシアは再び試着室へ消えていった。
(すまないアリシア……!正直俺もまだ色んな服を着てるところを見たかったんだ)ディーンは心の中で謝罪した。
結局ディーンは店員のおすすめを全て購入することになった。店員の強引な推しを断る気力は二人には残っていなかった。二人は疲れ果てながら店員に見送られ店を出た。アリシアは最初のドレスを着ていた。
「どう考えてもミスマッチだと思うんだが……。私の知っている範囲では祝いの場でもないのにドレスを着ているのはおかしい」アリシアは呟いた。
「俺もそう思うよ……。でも、もう買っちゃったし……。所持金も一気に吹き飛んだから他の服買えないし……」ディーンも疲弊しながら言った。
「お前の口車に乗った私が馬鹿だった…。さっさと他の買い物を済ませて帰ろう」
「全面的に同意する」そう言って、Tシャツとズボンを着た松葉杖の男と、豪華なドレスを着たパラディオンは食材を求め歩き始めた。
二人は商店街の食料品店が並んでいる場所に向かった。ここにはホテルで出てくるような一流の食材はないが、一般人が口に出来る中では良質で安価な食材を扱っていた。ディーンは脚を止めて、何を買うかを考えようとしたが、揚げ物の匂いに誘われて松葉杖をつきながらふらふらと肉屋に誘われて行った。
「おじさん久しぶり、コロッケ二つお願い」ディーンは肉屋の店主に話しかけた。彼は大柄でとても肉屋には見えないほど筋骨隆々だった。右腕は義手だったが、彼はそれを特に気にしていなかった。
「おう、また随分やんちゃしたみたいだな?」店主は松葉杖を見て豪快に笑いながら言った。彼は後ろにいるアリシアにも目を向けたが、すぐにコロッケを袋に入れてディーンに手渡した。
「お前が女連れてくるなんてことがあるとは思わなかったよ。しかも何だあれ、この世のものとは思えないほどの美人だな。お祝いに料金はただでいいよ」店主は大きな声で言った。
「なんか誤解されてる気がするけど、とりあえずコロッケはありがたくもらっとく。また来るよ」そう言ってディーンは手を振ってアリシアの方へと向かった。
「ほら、おやつだ食え」そう言ってディーンはアリシアにコロッケを渡した。
「あ、ああ」アリシアはそれを受け取って一口食べた。「美味いなこれ」
「コロッケは揚げたてに限る。まあここのは冷めても美味しいけど」ディーンもそう言ってコロッケを食べ始めた。
「何というか…すごいところだな、ここ」アリシアはコロッケを見つめながら言った。
「それはどういった意味で?」
「何というか、距離が近いというか、臆面がないというか…。お前はともかくとして私はさっきの店員にも今の店主にも会うのは初めてだ。それなのに私に対して全く遠慮をしなかった。思えばお前もそうだったが。それに、彼らはパラディオンである私を見ても、驚愕や侮蔑をしなかった。翼が生えているなんてわかりやすい人間ではないというシンボルがあるのに」アリシアは困惑していた。
「ああ、それには理由があるんだ。10年前、アイオーンから逃げてここに辿り着いた人間は、みんな等しく何かを失っていて、物質的な面よりも精神的な面で生きていくことが出来そうになかった。だから、団結したんだ。過去の素性なんて気にしている余裕なんてなかった。さっきの肉屋の店主だって、ここに来るまでに奥さんと息子と片腕を失っている。こんな話を店主が俺に普通に出来たのも、ここの人との繋がりがあって、立ち直ることが出来たからだ。ここには全ての人に寛容な精神が根付いている」
「…その対象はパラディオンも含まれるのか?私のような奴らが彼らから全てを奪ってここに追い込んだのに?」
「含まれるだろうな。俺にはそういう風に見える。ここの人間は今を生きている。過去じゃない。お前がどういう存在であろうと、俺という共通の友人と一緒にいるのだから昔はどうあれ今はお前に敵意を抱く必要はない。もちろん、ここから出たらそう思わない連中も一杯いるだろうが」ディーンはコロッケを食べ終えて言った。アリシアはディーンの言ったことについて何かしらの思索を巡らせているようだった。
「考え事は後にしてさっさと買い物を済ませようぜ」ディーンはアリシアの肩を突いて言った。アリシアはそれに反応してディーンと共に歩き始めた。
「なあ、夕飯作るの私に任せてみないか?」アリシアは腕を後ろに回しながらディーンの前に躍り出て言った。
「は?缶詰料理とか言うんじゃないだろうな?」ディーンは訝しんで言った。
「馬鹿にするなよ。料理の知識だって私は持っている」アリシアは片手を腰にあてて前かがみになって言った。
「そうなのか…。じゃあ、試しにお前に任せてみるか。これで上手くいけばお前に料理を担当してもらえるし」
「よし。じゃあ早速食材を買いに行こう」アリシアは言った。さっきまでの疲れた顔と打って変わって、彼女は楽しげだった。
ディーンはアリシアについて回って、彼女を商店街の人間に対して紹介すると共に、買い物の仕方を教えた。ここの人間がぼったくりをすることはないだろうが、ディーンとしては買い物の際のテクニックを幾つか仕込んで起きたかった。アリシアの商店街の人間との会話はぎこちなかったが、彼女なりに努力をしようとしていることが伺えた。商店街の人間も彼女のその努力を好意的に捉えたようだった。
二人は食材を買い終え、家路につくころには、プロジェクターは天井に夕方を空を映し出していた。
「どうだった?買い物は」ディーンは横で彼のペースに合わせて歩くアリシアを見て言った。
「果てしなくエネルギーを消費したよ。お前はいつもこんなことをやってるのか?」アリシアはため息を吐いて言った。
「こういうの、嫌いか?」
「…そういう訳じゃない」アリシアは小さな声で言った。
「そうか。良かった」ディーンも釣られて小さな声で言った。二人はその後一言も喋らずに、自宅までの道を歩いた。