兄妹の距離と魔法使いの塔
ウーノ一族は、10歳になると当主に御目通りし、御言葉を頂くという慣習があります。
もちろんキサも参加させられました。
全く、イイ思い出はありません。
いえ、最初のうちは良かったのです。
格好良く、正装でキメてらっしゃるキクスお兄様から、当主としての優しい言葉を掛けてもらい、キサは膝上抱っこまでしてもらって、独り占め出来たのですから。
けれど次第に、何かがおかしいような感じをキサは受け始め。
でもキクスお兄様を、独占出来るから、いいか……。
そう考えていたその時、キサと同じ年頃の子供……忘れもしない、その名をマサウ……が面と向かって、キクスお兄様に対し、言い放ったのです!
「いつまで当主として居座る気だ」
と。
当主として居座るって、どういう事?!
キクスお兄様が当主なのは、当然のなのにっ!!
それなのに、周りの大人達は、誰もマサウを諌めようとしないばかりか、同意を示し、頷く者まで出ています。
しかもマサウは、言って良い事と悪い事の、分別がついている上で、言って来た様子でしたから、余計にキサは腹立たしく思います。
キサは昔から防御や補助や治癒より、攻撃魔法を得意としています。
だから、マサウを魔法によって、部屋の壁まで吹っ飛ばしてやりました!
それ以来、キサは当主家としての、行事や例会を断固として拒否し始めました。
キサにとって、ウーノ家の当主はキクスお兄様以外ありえません。
それなのに、キクスお兄様を認めない者が居ること自体、キサは信じられませんでした。
そんなウーノ一族など、キサは受け入れられないので、当然、当主家の仕事も拒否します。
けれど。
このマサウの1件から、急速にキクスお兄様が離れていってしまった様に、キサは感じていました。
キクスお兄様が、露骨に、キサを邪険したのではありません。
ですが、熱を出して寝込んだ時以外も、キサが口に出して望まなくても、自然と側に居てくれたというのに、それがなくなってしまったのです。
元気になり、寝込む事が少なくなったキサは、暇を持て余す様になっていきました。
暇を持て余して、イライラし、軽い魔力の暴走を繰り返し起こすキサに、見かねたキクスお兄様が勧めて来たのは勉強でした。
勧められるまま、キサは国の一貴族としての嗜みを、覚えてみる事にしました。
そこで、キサの意外な事実が発覚します。
癇癪を起こして、魔力を暴走させなければ、キサは物凄く覚えが早かったのです。
しかも頭で理解するだけでなく、実際に習った事を形や動きに、表す事も出来ました。
次から次に吸収し、教師陣からはお墨付きをもらい、一般教養は、全て習得してしまいました。
通常なら、一般教養の中から興味を引かれたものや、向いているものを、更に深く学んでいくのですが、キサにはそう思えるものは、見つかりません。
再び危うく暇になり掛けたキサに、キクスお兄様が今度は、社会見学を勧めてくださいます。
ウーノ家の姫である身分は隠し、教師が良家のお嬢ちゃんである、親戚の子供を連れ歩いている風を装って訪れました。
ソレらと共に都市を守る、治安部隊の魔法使い達の鍛錬の様子を見て、次は魔法使いの塔の研究所。
当時の研究所で、主に研究開発されていたのは、魔動灯をもっと大規模にして、夜の都市を昼間の様に輝かせる事でした。
ソレらの中には、闇を好むモノもいます。
昼間でも影が出来れば、そこは闇に通じているから、灯ごとき大丈夫なはず、と思っているキサの目に飛び込んできたのは……。
「これは?」
思わず尋ねると、教師がやけに驚いた顔でキサを見ます。
その事に、更に首を傾げると。
「始めて声をお聞きしました……」
そう呟かれました。
はて? そうだっただろうか?
キサにはわざと、喋らない様にしていた覚えはありません。
でも言われてみれば、そうだったかも知れないと、今更ながら思います。
「これは魔動車の模型です」
馬車以上の、人数や物を運ぶ乗り物。
これが動くと考えるだけで、何故かキサはワクワクしてきます。
魔動車のどこがどうして、ワクワクするのか?
本当にキサは、ただ好きだと感じたのです。
具体的な箇所を挙げようと思えば、いくらでも。
まずは正面から見た、顔がいい。
このドアが実際どう、開け閉めされるのだろう、とか。
どんな走行音なのだろう、とかとか。
でも、それは跡付けの理由でしかない様な気も、キサはしていました。
とにもかくにも全部好きで、惹かれて止まないのでした。
ふふふ。
魔動車の事を考えるだけで、キサは含み笑いを浮かべられます。
その日以来、魔力の訓練と称して、キサは塔の研究所に通う様になりました。
学園都市で日々魔力を暴走させているのは、キサだけではありません。
暴走ではなく、訓練にも魔力は放出されている。
それを壁や道具に吸収し、更に大自然の力も利用し、魔道具の動力源にするという、学園都市にすっかり定着している仕組みを、この魔動車も組み込んでいました。
故意に魔法を発動させるのはいい。
しかし意図した以上の威力だったり、狙いから外れるのは、万が一にもキクスお兄様だけは、傷付けたくないキサにとって、非常に不本意です。
その結果が、魔動車の試作品の損傷破壊となれば、魔法のコントロールは必須だと、ますますキサは魔力の制御に一層励んだのでした。
いくら覚えが早く、魔力も膨大にあるとはいえ、お嬢ちゃんが研究所に入り浸る事に、始めは研究員から、あまり良い顔をされませんでした。
それでもメゲず、研究所に通っては、魔動車を目を輝かせて見つめるキサに、根負けした研究員達は、徐々にキサを受け入れてくれました。
いつしかキサは魔動車の研究員の皆から、妹扱いされる様になっていきます。
「おう、来たなっ」
「こっちおいで。ほら、見てみな」
「ははっ。いい顔しますねぇ。頑張っちゃった甲斐があります」
「ここの接続なんだけどな~、どう思う? 遠慮なしだ。いいから、言ってみてくれ」
始めは魔動車の事だけ、饒舌に。
やがて、何でもない会話もする様になり。
キサは始めてキクスお兄様以外の人間と、仲良くなったのです。