緑の中
学園都市内は現在、中央に竜騎士団や魔獣騎士団の一行が舞い降りても、まだ余る緑地帯が広がり、そこに都市名の由来となった学園施設や、都市治安部隊や研究所を含む、魔法使いの塔が建っています。
そんな緑地帯の一角に、ウーノ家の当主屋敷はありました。
屋敷を含め、関係者以外は立入禁止の部分もありますが、緑地帯は学園都市に訪れる、すべての人々の憩いの場です。
外に出始めたばかりのキサは、屋敷の庭を歩くだけではなく、次第に小走りも行うようになりました。 そのため筋肉痛を起こして、立ち上がれなくなってしまったり、または、疲れが原因で熱を出したりもしました。
それでもキサは外に出続ける事は止めず、やがて屋敷の庭を出、誰でも出入り自由な公園にまで、更に足を伸ばす様になります。
貴族の娘が庭はともかく、多くの人目がある所に出て行くなど云々……というお節介を焼く人間は、キサの周りにはいませんでした。
またキサも、その様な思想がある事すら、知らなかったのです。
ウーノは万年常春ではありません。
四季があり、夏は暑く、冬は寒いです。
でも、暮らしやすい土地柄でありました。
周囲の山から水が湧いているので、よほどの異常気象にならなければ、乾く事はありません。
が、対岸の見えない景色が想像つかないほど、ウーノの川は幅が狭く、更に高低差も激しい為、水の流れが急です。
その為、長雨が続いたり、集中豪雨の時には洪水や土砂崩れが、起きやすくはありました。
学園都市の礎を築いた、ウーノの先人達は魔法を駆使しつつ、大自然に悩まされずに済む様に、折り合いを付けようとしました。
改良に改良を重ね、今では自然の力を、少しでもよりよく生活する為の動力に、変換出来るようになっています。
上下水道は整えられ、それに留まらず、例えば新月の夜道でも明るく、もしくは暑さや寒さを和らげようと、室内に冷温風を起こしたり、といった具合。
それでも大自然に対し、人が勝利しているとは、とても思えない事態が、起こってしまうのが習いですが……。
そんなウーノの地で、頻繁にお出掛けする様になった、キサの目の前には、近くに見えるが、歩いて行こうとすると遠い山が、白く煙っています。
もう数時間で、雨が降り出す可能性が高い、という目安です。
空気に雨の匂いが混ざれば、もうすぐにでも。
そんな風に簡単な、天気の変化の兆しならば、キサにも分かる様になってきていました。
だから今日のキサは、フード付きマントを被っています。
外へ出る事が続くと見たキクスお兄様が、キサにプレゼントしてくれたのです。
光沢も刺繍もない、ぱっと見、どうにも地味なマントですが、雨風を防ぐのはもちろん、実はイロイロとステキなマントなのです。
「オニごっこ、する~?」
「キャッキャ、おっそ~いっ」
「お~ら、もっと頑張れェ」
「え、そんな方にも、行っちゃうのですっ?」
肉体を動かしての移動は、魂駆での移動には到底及ばないので、キサは「まだまだ」「もっともっと」と思っているのですが、実はかなりのスピードが出ています。
そんな光景を見る人が見たら、ソレらに絡まれる子供というより、むしろキサもソレらの類と思われているぐらいでした。
今のキサにとって、人はただの障害物の一種でしかありません。
ともかくソレら達から励まされながら、今日もキサは障害物を避けつつ走るのです。
御母様はキサが外出後に、熱が出なくなるようになると、ウーノからいなくなってしまいました。
「吾子。妾は少々、世界とじゃれ合って来るでの。けれど、苦しい時は妾をお呼び。嬉しい時も、何でもない時も、いつでも」
別れる前に、そう御母様は言って下さったのですが、まだ1度も、キサは呼んでいません。
母娘関係になったけれど、どうしてもキサの方からの、御呼び出しは躊躇してしまうのです。
それに逐一、母親を呼び出すなんて恥ずかしいし、何やら照れてしまうから。
次に会う時には、今よりもずっと! と意気込むと、余計に呼べません。
「鼻歌を歌いながら、超高速で旋回飛行してたらしい」
「急上昇急降下も、やらかしてたってさぁ」
「空に向かって、大笑いでブレス吐いてたのが、遠目に見えたそうだ」
「前は早くも、生きるのに飽き飽きって空気で、ヤバイって噂を聞いてたのにな~」
ウーノを訪れる飛竜は、キサの為に御母様の噂を仕入れてくれました。
飛竜達の話のほとんどが実際見たのではなく、又聞きしたものでしたが、それでも聞くたびにキサの心は弾みます。
きっと、あの美しい鱗をますます輝かせて、飛んでいたに違いない。
そう思うと、御母様の姿を見たという飛竜達が、キサは羨ましくて仕方ありません。
そのせいでしょうか?
キサは時折、夢の中で御母様と、空を飛ぶ夢を見る様になりました。