正義の味方は突然に
人がゴミを捨てる時、捨てられるのはゴミだけではない。イライラした時に空き缶を投げ入れたり、憎い女の写った写真を破り捨てたり、ばれてはいけない飲み屋のレシートを細かくして無いものとしたりするだろう。
胸に渦巻いたドロドロとした気持ち。もしくは後ろめたさ。そういった負の感情を一緒に捨てることがあるのだ。ゴミに宿った負の感情と、異世界の負の感情『ドヨン』が合わさると、とんでもない化け物が生まれてしまう。
「テーステステステステステステステス!!」
甲高い、勝ち誇るような、謎の鳴き声。その正体に心当たりがあった薫は今すぐその場から走り去りたい衝動に駆られた。このわけのわからない鳴き声の主は好き放題に暴れまわっているのだろう。食堂から離れたこの場所でさえ小さな振動が伝わってくる。テーブルから落ちないように薫はおにぎりをしっかり握りしめていた。
「……私、様子を見てくる!」
騒ぎの元凶が気になるのか、美香は食堂の方へ走って行ってしまう。自分のことでいっぱいだった薫には彼女を止めることができなかった。美香にとっては自身の鞄や食べかけのサンドウィッチよりも食堂の騒動の方が重要らしく、そのまま放置されている。
「どうしよう」
それは、取り残されてしまってこれからどうしよう、という意味、そして出現してしまった化け物をどうしようという2つの意味が含まれていた。ゴミから誕生した化け物は残念ながら人間の力でどうにかなるものではない。過去、キャロルスターが戦っていた時も警察やら自衛隊やら出てきたが攻撃は全て無力化されていた。しかし、魔法少女はもういない。このピンチを一体どうやって乗り切ればいいのだろうか。
「うわー、大学って初めてきた。ひっろーい!」
薫を現実に引き戻したのは能天気なはしゃぎ声だった。振り向けば大学には不釣り合いな子どもの姿。ピンク色のウサギのぬいぐるみを大事そうに抱えて少女が木々の周りをウロウロしている。一通り動き回って飽きたのか、彼女はにこやかにこちらにやってきた。
「お姉さん、何かびっくりするようなことはありませんでしたかー?」
さっきからそんなことの連続だ。魔法少女の話に突然の爆音、そして謎の子どもの登場である。
「え、と、君は?」
「あ、あたしですか?」
待ってましたとばかりに、腰に手を当て少女はふんぞり返る。その動作のせいでピンクのウサギが顔から地面に落ちた。大事そうに抱えている、というのはどうやら思い違いだったらしい。無言で足元に転がるぬいぐるみを少女は完全に無視していた。
「正義の味方です! みなさんを助けにきました! 怪しいものじゃありませんので、びっくりするようなことがあったら教えてください!」
この少女はどうやら正義の味方らしい。ああそうなんだ、と納得しかけて薫は慌てて頭を振る。子どもの妄想を危うく信じてしまうところだった。
「えーと、頭大丈夫? 一緒に病院行ってあげようか?」
ずいぶん辛辣な言い方になってしまったが、彼女を心配している気持ちは本物だ。今食堂付近では大事件が起こっている。そんな危ないところにこんな子どもを近づけさせるわけにはいかない。理由は何でもいいからこの場から遠ざけようと、薫は子どもの手を取った。
「頭は大丈夫です! この前窓ガラスにぶつけたけど平気でした!」
どうやら大丈夫ではなさそうだ。というか窓ガラスはやばいだろう、と急いで構内を出ようと足を踏み出したときだった。
「イチコちゃん! こんなことしてる場合じゃないでしゅよ!」
地面に落ちたぬいぐるみからずいぶん愛らしい声がした、気がした。電池の入ったしゃべるタイプのおもちゃなのかなと観察していると、もぞもぞとピンクのウサギがうごめく。
「ひぃっ!」
自分でも驚くほどの情けない悲鳴を上げて、薫は後ろに飛びのいた。この状況に嫌な予感はどんどん膨らんでいく。
「でも、どっちにいけばいいのかわからなくて困ってたの!」
「ヨシュアにはわかるでしゅ! いいから早く拾って、連れて行くでしゅ! あっちでしゅ」
バタバタとピンクのウサギが動く、回る、しゃべる。その異様な光景に少女は何の疑問も持っていないらしく、ウサギの要望通りにぬいぐるみを抱き上げ、食堂の方へと向かってしまった。
いつのまにか放してしまっていた手をぼんやり眺める。
「もしかして、あの子が」
そのことに気が付いた瞬間、薫は少女の後を追って駆け出した。