表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/34

共同生活スタート?

「本当にここで暮らすの?」

1人暮らしをしているマンションにやっかいなものを抱えて薫は帰宅した。玄関のドアを閉めるとそれまでぬいぐるみのフリをしていたカチュアが動きだし、居間兼寝室に置いてあるクッションへダイブした。

「あー、ふわふわでちゅね。あ、カオルちゃん、お腹がへったでちゅ。何か作ってくださいでちゅ」

カチュアは薫の質問に答える気はないらしく、すっかり自分の部屋のように寛いでいる。その隣に腰を下ろしながらぬいぐるみの首の後ろ辺りを摘み上げた。きょとんとこちらを見上げるカチュアは可愛いのだが、余計にそれが憎らしい。

「カオルちゃん、飯はまだでちゅか」

「私の質問に答えてからにして」

真剣な薫の様子に、食事の話は諦めたのかカチュアはだらんと身体の力を抜いた。小さな悲鳴のようなものがぬいぐるみの腹から聞こえたのでお腹が減っているのは本当なのだろう。しかし今、カチュアの食欲を優先されても困るのだ。

「さっき大学で、自分と一緒に暮らさないと大変なことになる、って脅されたからここまで連れてきたんだよ。それそろ『大変なこと』について話してくれてもいいでしょ?」

魔法少女の騒ぎが落ち着いて美香を無事に発見した薫は午後の講義をいつものように受けていた。講義が終わってバイトに行くという美香と別れてから、さて帰ろうかというときにカチュアが現れてそんなことを言ったのだ。

「簡単なことでちゅよ」

カチュアは完全にこちらをバカにしていた。こんなこともわからないのかと顔で語っている。

「カオルちゃんが魔法少女だったってことみんなにバラしまちゅよ」

「なっ!?」

「ヨシュアが仕事を終えるまでカオルちゃんの家に住まわせてくださいでちゅ。そしたら黙ってまちゅよ」

カチュアが切り札にしてきたのは、カオルが知り合いには絶対に知られたくない過去。近所の人や大学の友人たちにバレてしまえば、今後どんな顔をして生活すればいいのだろうか。薫が魔法少女だったことを知っている両親に相談したくても2人仲良く海外で仕事をしている。もう1人の家族は相談しても役に立たないので、考えるのをやめた。

「バラすってどうやって? 何も証拠はないよね?」

少しの希望にかけながらカチュアがどこまで掴んでいるのか探る。何か決定的なものがあるのだろうか。キャロルスターと沖那 薫を繋ぐ言い訳しようのない証拠のようなものが。


「カオルちゃんの変身シーンは記録のために宝石にばっちり残ってるでちゅ。報告書に添付したから今なら王宮の宝物庫にもありまちゅね。」


泣きたくなった。どうやってもカチュアに従う未来しか見えなくて泣きたくなった。

「全身が不思議な光に包まれているとはいえ裸の映像でちゅからね。まだ大人になりきれてない蕾のような少女の肉体を大勢の前に晒すなんてそんな恥ずかしいことカオルちゃんはしちゃうんでちゅ? そういうご趣味なんでちゅか?」

「そんな趣味はないです。どうぞお好きなだけいてください」

「わーい! これからよろしくでちゅ、カオルちゃん!」

10年の間に可愛らしいマスコットキャラが凶悪な悪魔に変貌していた。小さな人間の女の子が好きという気持ち悪いところは変わっていないが、薫が少女ではなくなったからか遠慮がなくなった気がする。


「ごはんーごはんーおいしいごはんー」

薫の手を離れたカチュアは狭い部屋をぐるぐると走り回る。

しばらくこのうるさいネズミと暮らすことになるのかとため息をつきながら、自身もお腹が減っていたため夕食を作ることにした。朝に炊いたごはんだけでは足りないかもしれない。買っていた食パンでも焼こうかと立ち上がったところで来客を知らせるチャイムが鳴った。ぴんぽーんというのんきな音に特に警戒することもなく玄関へ向かう。いつもならドアスコープで相手を確認するのだが、疲れていたためか何も考えず薫はドアを開けてしまった。

『後悔』とは後で悔いることである。



「邪魔をするぞ」

ドアを開けた先で立っていたのはスーツ姿のサラリーマンだった。その姿はところどころボロボロで、働いていただけならありえない汚れ方をしている。

来客を自分の部屋に入れたくなかった薫は無言でドアを閉めようとした。しかし、わずかな隙間に革靴を差し込まれそのまま彼は中へ入ってしまう。今更引っ張っても薫の力ではこの男を外に連れ出すのは難しいだろう。うかつにもドアを開けてしまった自分が悪い、と諦めることにした。一人暮らしの女の部屋に無理やり入ってきた男を睨み付けるのが薫にできる精一杯の反抗だ。

「……仕事は?」

「体調が悪いと言って早めにあがらせてもらった。昼食を食べに行ったときにくらっときて転んだ、と言えばとても心配されたぞ」

「仮病さいてー」

こんな社会人にはなりたくない。悪い大人の見本のような男は当たり前のように居間へと歩いていき10年ぶりに黄色のぬいぐるみに声をかける。


「久しぶりだな、カチュア」

「あ、カツタカじゃないでちゅか。お昼ぶりでちゅね」



突然やってきたサラリーマンの名は、沖那おきな 勝隆かつたか

白い仮面と白いマントで可愛らしい少女を守護する謎の紳士ホワイトソードの正体である。

そして、薫の兄でもある男だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ