魂駆禁止令
肉体という防壁で、何とか魂を破裂させないで済んだキサでしたが、ドラゴンからの餌を馴染ませる為の高熱が続き、何度か微熱にまで落ち着くのに、また熱が爆発する……その繰り返しの日々を、しばらく過ごす事になってしまいました。
さすがに、いつもの体調不良ではないと気が付いた、キクスお兄様に詰め寄られ、顛末をソレらは洗い浚い話してしまいました。
何度目かの発熱が下がった、ある日。
「キサ。魂駆禁止」
有無を言わせない、にこやかな笑顔のキクスお兄様から、キサは言い渡されてしまったのでした。
ドラゴンに魂駆して会いに行った様に、この禁止令にも、キサは逆らう事だって出来ます。
でも目の前のキクスお兄様を、本当に心配させてしまいました。
今回の体調不良の間、お兄様が自分を覗き込んで来るのを、キサは何度感じた事でしょう。
キサはこれ以上心配を掛けて、キクスお兄様に嫌われたくはありません。
それに正直なところ今、魂駆すると魂が大きくなり過ぎていて、出てしまえば2度と肉体に入れないのでは……という予感がキサにはありました。
肉体に入れないその魂は果たして、理性を保ったままでいられるか、という不安も。
暴れ回ったあげく、キクスお兄様に討伐指示を出させてしまうのは、ちょっと悲しい。
キサはその禁止令に、大人しく従う事にしました。
そんな日々を送っている時、誰かが側に立つ気配を、眠っているキサは感じました。
始めはキクスお兄様か、もしくはソレらかと思い、目を開けたキサでしたが、すぐに違うと気が付きます。
キサよりも幼い年頃の様なのに、可愛らしいというより美しい容貌。
腰にまで艶やかに流れ落ちる髪先、滑らかそうな白い指先まで艶やか。
「ふふ。どうしたのじゃ、愛しい吾子?」
「……っ」
当たり前ですが、その口調に覚えのあったキサは息を呑みます。
随分幼い姿になっていますが、自分に給餌をしてくれた、神竜クラスのドラゴンです。
ドラゴンとキサが関わったのは、偶々。
しかしその場限りでは終わらず、ドラゴンはキサを自分の子供と、位置づける事にした様でした。
その心境は果たして、給餌の前に芽生えたのか、それとも後に変化したのか、それは分りません。
ただ、もうキサは目の前に、しかも人化までして側にいてくれるドラゴンを、神竜様とは呼び掛けたりはしませんでした。
昔に注がれたきりで、忘れ掛けていた優しい眼差しを感じたからです。
「御母様」
そうキサが呼べば、ふわりと美しい微笑みが返され、手を伸ばせば握られました。
「姫サマ、リュウの御方の子になった?」
「うむ。親子ごっこだけどな」
「種族を超えた、魂の絆ですネっ」
「混ぜて~、入れて~っ!」
ソレらは御母様とキサの関わりに、人ごときが弁えろと不快感を表したり、変に遠慮して距離を置いたりはしませんでした。
そんなソレらの相変わらずな様子にも、自分の行動は正しかったのだと安心して、再びキサは瞳を閉じます。
そのキサの頭を優しく撫でてくれながら、御母様は言います。
「何と。こうして見ても、いつ消失してもおかしくない状態じゃの、吾子よ」
どうやら御母様にとってキサは、肉体を纏っていても弱々しく、心配させる存在の様です。
御母様に安心して頂くには、どうすれ良いか?
そう考えて、キサが出した答えは。
要は弱々しく見えなければ良い、というもので。
とりあえず、よく熱を出し床に着くこの生活で、肉体の力も落ちています。
前みたいに動き回れるようになれば、御母様の印象も変わってくれるはずと考え、そのままキサは眠りにつきました。
御母様とキサが母娘関係になってから数日間、ソレらが入れ替わり立ち代わりやって来て、御母様に挨拶をしていきます。
ソレらの行動がいつもと違う事に、気付く人もいたのですが、その行き先がキサの所だと分かると、『キサだから』で済ませてしまっている様です。
ソレらに姿を見せる御母様ですが、人には全く姿を見せなかった事から、御母様の存在は、全く人には知られていません。
それでも、早く元気になって、御母様に安心してもらわなければ。
キサは、強くなろうと決めました。